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プロローグ

 REC 01


 どこまでも続くような暗闇の中に、悲痛な声がこだましていた。

 ――ずっと、誰かが呼んでいる気がする。

 徐々に近づく声に引きずられるように、僕は、重い瞼を開けた。ひんやりとした質感が掌から伝わり、よじった身体は、硬質な小部屋によって遮られる。

 ここは何処だろう? 僕は、どこから来たのだろう? 僕の身体を守るために象られた、シェルターのようなものの中で思い返す。

 そんな疑問を浮かべた直後、固く閉ざされていたはずの小部屋の窓が開かれる。

 外界から流れ込んできたのは、異臭だった。何かが焼け焦げた臭い。血なまぐさい、悪臭。そして、悲鳴や、罵声。狂気に身を落とす人、原因の分からない、爆音。この世のものとは思えない光景が、目の前で僕を手招きしているようだった。

 快哉を叫び、往来を闊歩する人々。その手には、赤く汚れた武器が握られていた。

 僕の胸裡に、遅れて恐怖が押し寄せる。足は震え、口の中はカラカラに干上がる。

 そうだ。もう一度扉を閉めてしまおう。考えると同時、僕は、人一人分の小部屋を閉じようと試みた。用途不明のボタンを無作為に押し続けると、扉は難なく閉まり、僕と世界は再び、乖離した。

 大丈夫。このままここにいれば、助かる。目を閉じ、喧噪から意識を遠ざけるように、暗闇に浸る。

 僕には僕が、分からない。この風景も、人々も、分からない。

 だから、関係ないじゃないか、と瞼の裏の風景から意識を逃がす。

 多くの人が、他者をいたぶっている様を見た。助けを呼ぶ声は、奇声のように尖り、僕の耳にこだまする。

 関係ない、関係ない。そう何度も念じ、微かに去来する罪悪感のようなものから、逃げる。

 ややあって、周囲から音が消えた。先ほどまでの騒音は何処へ消えたのか、耳鳴りがするほど精緻な空間が、世界を覆っている。

 と、静かな空間にぴんと刺すように、とん、とん、と僕の小部屋を叩く音がした。 

 びくり、と身体を震わせる僕を、小窓から覗く少女がいる。

 少女の口が動く。

 ――大丈夫?

 そう、言っているようだ。

 続けて、少女は口を動かし、微笑んだ。

 その口の動きに僕は、安堵した。はっきりと確認したわけじゃない。だけど、僕はそんな風に、認識した。

 ――もう一度、始まる。だから、大丈夫。

 そう告げた少女は、強引に扉をこじ開け、僕を世界に導いた。少女に手を引かれ、再び喧噪に包まれた街を歩く。僕と少女を見下ろすように、建設途中の高い塔が見える。その塔を睨みつける少女の眼差しは、僕に向けられていたものとあまりに異なって見えた。

 そんな彼女に声を掛けようと、僕は口を動かす。だけど、口から音は漏れてこない。

 ――無理しなくていいよ。みんな、そうだから。

 僕の手を引きながら、彼女は静かに語りかけた。

 ――何があっても、離さないでね。

 彼女の言葉の真意は、今になっても理解できない。

 ただ――そう伝えたかったのは僕のほうだったのかもしれない、と今では思う。

 あの日のこと。あの、街を埋め尽くした陰惨な光景を、僕はそんな風に記憶している。

 いつの間にか、頭の中に響いていた悲痛な声は聞こえなくなっていた。

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