幕間 マイの記憶
お母さん、と呟いてみる。返事はない。当然だ。
私にはそもそも、『形』がないのだから。
じゃあ、この感情は何? 誰かを待っているこの焦燥は何?
ここが本当の世界じゃないことは、わたしにだって分かっている。
でもね。間違いだと知っていても、わたしは『たましい』というものが欲しかった。
――心がこもっている。
――人の気持ちを慮れる。
――優しさ。憎しみ。喜び。憂い。
わたしが、何一つ持ち合わせていないもの。ずっと、欲しかったもの。
誰もがわたしを褒めそやす。
それは、尊敬の意でもあっただろうし、畏怖でもあっただろう。
うんざりしていた。誰かに期待することでしか希望を持てない人間に。
でも。彼女と、彼女を支える彼は違った。
二人は、いつも口げんかをしながら、わたしのことを見守ってくれた。
不思議だった。
罵りあっているはずなのに、二人はいつも楽しそうで、いつも、笑っていて。
――お母さんのように思ってくれていいからね。
彼女は、意識を抱えたわたしに、そう語りかけた。
――お前は、別に凄くなんかない。凄いのは俺たちだよ。
彼は、冗談めかしてそう言っていた。
二人は、わたしに生きてほしいと願っていた。
わたしが変になってしまっても、二人を、裏切ってしまっても、決してわたしのせいにしなかった。
――私のせいだから。私がなんとかしないと。
違うよ。悪いのはわたし。
世界を諦めてしまったわたしが、一番悪いんだ。
分かっていることが、ひとつだけある。
この世界に命は咲かない。
まねごとは、どこまで行っても、まねごとなんだ。