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戦国の封獣・壱 〜信玄と鬼の眠る湖〜  作者: 霧原零時
第3章 道化を演じる偉才の貴公子
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【1】 歴史の扉の前、二人の不協和音

碧が宿舎を出ると、チャンネル9の担当者が出入口に立ち、煙草をふかしていた。

彼女は不思議そうに一瞥をくれながら、その横を通り過ぎ、中庭を抜けて、チャンネル9用に用意された控室へと向かう。


プレハブの建物に入ると、目の前に広がっていたのは――

ガランとした、まるでガレージのような採取スペースだった。


その中央には、ぽっかりと大きな正方形の穴が掘られている。

深さは二メートルを超え、四方には落下防止のロープが張られていた。

やがてこの場所に、石箱の中から取り出した“七・五〇メートル四方の内箱”が運び込まれ、設置されることになっている。


……碧は一度足を止め、奥を見渡した。

左横には“解剖室”と書かれた扉。四角い穴の先には、四つの蛇口が並んだ洗い場。

右手の壁沿いには細い通路が続き、ドアが四つ並んでいる。


その手前から順に――チャンネル9の〈報道控室〉、〈水篠物産控室〉、〈古代生物研究室〉、

そして一番奥が、今回“諏訪湖の沈没石箱”を発見した神童時貞教授の〈歴史考古学調査室〉である。



碧はチャンネル9の控室のドアを開け、中へ入った。

部屋は十二帖ほどの、縦長の長方形。奥の壁には大きな窓があり、中庭越しに諏訪湖が見渡せた。


その窓際の椅子には、麟太郎とチャンネル9の局長が向かい合って座り、何やら話し込んでいるところだった。


碧は局長の姿に気づくと、軽く会釈をした。

麟太郎がこちらに顔を向け、目で「少し待って」と合図を送る。


ドア脇には、碧の大きなバッグが置かれていた。彼女はそれを持ち上げ、入り口近くの椅子に腰を下ろす。


しばらくして、局長が席を立ち、部屋を出ていった。碧は立ち上がって、丁寧に挨拶をした。


すると麟太郎が、紙の束を差し出した。台本と、今後のスケジュール表が綴じられている。


「これ、一通り目を通しておいてください」

そうひと言添えると、麟太郎もそのまま部屋を後にした。


少しして、全体ミーティングが始まった。時刻は、ちょうど七時。


チャンネル9からは、麟太郎と碧が出席。

工事担当の賀寿蓮組からは、源次と龍信の姿もある。


研究者チームも何名か参加していたが――

今回の発見者である歴史考古学者・神童時貞(しんどう ときさだ)教授と、助手の牧瀬一織(まきせ いおり)の姿は見えなかった。


さらに、メインスポンサー・水篠物産の会長水篠大蔵(みずしな たいぞう)、チャンネル9の常務取締役一条義春(いちじょう よしはる)ら、各方面のキーパーソンたちも顔を揃える。


各代表者だけで、およそ五十名――

さながら開会式を前にした“舞台裏の幕開け”であった。


リハーサルと段取りが一通り終わったのは、八時四十五分を回った頃だった。

時計を見た碧は、小さく息を吐く。


九時からは、中庭でセレモニーが始まる。

いわば“運動会の開会式”のようなものだ。



碧と麟太郎も、中庭へと出てきた。

すでに外は、他局の報道陣や一般見学者でごった返していた。林の中にまで人垣ができ、湖の上空では、各局のヘリコプターが低く旋回を続けている。


麟太郎は、中央の前方にカメラを設置した。

段取りとしては、メインスポンサーである水篠会長の挨拶の前に、碧がカメラに向かって“これから行う内容”を説明することになっている。


碧は手にした台本にざっと目を通し、要点を頭に叩き込んだ。


九時ちょうど。

どんよりした空を突き破るように、派手な花火が打ち上がり、セレモニーが開始された。

麟太郎のカメラが回り始める。

市長や県内の著名人たちが次々と挨拶に立ち、会場のあちこちでフラッシュが閃いた。


続いて、水篠会長の挨拶が始まる。

碧はマイクを手に、スタンバイの姿勢をとった。


その直前――

麟太郎からは、「うちの一条常務のスピーチの時だけは、絶対に前に出るな」と、局長からの厳命を伝えられていた。


麟太郎が合図を送ってきた。

碧はマイクを手に持ち直し、一歩前に出て話し始めた。


「こんにちは。レポーターの白鳥碧です。私は今、全世界が注目する諏訪湖に来ています。

いよいよ、湖底に沈む“500年前の巨大な石箱”の引き上げ作業が始まろうとしています」


言葉に力を込めながら、碧は視線をカメラに据える。


「この石箱は、三か月前に発見されたもので、表面には武田家の家紋が確認されています。

果たして中から出てくるのは……信玄の隠し財宝か、それとも巨大な(ひつぎ)なのか――」


一拍置き、碧は静かに言葉を結ぶ。


「私たちは、いままさに――永遠に語り継がれる“新たな歴史の扉”を、開こうとしています。

その箱が、まもなく湖底から、その全貌を現すのです」


碧が語り終えると、麟太郎はカメラをゆっくりと諏訪湖へ向けてパンし、撮影を止めた。


「OK!」


輪を作った指を掲げる麟太郎に、碧は片目をつぶって応えた。


「……まあ、こんなもんでしょ」


マイクのコードを手早くまとめながら、碧はひとりごとのように呟いた。

その背後では、まだセレモニーの挨拶が続いていた。


「これから僕は、うちの常務の挨拶と、引き上げ作業の模様をカメラに収めます。

その間に、碧ちゃんは学者さんたちに挨拶してきてください。午後のインタビューに出てもらう予定なんで」


麟太郎が淡々と告げる。


「……学者とか教授って、わたし苦手なのよね」


碧はぶつぶつ言いながら、ブレザーを羽織り、眉間にシワを寄せた。

麟太郎は黙って機材を片付け続けている。


「だって、気難しいし。人間嫌いな人、多そうだし……」


「お願いします」


マイクを受け取りながら、麟太郎はそっけなく言った。


碧は腕を組んで、じとっと睨む。動かない。


麟太郎は、はぁっとため息をひとつつくと、碧の目の前まで歩いて来る。


「ほんと、頼みますよ……!怒らせたら、僕の首が飛びますから。

特に――神童教授だけは、絶対に……マジで勘弁してください」


麟太郎は深々と頭を下げた。


「もう、しょうがないわねぇ」


碧は、薄くなりかけた頭頂部を見つめ、心の中で小さくつぶやいた。


(……ああ、あなたも苦労してるんだねぇ)


そうして観念したようにため息をつき、人垣を避けるように、建物の方へ歩き出す。

横目で見ると、まだ水篠会長の長い挨拶は続いていた。

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