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【1】 砂漠から来たもの、三つ目の願い

―――一週間後。


県内屈指の高級総合病院。

その中庭には、精緻に手入れされた深い緑が広がっていた。

樹齢百年を超える楠の木々がやわらかな木漏れ日を落とし、白砂の敷かれた小径を歩けば、まるで高級リゾートの庭園を散策しているような気分になる。

涼を呼ぶ人工の小川には優雅に錦鯉が泳ぎ、蝉の声さえ、どこか遠くで控えめに響いていた。

空調の効いたガラス張りのエントランスホールには陽光が差し込み、ゆったりとした時の流れを演出している。


一方、重厚な門構えの正面玄関前には、ひときわ大きな人だかりができていた。

取材陣に混じって、花束やプレゼントを手にしたファンたち。

受け取ってもらえるはずもない贈り物を携えた彼らは、立ち入り禁止ラインの外で、ただ待ち続けていた。


病院の利用者に迷惑がかかることから、所轄の警察官十数名が動員され、

病院周囲にはロープが遠巻きに張られ、厳重な規制が敷かれていた。



「ロレンスは昔、砂漠に棲んでいたんだ」

その第二特別病棟の豪華な個室で、男は電動ベッドを少し起こしながら、ゆるやかに語り始めた。


「ある日、ロレンスは恋をした。それは叶わぬ恋だった。

 毎晩、ロレンスは群れから外れ、砂漠の空を見上げては、ため息をついていた。

 白い体に、まっすぐな長い角をもつロレンスが、恋をした相手は――

 頭上に浮かぶ、大きな丸い月だった。

 ロレンスは張り裂けそうな想いで、何度も手を伸ばした。

 けれど、その手が届くことはなかった」


男のベッドの傍らで、白衣を着た看護婦が静かに耳を傾けていた。

椅子に腰をかけ、彼の彫りの深い西洋風の顔を見つめながら。


男は、電動ベッドに、斜めに横たわった姿勢で話を続けた。


「砂漠をラクダに乗って通りかかったとき、ロレンスは何も食べず、やせ細っていた。

 このままでは、きっと死んでしまう――そう思った。

 だから、わたしは……」


「なんで、砂漠に?」


白衣の天使は、首を傾げて微笑んだ。


「それは、数日前のこと――

 わたしは、砂漠の洞窟に“魔法のランプ”があると、ある蛇使いの男から聞いた。

 その男は笛を吹いて、篭から蛇を出して見せることで、旅人や吟遊詩人から金をもらい、暮らしていた。

 その男の左目は、白く濁り、見えているようには思えなかった。

 篭から出た蛇は、えらの張った猛毒のコブラだった。

 ――その男は言った。

 三百ゴールド払えば、洞窟への道を教えてやる、と。

 わたしは、男に金を払った」


ベットに横たわる男は、自分の物語の世界に静かに浸っていた。

白衣の天使は、黙ってその語りを聞きながら――

ただ、男のあまりに美しい顔に見とれていた。


「わたしが洞窟から、魔法のランプを盗み出すと――

 盗賊たちが、空を飛ぶジュウタンに乗って追ってきた。

 わたしは、男らしく剣を取って応戦した。

 ……だが、敵の数があまりにも多すぎた。

 わたしの左腕は、切り落とされてしまった」


そこまで語って、男はふと話すのをやめた。

わずかに首を動かし、様子を窺う。


白衣の天使は、椅子に腰かけたまま、

まるで夢を見ているかのように――うっとりと、男の話を聞いている。


「わたしは、逃げた。

 深紅のターバンを巻き、

 目元には金糸の刺繍を施した仮面をつけていた。

 乾いた風が常に吹きすさび、

 昼はサソリが地を這い、

 夜には星々が、地上よりも近く見える――

 そんな丘を越えて、

 どうにか盗賊たちから逃げ延びた。

 そして――その旅の果てで、

 わたしはロレンスと出逢ったんだ」


男は、静かに目を閉じた。


「その、“三度の願い”を叶えるという魔法のランプは――

 前の持ち主が、すでに二度の願いを使い果たしていた。

 残された願いは、あと一度きり。

 わたしは、悲しげな顔をしたロレンスを、そのまま見捨てて通り過ぎることが、どうしてもできなかった。

 せっかく命がけで奪ったランプだった。

 使える願いは、あと一度しか残っていない。

 ……それでも、わたしは迷わなかった。

 それでランプを擦ったんだ。」


男に視線が遠くへ移る。


「すると、色黒で、小太りな魔人が現れた。

 ターバンを巻いて、香辛料の匂いがした。

 わたしは願った。

 ロレンスを――わたしの左腕に変えてくれ、と」


白衣の天使は、男が翳して見せた左腕を、そっと見つめた。


「その時から、ロレンスは、わたしの左腕になった。

 ……けれど、それによって、大変な問題が起きたんだ」


「大変な問題……?」


「ああ。ロレンスは、あの砂漠で恋した“お月様”を、いまも恋しく思っている。

 だから言うんだ。

 “お月様を、この腕に抱かせてほしい”――とね」


男は、そこでふと話を止めた。


ゆっくりと顔を動かし、

座っている白衣の天使の腰のあたりへと、首を傾げて視線を落とした。

鼻の下が――伸び出していた。

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