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【2】 鉄の鎧をまといて、再び地獄へ

源次は、軽トラックの運転席のドアを勢いよく開け――

そのままバックで一気に車を下げた。


〈ガシャーン!〉


直後、ブルドーザーの鉄のアームに激突。

トラックのドアは派手に吹き飛び、砕けたガラスが辺りに雨のように降り注いだ。


源次はドアが飛んでいった方へ歩き、平然とそれを拾い上げる。

壊れた窓枠の縁を蹴り飛ばし、内側の凹凸を手早く叩き潰す。


そして――


鉄板のようになったドアを、自分の腹に押し当てた。


「ぐっ……!」


鈍く刺すような痛みが、右脇腹を駆け抜けた。

折れた肋骨が、内側から内臓を削る。

前かがみになるたび、視界が白く染まる。――それでも、


「……こんなもの気合でどうにかなる!」


奥歯を噛みしめ、ロープを何重にも巻いた。

ぎしり、とロープが締まるたび、鉄の板が身体に食い込む。


やがて、割れたドアの窓から、源次の顔だけが覗いた。


まるで――即席の鉄の鎧。

無骨で、異様な、命知らずの戦装束であった。


源次は、軽トラックの荷台に積まれていたチェーンソーに手をかけた。

それは、林を伐採したときに使った古い電動ノコギリだった。


片手で持ち上げた瞬間――


「……っく」


胸に激しい痛みが走った。

砕けた肋骨が、内側から刺さるように主張してくる。


だが、それでも――手は止めない。


源次は、歯を食いしばって紐を勢いよく引いた。

ギャリリリリ――ッ!!


刃が唸りを上げる。

地面を震わせるような轟音が、真夜中の空気を裂いた。


煙が上がり、鉄の鎧を巻いた男の前で、鋼の牙が回転を始める。

まるで、地獄の番犬が咆哮を上げたようだった。



龍信は、入り口の壁に掛かっていた鍵の束をつかみ取った。

中庭に出ると、彗と翔太に向かって指示を飛ばす。


「おまえらは石箱の中に、ミキサー車でセメントを流し込んでくれ!」


二人は驚きながらも、すぐにうなずいて駆け出した。


碧には、安全な場所に隠れるよう促したが――


「いやよ。私にもやらせて!」


頑として聞き入れなかった。

確かに、今のこの状況で“安全な場所”など、もはや存在しないのかもしれない。


碧は、ミキサー車に乗り込んだ彗の隣に座り、操作方法をざっと習った。そしてすぐさまハイヒールを脱いで地面に置いた。


そして、龍信から受け取った鍵を握りしめると、もう一台のミキサー車へと軽やかに駆け出した。


――彼女には、乗り物の操作に関して一点の不安もなかった。

なにせ、碧が足に使っているのは、かのパリ・ダカールラリーで伝説を残した、レース仕様の“ポルシェ959”――そのじゃじゃ馬なのだから。



その頃、翔太が倉庫から工事用具を抱えて戻ってきた。

両手に、つるはしとスコップ。


龍信は、そのつるはしを無言で受け取ると、静かに採集室の方へと歩き出した。


「死なないでね!」


碧がすれ違いざまに叫んだが、龍信の背中は何も答えず、ただゆっくりと――闇の中へと消えていった。



源次が、再び解剖室へ飛び込んだ。

――怪物は、部屋の中央で屈み込んでいた。何かをしている。


床には、テーブルから転げ落ちた、《武田信玄の首》があった。

怪物はその目前に身を屈め、まるで儀式でも行うような静けさで、それを見下ろしている。


日向助手は、テーブルの下敷きになって動かず、

麟太郎は、窓の外へ頭と腕を突き出したまま絶命していた。


その時――

怪物が、大きな口を開けた。

下顎がカクンと一段、外れるように沈む。

よだれのような粘液が床に垂れ、ぬめりと音を立てて広がった。


その奥――

喉の奥から、白蛇のような“舌”がにょろりと伸びてきた。

先端は二股に裂け、その内側には、サメのような鋭い歯が、二重に並んでいた。

まるでそれ自体が、別の生き物であるかのように。


その生きた舌がスルスルと宙を泳ぎ――

信玄の首に、噛みついた。


次の瞬間、舌は獲物を咥えたまま、シュルルルルと口の奥へと戻っていく。

そして怪物が――ガブリ、と、生首をひと呑みにした。


咆哮も上げず、咀嚼もせず、ただ淡々と、機械のように呑み込む。

そこには、執着というより――むしろ“使命”のようなものがあった。

まるでそれが、“果たさねばならぬ契約”であるかのように。


怪物は、何事もなかったかのように、ガクンと顎を元の位置に戻した。

そして――顔を向けた。


源次と、目が合った。


源次は、チェーンソーを振り上げた。


「グギャーゥオォォォ――!」

怪物が咆哮し、牙をむき出して立ち上がる。


「おまえに、“首が宙を飛ぶ痛さ”を教えたるわ!」


源次が、渾身の力でチェーンソーを振り下ろす。

怪物は、爪を閉じた右腕を横にかざし、それを受け止めた。


ギャリギャリギャリギャリ――ッ!

高速回転するチェーンソーの刃が、怪物の鋼鉄のような爪に叩きつけられて、火花を散らす。


モーター音に、爪に擦れるチェーンの(ひめい)が重なった。

鼻を刺すような、焦げた鉄と油の匂いが室内に充満する。


源次は、ありったけの力を込めて、両腕で刃を押しつける。



だが――


怪物の右腕一本が、それをあっさりと押し返してくる。

まるで、“それがおまえの全力か”とでも言いたげに。

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