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【1】 決死の布石、命でつなぐ一手

源次は、鉄のテーブルを盾に、怪物の攻撃をギリギリで躱していた。

彼の右手――怪物の少し背後で、田辺博士が静かに動きを見極めている。


時貞は、ふと麟太郎の方へ視線を向けた。

何かを思いついたらしく、スッと顔を綻ばせる。

端正なその表情が、ニヤリと歪む。

……悪い顔だ。これは、また叱られるパターンだ。


「ではまず、あなたの目の前に、怪物の死体が転がってますね?その台の上に」


「これっ?」

麟太郎は、目の前の――両腕を切断され、左脇腹を大きく裂かれた怪物の亡骸を指差した。


時貞が、大きく頷く。


「これを、……ど、どうすれば?」


「その、切り開かれた脇腹から――」


「はい……」


「中に、入ってください」


「は?」


「中に入って、切られた腕のところから、こう、両腕を出すんです。

ウルトラマンみたいに、それを“着る”んですよ」


「着るって……これを?」

麟太郎が、引き裂かれた腹の内側を、横目で恐る恐る覗き込んだ。


「そぉー! それを着て、怪物の口のところから目を出して――外が見えるようにしてください!」


時貞は、妙に嬉しそうに両手で大きな円を作り、目に当てて覗き込む。

「こうやって!」と、怪物の口に見立てた手の“窓”から、キラキラした目を覗かせた。


麟太郎は、口をパクパクさせながら硬直。

その様子を見て、源次は――大きくため息をついた。

田辺博士も、さすがに呆れたように眉をひそめる。


「これで、あいつと戦うんですか?」

麟太郎が、ゆっくりと視線をずらしながら――生きている方の怪物を指さした。


「いやいや、戦うんじゃありませんよ」

時貞が妙に嬉しそうに人差し指を立てる。


「それを着て、メスの振りして、こう……お尻振って、色気を出して誘うん……」


「――教授! いい加減にしてくださいッ!!」

源次の怒声が、鋭く空気を裂いた。

彼は今まさに、目の前で怪物の攻撃をすんでのところで躱している最中だ。


「ははっ、ギャグですよギャグ。そんなに本気で怒鳴らなくても……」

と、時貞が苦笑いして両手を上げた、その直後――


「教授!!」再び源次に、やっぱり叱られた。


「分かりましたよ、分かりました。……では、そこの壁にある配電盤を開けてください」

時貞は、麟太郎のすぐ横を指差した。


麟太郎は動かない。困惑した顔で、じっと時貞を見つめている。


「今度は本当ですから! ――あんたぁ!」

突然声を張り上げた時貞に、麟太郎はビクッと反応した。


数回まばたきをしてから、ようやく背後の配電盤に目を向けた。


「まず、その中にあるスイッチ類を確認して、あそこのレーザー機器に繋がっているコードを探してください」

時貞は部屋の奥を指差した。その口調は、先ほどとは打って変わって冷静で、真剣だった。


麟太郎は立ち上がり、急いで蓋を開けた。

中には複数のスイッチとメーター。彼は手探りでコードを追い、外の機器に繋がるコードを辿って、少し太めのケーブルを発見する。


「ありました、これです!」


「では、まずは電源スイッチを切ってから、それを引き抜いて。次に、そのコードを真ん中から裂いて、一本ずつに分けてください!」


麟太郎はうなずき、力いっぱい両手でコードを掴んだ。

――そして、渾身の力で引き抜いた。


「ガツッ!」


短い音が響き、それに繋がっていたレーザー機器がわずかに揺れた。


麟太郎は、手にしたコードを素早く手繰り寄せると、その先端を両側に引き裂いた。

裂けた電源コードは、プラスとマイナスの二本に分かれた。


「できました!」

彼がそう叫んだ瞬間、時貞が指示を飛ばす。


「では、そのマイナスの一本を……あ、源さん、マイナスの色はどっちですか?」


「白です! 黒がプラス!」

怪物の攻撃を紙一重で躱しながら、源次が即答した。

金属と金属が擦れ合うような、硬質な音が響く。


「それでは、白いほうのコードを、後ろの鉄柱に巻き付けてください!

 黒いコードは、そのまま手に持っててください!」

時貞の声は、部屋の騒音を突き破るように響いた。


麟太郎は、露出した銅線の先端を握りしめ、部屋の壁際にある支柱――鈍く光る鉄の柱へと駆け寄る。

ちょうど丸く開いたネジ穴を見つけ、そこに白いコードを通すと、柱にしっかりと巻き付けた。


「源さん、怪物を……部屋の真ん中、あの天井からぶら下がっている鎖に!」

時貞が声を張り上げた。


その上部へと視線を辿ると、鉄のプレートで出来た天井から垂れ下がる、何本もの鎖が部屋の中央で重たげにぶつかり合い、鈍く揺れていた。


時貞の狙いに、源次は即座に気づく。


(そこに導電させるつもりか……!)


だが、怪物の猛攻は止まない。

今や源次はギリギリの足さばきで攻撃を捌いており、体勢は徐々に後退を余儀なくされていた。


――その時。

壁際の影から、静かに動く人影があった。


その影はすでに、怪物の背後――わずか数歩の至近距離にまでにじり寄っていた。

その手には、大きなペンチのような医療用クランプ――その先端には、鋭く輝く“平爪”が、まるで短剣のように挟まれている。


時貞は、ふと気配を感じて顔を向けた。そこには、田辺博士の強張った横顔が。


次の瞬間。

田辺博士が鉗子ごと、鋭利な平爪を振り抜いた。

狙いは怪物のわき腹。

それは、静けさを切り裂くバットのフルスイングだった。


だが――。


怪物は、寸前で身をひねってそれを躱す。

ねじれた肉体が翻り、牙を剥いた顔がぬっと博士に向けられた。

その金色の小さな瞳が、ぎらりと光った。


「っ……!」

田辺博士は後ずさろうとした。

が、足元の椅子に足を取られ、バランスを崩した身体がぐらりと仰け反る。

両手で持った鉗子が無防備に掲げられ、胸元が――がら空きになった。


その刹那。


怪物の右腕が、うなりを上げて突き出された。

三枚の爪は閉じられ、まるで鋭い一本の槍。

それが、田辺博士の腹部を容赦なく突き抜けた。


「……ッッ!!」


遅れて、ぐしゃり、と湿った音が響く。

田辺博士の体が硬直する。立ったまま、動きを止めた。

その口からは、どろりとした血泡が溢れ、喉の奥でくぐもった音が漏れた。

瞳はかすかに震え、虚空を見つめたまま焦点を失っていった。

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