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戦国の封獣・壱 〜信玄と鬼の眠る湖〜  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第7章 星空に静かに抱きしめる夜
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【6】 指の先、異物の中の論理

田辺博士は、穴の中で人差し指をゆっくりと回しながら、難しい顔でつぶやいた。


「これはボタンではないな……。むしろこれは、“インターフェースのコネクター”に近い」


「えっ、あの……パソコンの裏にある、コード繋ぐやつ、ですか? でも、そんな――まさか……」

丹波助手は信じがたいというように、ゆっくりと首を横に振った。


穴を覗き込んでいた田辺博士自身も、自分の口にした言葉が信じられなかった。

それでも、この怪物の身体からは、どうしても“人工的な細工”の気配が拭えなかった。


(命令をインプットされた怪物……人間にコントロールされていた生命体?)

そんな突飛な発想が、ふと頭をよぎった――しかも、それを否定できなかった。


「この怪物にコンピュータを繋いで、何らかの指示を送ったのか。あるいは、逆に情報を収集させていたとか……」


丹波助手が言葉を探るように口にすると、田辺博士は沈黙したまま、目を細めて考え込んだ。

日向助手は口をつぐんだまま、二人の後ろで会話をじっと聞き続けている。


「そんな大掛かりなものじゃなくて……たとえば、人間の言葉を信号に変換して、怪物が理解できるようにしていたとか……」

そうつぶやいた博士の表情には、明らかな迷いが浮かんでいた。


今まで数え切れないほどの生物を解剖してきた田辺博士でさえ、今回ばかりは、頭の中が静かにかき乱されていた。


麟太郎は、その一部始終をカメラに収めていた。

レンズ越しに、醜怪(しゅうかい)な顔をアップで捉え続けている。

長く見ていると、今にもその両目がぱっちりと開き、ゆっくりと起き上がってきそうな錯覚を覚える。それは、長い冬眠の途中か、仮死状態にあるようにも見えた。



「……でも、不気味よね」

少し冷静さを取り戻した日向助手がつぶやき、ビニール手袋をした手で、おそるおそる怪物の顔に触れた。

その手つきは、まるで寝ている猛獣に触れるかのように慎重だった。

丹波助手は、その仕草を眼鏡の奥の細い目でちらりと見やったが、口を開くことはなかった。


――彼は先ほどから解体に取り組んでいたが、まったく歯が立たなかった。

どんな鋭利な器具を使っても、この強靭な外皮は傷ひとつつかない。

中でも最も切れ味の鋭いノコギリ状のメスですら、触れた途端、まるで石をなぞっているように滑っていった。


「教授、無理です。皮膚が堅すぎて、傷ひとつ付きません」

丹波助手が苦い表情で言った。

田辺博士は顔を上げると、額に深い皺を寄せて応じた。


「……レーザーを使ってみなさい」


丹波助手は黙って頷き、ノコギリ状のメスを脇に置くと、装置の準備に取り掛かった。

日向助手も手袋を外し、無言でコードの配線に加わる。



田辺博士は、怪物の右腕を万力でしっかりと固定し、その三枚の巨大な“爪”をこじ開けようとしていた。

この異様な突起に、博士がここまで執着するのには理由があった。


――それは、どうにも“自然の産物”とは思えなかったからだ。


この爪には、どこか“人工的な意図”が見え隠れしていた。

自然界の形は、本来すべてが不定形である。水や火、山や岩の形や海岸線の流路など、どれも決まった形はない。……もちろん、人間の体だって例外ではない。


それに比べて、人工的に造られた物は、すべて直線と曲線で表すことができる。

高層ビルにしても、自動車にしても、文字にしてもである。


この“爪”をの形をどこかで見たことがある――田辺博士はそう思った。

それは、有名な芸術家が描いた、想像上のUFOのイラストに似ていた。


田辺博士が、この“爪”に人工的なものを感じたのは、まさにそこにあった。

この爪のうち、腕の内側に取り付けられている二枚は、滑らかなアールを描く板状で、まるでボートの底板のような精緻な曲線を描いている。

そして肘側に伸びる一枚は、わずかに湾曲した平板で、巨大なトンボの羽、あるいは古代の装飾剣にも似た独特の造形をしていた。


三枚が閉じることで生まれる、バラの花びらを思わせる先端のフォルム。

その滑らかで、完璧な対称性をもつ構造は、自然界の“偶然の形”というより、何かの“設計意図”を感じさせた。


そして田辺博士が、あの絵を思い出したのには、もう一つ理由があった――それは、この爪の“色”である。


タワシで洗い上げ、苔や水藻を取り除いたあとの大きな爪は、まるで金属のように鈍く銀色の光沢を帯びていた。

周囲の体表は、タイヤのように黒く、濃い緑を帯びているのに――この爪だけは、まったく異質な存在に見えた。

その色彩の差が示唆しているのは、この部分だけが“異なる素材”――あるいは“後から付け加えられた部品”である可能性だった。


こんな構造のまま、胎児から成長してきたとは、とても思えない。

むしろこれは、生き物の一部として形成されたものではなく、どこかで“装着”されたものなのではないか――


そのとき、焦げるような臭いが博士の思考を中断させた。

振り返ると、丹波助手の持つレーザーメスが、怪物の堅い皮膚にわずかに焼き痕をつけていた。


隣で日向助手が電圧の目盛りを上げていた。

機器の作動音と焦げた匂いが、実験室の空気を静かに満たしていた。

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