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愛する人が私の殺害計画を立てているのですが……。後編


 力なく膝をつく私を見てドウェイン様が驚きの声を上げる。


「いったいどうしたんだ!」

「ドウェイン様……、どうやら、お別れのようです……。ユーニスさんとお幸せに……」


 あと十五分後には、私は心臓が止まってころりと死にます……。

 おそらく私の顔は血の気が引いてまっ青になっていたに違いない。ドウェイン様は床に座りこんでいる私の体を抱き上げた。


「よく分からないが、とにかく気分が悪いんだな!」


 私達を取り囲む人だかりの中から、こちらも慌てた様子で一人の女性が駆け寄ってくる。ユーニスさんだわ。


「どうなさったのですか! アリシア様!」



 婚約者と親友に連れられて私は別室に移動することになった。

 椅子に座った私に、二人は重ねて事情を尋ねてくる。


 ……全てを話すことなんて、とてもできないわ。だけどせめて、もうすぐ死ぬことは伝えてきちんとお別れをしよう……。


「私は、毒を飲んでしまったのです……。あと十五分で、いいえ、あと十分くらいでこの世を去ります……、さようなら」


 毒という文言に二人は驚き、当然ながら私がそれを飲んだ理由を聞いてきた。


「それは言えないのです……。ともかく私は間もなくいなくなりますので、ドウェイン様とユーニスさんはお二人でお幸せになってください……」

「待ってくれ、ユーニスと幸せにとはどういうことだ?」

「……もう隠すのはおやめください。ドウェイン様は私ではなくユーニスさんを愛しておられることは知っているのです」


 私の言葉に二人は揃ってきょとんとした顔になっていた。


「ドウェイン様は私のことなど、全く愛しておられないと思いますが……?」


 首を傾げながらユーニスさんが視線をやると、ドウェイン様はこれに頷きを返す。


「どうして俺とユーニスがそういうことになるんだ。俺が愛しているのはアリシアだけに決まっているだろ」

「……もう隠すのはおやめください。死にゆく私には真実を話してほしいのです、呪ったりしませんから」


 椅子の上でぐったりしつつそう繰り返す私に、二人は困った表情で顔を見合わせる。このままでは埒があかないと判断したのかドウェイン様が叫んだ。


「なぜそんな誤解をした! 俺達に分かるようにきちんと説明してくれ!」

「誤解ではありません。私は知っているのです……。あなた達が私のいない所で(私の殺害を)計画していたことを」


 すると、今度はユーニスさんが何かを察したように慌てて口を挟んできた。


「ドウェイン様、これは私達の方がきちんと説明するべきです! 早くしないとアリシア様から毒の種類を聞き出して解毒する時間がなくなります!」

「解毒なんて無理ですよ、魔法の毒薬なのですから……。作った魔女も今頃は国外です……」


 全然聞く気のない私に対し、二人は構わず説明しはじめた。

 何でも、ドウェイン様は私に正式なプロポーズをするべくユーニスさんと計画を練っていたのだとか。夜会の後にまず私を会場から一旦退場させ、その間に、事前に根回ししてある出席者達と場を整える。そして、改めて私を呼び入れて結婚の申しこみをするつもりだったらしい。


 ……え、二人の計画って私を殺害することじゃなかったということ? 終止符を打つのは婚約関係に対してで、私との新しい結婚生活を始めるって意味だったということ?


 話の最後にユーニスさんは少し照れた表情でこう言った。


「私は学生時代からアリシア様には本当によくしていただいたので、今回の計画に全面協力させていただくことにしたのですよ」


 ……じゃあ、お返しというのは私への仕返しではなく、恩返しだったということ?


 …………、……なんてことなの。

 私、二人の話の端だけを聞いてとんでもない早とちりを! そういえば、誰かが大変な思い違いをしているかもと言っていたわ!


 二人は私を裏切ってなんかいなかったのね……。それどころか、私を喜ばせようとサプライズを準備してくれていた……。

 そんな二人を勝手に憎んで、あろうことかドウェイン様を毒殺しようとしていたなんて、私は本当に愚かだわ。さらに、盛ろうとしていたその毒を自分で飲んでしまったのだから、愚かにもほどがある。


 そうだったわ! 私はうっかり毒を飲んでしまった!

 私は座っていた椅子から勢いよく立ち上がったものの、また力が抜けて座り直した。


「……もうあと、五分くらいでお別れです……。ドウェイン様、ユーニスさん、今までありがとうございます……、……さようなら」

「だからどうして毒を飲んだんだ!」

「まだ助かる方法があるかもしれません! 諦めないでください!」


 脱力する私の前では婚約者と親友が何とかしようとあたふたしていた。


 ……ようやく勘違いに気付けたというのに、残された時間はわずか数分。ああ、幸せって失う寸前になってそれと分かるものなのね。

 私は愛する人から愛され、大切な親友から思われ、幸せだった。幸せな人生を送っていたのだわ……。


 虚空を見つめながら旅立つ覚悟を決めていたその時、私達がいる部屋の扉をノックする音が響いた。


「こちらにアリシア様がおられると伺ったのですが。私は内務調査局のエレノーラと言います」


 ……え、内務調査局が私に何の用かしら? まあ、たぶん毒薬の件よね。捕まえるなら捕まえればいいわ、どうせもうすぐ死ぬし。

 騎士団に所属する内務調査局は、王国内で起こったあまり表には出せない案件を密かに調べる機関だった。場合によっては事案や人を密かに闇に葬ったりもする恐ろしい機関でもある。


 ふふん、もうすぐ死ぬ私は闇の機関だろうが何だろうが怖くない。どんと来いよ。それにしても今の声、どこかで聞いた覚えが……?


 とりあえず、応答してエレノーラという人に部屋に入ってもらうことにした。

 入室してきたその女性を見て、思わず私は再び椅子から立ち上がる。


「あなたは酒場の……!」


 酒場で二度会った、すらりとした美人のお姉さんがそこにいた。今日は騎士の剣や鎧を身に着けていて一段とかっこいい。

 彼女は私の前まで歩いてくると会釈する。


「改めて自己紹介させていただきます。私は内務調査官のエレノーラです」

「……ずっと私のことを監視していたのですか?」

「監視していたのはアリシア様ではなく、手製の魔法薬で荒稼ぎしていた魔女の方ですよ。まず、あなたが今一番知りたいであろう情報をお伝えしますね」

「え……、何でしょうか?」

「あなたがお飲みになったのは毒薬ではなく、私がすり替えた普通の水です」


 ……普通の、水? そんなはずはない。毒薬をすり替える暇なんてなかったもの……。

 あ、風邪薬を分けてほしいと彼女は一度だけ小瓶に触っていたわ、あの時ね!


「で、では、私は死なないのですか……?」

「死ぬわけありませんよ、お飲みになったのは普通の水なのですから。ただ、時間が経って古くなっているのでお腹は壊すかもしれません」


 この瞬間、私を包んでいた絶望の霧が晴れ、一気に明るい未来が開けた。

 私は死なない! ドウェイン様とも結婚できる! お腹を壊すくらいは甘んじて受け入れるわ!


 ドウェイン様とユーニスさんの方に振り返った私は即座に叫んだ。


「私は死にません! 飲んだのは毒ではありませんでした!」

「そ、そうか、とりあえずは安心した」

「もう、心配させないでください、アリシア様……」


 途端に元気が戻ってきた私は、婚約者と親友の手を取って小さく跳ねる。その様子をしばらく見守っていたエレノーラさんは、もういいでしょう、と言う代わりにスッと手を差し出した。


「アリシア様とお話がありますので、申し訳ありませんがお二人は部屋の外で少々お待ちください」


 ドウェイン様達が退出したのち、私とエレノーラさんは改めて椅子に座って向かい合った。


 エレノーラさんはあの魔女を、私が接触するより前から監視していたことを教えてくれた。私が魔女と初めて会った日、彼女は魔力を耳に集中させて(すごく聴力が上がる)私達の会話を全て聞いていたらしい。私の依頼内容を知り、この一件で魔女を捕まえることに決めたのだとか。


「では、あの魔女はもう?」

「はい、アリシア様に毒薬を渡したあの日、酒場を出たところを私の仲間達が確保しました」


 ……あの人、危ない橋は渡りきれなかったみたいね。

 そうだわ、私も婚約者を殺す目的で毒薬を依頼したのだから捕まってしまうのでは? というより、今日エレノーラさんは私を捕まえにきたのでは!

 悪名高いあの内務調査局に確保されたら結婚どころじゃない! 結局は闇に葬られてしまう!


 先ほどの自暴自棄になっていた時と異なり、命が助かった今、私は急に自分の置かれている状況が怖くなってきた。

 黙ってじっと私を見つめてくる女性騎士の綺麗な顔がとても冷酷に見えはじめる。その鋭い眼差しに射抜かれて、自然と体に震えが。懸命に抑えているうちにやがて彼女は口火を切った。


「夜会の方で話は伺ってきたのですが、今一つ状況が掴めないのです。アリシア様、どうしてご自分で毒を飲まれたのですか?」

「……それは、うっかり間違ってと言いますか」

「夜会に来てからのことを、心の動きも含めてお話し願います」

「承知しました……」


 私はエレノーラさんに、ドウェイン様の殺害計画を中止したこと、その後うっかり自分で毒入りのお茶を飲んでしまったことなどを話した。

 話を聞き終えた彼女は微かに笑みを浮かべる。


「やっぱり、まぬけすぎて笑ってしまいますよね……」

「いいえ、安堵したのです。それならアリシア様には厳重注意でいいでしょう」

「え、確保されないのですか?」

「アリシア様には魔女の確保を手伝っていただいたと言ってもいいですから。毒薬の入手などは罪になりますが、今回の案件は内務調査局に一任されていますので、殺害を自主的に断念したことを加味してほぼ不問で構いません」


 そう説明してくれた後にエレノーラさんは追加でこう言った。


「……実は、アリシア様への処罰をどうするか決めかねていたので、毒薬をすり替えた後もあなたには泳いでもらっていたのですよ。殺害計画を断念してくれて本当によかったです」

「断念して本当によかったです……」


 危なかった! 水の毒薬でもドウェイン様に飲ませていたら私も確保されていたわ!

 前に思い違いをしているかもと助言をくれたのは、私を助けるためだったのね……。エレノーラさん、目つきは鋭いけど、やっぱり優しい人なのだわ。


 この後、私はエレノーラさんからみっちり厳重注意を受けることになった。殺される前に殺す、という発想は法治国家では絶対に許されないことを私は嫌というほど頭に叩きこまれ、自分の愚かな行動をしっかりと反省した。

 ごめんなさい……、もう二度とこんな愚かな行動は取りません……。

 ……この人、優しいけどとても真面目だわ。


 ようやくお説教が終わり、椅子の上でぐったりしていた私はふとまだ解決しなければならない事柄があることを思い出す。


「私が毒を飲んだこと、ドウェイン様とユーニスさんには何と理由を説明すればいいのでしょう……」

「それでしたら私にお任せください。簡単なことですよ」


 エレノーラさんが事もなげにそう請け負ってくれたのでお任せすることにした。

 部屋の外で待っていたドウェイン様とユーニスさんを招き入れると、彼女は私をずずいと前に出して説明を始めた。


「アリシア様はお二人が自分を裏切って恋仲になったものと誤解なさって、お二人の前で毒を飲んで死ぬおつもりだったようです。今後はこんな愚かな真似はしないとお約束くださったので、ご安心ください」


 もう二度とこんな愚かな行動は取りません……。

 婚約者と親友は揃って私に呆れたような視線を向けてきていた。


「そこまで思い詰める前に俺達に尋ねてくれ……。とにかく、飲んだのが毒じゃなくてよかったよ」

「驚かせないでください……。ご無事で何よりです」


 いたたまれない気持ちになったものの、私の奇行もどうにか筋が通った。

 ドウェイン様は、それほどまでに自分のことを、と少し嬉しそうでもあった。まあ、殺そうとしていたことを知られるよりはずっとましに違いない。

 私は最後までエレノーラさんのお世話になったらしい。


 これで一件落着かと思いきや、ドウェイン様が何やらどんよりした空気を纏っている。


「……俺のプロポーズはまた日を改めるしかないな」

「あ、それ、今日の夜会でやる予定だったのですね。……とんでもないものをぶつけてしまってすみません」


 と頭を下げていて妙案が脳裏を過った。


「でしたら、夜会よりも希望の場所があるのですが」



 ――翌日、私とドウェイン様は大衆酒場の真ん中にできたスペースに二人で立っていた。


「……アリシア、本当にここでプロポーズするのか?」

「はい、お願いします。その後は一緒に食事をしましょう。このお店のお料理はどれも絶品なので、ぜひドウェイン様にも召し上がっていただきたかったのです」


 こうして、私は無事に愛する人から結婚の申しこみを受けることができた。

 親友のユーニスさんと大勢の見知らぬ酔っ払い達から祝福され、最高の瞬間を迎えられたと言える。

 周囲を囲む人垣の中にエレノーラさんの姿を見た気がした。

 彼女がいなければ、私はこの時を迎えられなかったのはもちろん、生きてさえいなかったのだから感謝しなければならない。


 エレノーラさん、本当にありがとうございました。

 そして、……本当にご面倒をおかけしました。



この話は後半部分にフォローしなければならない事柄が多くてちょっと大変でした。

詰めこんだ感が出ないように、アリシアは愉快な性格になっています。

私の書く主人公は大体が愉快なんですけど。

少し苦労しましたが、楽しんでいただけたなら嬉しいです。

お読みいただき、有難うございました。


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喜劇で終わってよかった! 法治国家ばんざい!
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