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愛する人が私の殺害計画を立てているのですが……。前編


 私は伯爵家の次女アリシア。昨年学園を卒業したばかりの十九歳で、現在は次の段階に向けて家で修行の日々を送っている。次の段階とはもちろん我が伯爵家のために他家に嫁ぐこと。修行とはその新たな場所で恥をかかないための花嫁修業だった。

 私の婚約者は侯爵家の長男ドウェイン様で、彼に恥をかかせないためにもきちんとした立ち居振る舞いを身につけなければならない。


 定められた結婚であっても、私は常に優しく接してくれるドウェイン様に好意を抱くようになっていた。彼にずっと好かれ続ける自分でありたい。

 そう思って懸命に修行に励んでいた矢先、私はドウェイン様の本性を知ることになった。


 彼といつものように外でお茶をした時のこと。お茶が済むと私に先にお店を出るように言ってきた。何でも、この後同じ場所で人と会う約束をしているのだとか。


 約束の相手が気になった私は、ふと出来心から、お店を出ていくふりをして柱の陰から様子を窺うことに。

 待っていると場に現れたのは、なんと私の学園の同級生で親友でもある男爵令嬢のユーニスさんだった。彼女は席に着くとドウェイン様に言った。


「計画は全て順調に進んでいますよ」


 計画……? いったい何のことを話しているのかしら?

 私がさらに聞き耳をたてているとドウェイン様が微笑みを返す。


「それは楽しみだ、これでようやくアリシアとの関係に終止符が打てる。新しい生活が待ち遠しいな」

「ええ、私もです。アリシア様には申し訳ありませんが、あの方には早々にご退場いただきましょう」


 ユーニスさんもそう微笑み、二人で意味深に見つめ合った。


 ……私との関係に終止符って。しかも、早々に退場させられるということは……。

 ま、まさか、私を殺す計画……! ドウェイン様とユーニスさんは以前から通じ合っていた! 私を亡き者にして二人で新しい生活を始めるつもりなの!

 この考えを裏付けるように、ドウェイン様とユーニスさんは会話を続けていた。


「そうだな、アリシアにいてもらっては都合が悪い」

「アリシア様にはこれまでのことがありますからね。やっとお返しできるかと思うと胸が高鳴ります」


 ……もう間違いないわ。二人は私の殺害計画を立てている。

 婚約者と親友の裏切りを知った私はよろめく足取りでその場を離れた。


 ……なんてことなの。

 ドウェイン様の優しさは全て見せかけで、私のことなど少しも愛していなかった。それどころか、殺したいと思うほど憎まれていたなんて……。

 そして、一番の親友だと思っていたユーニスさんもずっと私を憎んでいた。私が何をしたというの? 全くと言っていいほど心当たりがない。もしかして、学園で孤立していた彼女に声をかけて仲良くしたのが偽善だと思われた? あの子もいつも感謝の言葉を口にしていたのに、人間って恐ろしい……。


 帰りの馬車の中で、私の心中では理不尽な思いがぐるぐると渦を巻いていた。

 何度も恐怖や落胆の感情を行ったり来たりした末に一つの結論に達する。


 ……黙って殺されるなんて、まっぴらごめんよ。

 こうなったら……、殺される前に殺すしかないわ!


 これまでのドウェイン様とユーニスさんに対する愛や友情が一気に憎悪へと変わった。


 馬車が自宅である屋敷に到着した頃には、もう私の胸の内は定まっていた。まっすぐに自分の部屋に向かう。戸棚の引き出しを開けると、奥から一通の手紙を取り出した。

 これは以前、魔女を名乗る女性から屋敷に届いた物になる。当家だけでなく、多くの貴族が同じ手紙を受け取ったらしい。その内容は魔法の薬を販売するというもので、こちらの要望に応じた薬を調合してくれるのだとか。


 いかがわしいことこの上なく、お父様はすぐに手紙の処分を命じた。しかし、魔法の薬という文言に妙に心引かれた私は、廃棄寸前で手紙を自分の物に。


 ……どんな魔女か分からないけど、もしかしたら私が希望する薬も作れるかもしれない。


 手紙に記された住所宛てに、一度会って話がしたい、と手紙を送るとすぐに返信が来た。町の大衆酒場で会ってくれるという。そんな場所には足を踏み入れた経験はなかったものの、私は了承することにした。

 怖い気持ちよりも、何とか望みの薬を手に入れたい気持ちの方が勝っていた。それに、いつ自分への殺害計画が実行されるかも分からない今、大抵のことは平気な気がする。



 魔女との約束の日、私は一人でこっそりと屋敷を抜け出した。初めて供を連れずに町を歩き、初めて大衆酒場なる場所に入る。

 とりあえずカウンターの席に座り、目印に指定された一輪の花を取り出した。


 持っている中で一番地味な服を選んだけど、それでも結構目立っているかも……。貴族ってばれているかしら? とにかく何か注文をしなくては。

 お酒は飲んだことがないからお料理を……、う、どうしよう、食べたことがないメニューばかりだわ。


 悩んだ結果、魚の煮込み料理らしき物を注文する。提供されたそれを恐る恐る口に運んだ。

 美味しい! 平民の人達が食べている物ってもっとまずいかと思っていたけど、味付けが濃くて意外ととても美味しいわ!


 カウンターの隣でお酒を飲んでいた年配の男性が私の表情をちらりと見て。


「お嬢さん、この店の売りは揚げ物だ。食べてみな、ぶっ飛ぶぜ」

「そ、そうなんですか、ご親切にどうも……」


 ぶっ飛ぶとは、いったい……?


 ご親切で勧めてもらった物を頼まないのも悪いので、次は魚の揚げ料理らしき物を注文してみた。手元に届けられた皿には、衣を纏った大きな白身魚の揚げ物が二つに、その横には大量の揚げたポテトが乗っている。

 全て食べきると体を壊しそうな気がした。ぶっ飛ぶとはそういう意味なのだろうかと思いつつ、こちらの魚も恐る恐る口に。


 衣がサクサクでジューシーだわ! 揚げたてのお料理がこんなに美味しかったなんて! ポテトの方も熱々で美味しい!

 フォークが止まらない私を見て、隣の年配の男性はニヤリと笑って席を立った。


 彼が去ってしばらくして、気付けばいつの間にか同じ席に二十代半ばの女性が腰を下ろしていた。


「伯爵家のご令嬢にこの店は合わないかと思ったのですが、……なぜ揚げ物を夢中で食べておられるのですか?」

「いけない、理性(と品性)が飛んでいたわ……! ではあなたが、魔女なのですか?」

「ええ、そうです。さあ、依頼内容を伺いましょう。どのような魔法薬をお望みで?」


 私は彼女に事のあらましを話した。

 それから、決して証拠が残らない毒薬を作ってほしいとお願いする。ドウェイン様を殺すための毒薬を。

 話を聞き終えた魔女の女性は、どこか不気味に見える微笑みを浮かべる。


「至ってまっとうなお考えです。殺される前に殺してしまいましょう。ですが、ご親友の方は生かしたままでよろしいのですか?」

「一度に二人も死ねば、証拠はなくともさすがに怪しまれます。どちらか一人ならば、ドウェイン様でないと婚約を破談にできませんので」

「ふふ、先ほどは不安を覚えましたが、きちんと理性はお持ちのようですね。いいでしょう、この仕事、お受けしましょう」

「ありがとうございます。できれば病死に見えるような薬をお願いしたいのですが」

「お任せください。つきましては報酬のご相談です」


 と魔女は手持ちの紙切れに、ささっとペンで金額を走り書きする。それを私に見せてきた。


「う……、かなりの額ですね」

「物が物だけに私も危ない橋を渡ることになりますから」


 悩んだものの、私は提示された報酬を支払うことを約束した。持っている宝石類をいくつか売ればお金は作れるだろう。


 魔女は薬が完成したら連絡すると言い残し、上機嫌で酒場を出ていった。

 とにかく急いでほしいものだわ。早期に実行に移さないと私が先に殺されてしまう。


 私もお店を出ようと思ったが、大量の揚げ物を食べたせいか胸焼けがひどく、何かすっきりする飲み物が欲しくなった。

 ふとカウンターの少し離れた所に座っている、すらりと背の高い女性が目に入る。

 わあ、こちらも二十代半ばくらいだけど、ちょっと目つきが鋭くて女の私から見ても美人でかっこいい人だわ。それより、彼女の飲み物、すごく爽やかで美味しそう……。尋ねたら教えてくれるかしら?


「あの、突然すみません。今お飲みのそれはお酒でしょうか?」

「いいえ、これは数種類の柑橘果実で作られたジュースです」


 幸いお酒ではなく、やはり美味しそうなので同じ物を注文。

 爽快な飲み物で胸焼けを治している間に、先ほどの女性はいなくなっていた。

 あれ、いつの間に帰ったんだろう……? そういえば、お店に入ってきたのも全く気付かなかったし。あんな素敵な人なら絶対に目が行くはずなのに。あ、ジュースを飲み終えてしまったし私も帰ろう。


 大衆酒場を後にすると、またこっそりと屋敷の自室へと戻った。



 この日より毒薬が完成するまでの間、私は慎重に日々を過ごすことになる。

 ドウェイン様とユーニスさんに会う時は、その前では一切何も口にしなかった。二人がどうやって私を殺すつもりなのかは分からないけど、可能性として一番高いのはあちらも毒殺だと思う。常に警戒は怠るべきではないわ。


 様子のおかしい私を、ドウェイン様とユーニスさんはいつも心配してくれていた。殺害計画を企てているとは思えないくらい、どちらもとても親身に。

 ……いえ、騙されてはいけない。詐欺師ほど善人のふりをすると言うし。ここまで完璧な演技をするなんて、本当に恐ろしい人達だわ。



 神経をすり減らす毎日を送る私の所に、ついに魔女から毒薬が完成したとの知らせが届く。

 この前と同じ酒場で薬と報酬を交換することになり、今回も私は自宅屋敷をこっそりと抜け出した。


 また約束の時間より大分早く酒場に到着した私は、何か食べながら待つことにした。

 多彩なメニューに目移りしながらもビーフカツなる料理を注文する。巨大な一枚フライの横に再び大量のポテトが。うーむ、また理性が(あと品性も)飛んでしまうかもしれないわね。

 ビーフカツにナイフを入れると思ったよりすんなり刃が通る。どうやら薄くスライスしたお肉を何層にも重ねているらしい。口の中でほどけるような食感に、私は食べることに夢中になった。


「……どうしてまた揚げ物の虜になっておられるのですか」


 気付けば隣の席に魔女が座っていた。

 私は口元を直しつつ床に置いた鞄を手に取る。


「報酬を持ってきましたよ。薬を見せてください」

「どうぞ、こちらです。この魔法薬は味も匂いもなく、お茶にでも数滴垂らせば飲んだ人は約十五分後に心臓が止まります」

「お、恐ろしい……。痕跡は残ったりしないのですか?」

「一切何も。毒は瓶から出して約一時間後に、体内であろうと飲み物の中であろうと自然消滅します。証拠は一切残らず、突然の心臓発作で亡くなったようにしか見えませんよ」


 私はカウンターに置かれた毒薬の小瓶を取ってまじまじと見つめた。


 ……若くても心臓の発作で不意に死んでしまう人はいる。ドウェイン様の飲み物に混入させる状況にさえ気をつければ、私が疑われる心配はないはず。

 あれこれ考えを巡らせる私の顔を見て魔女は微笑みを浮かべた。


「上手におやりください、私も危ない橋を渡っているので本当にお願いしますよ。では、報酬の確認をさせていただきます」


 私から受け取った鞄を覗いた彼女の表情が輝く。中から札束の一つを掴み上げた。


「さすが伯爵家のご令嬢! 少しふっかけて正解でした!」

「ふっかけてきていたのですか……、高いはずです」

「か、返しませんよ。私はこの金を持ってすぐに王国を出ます。あとは異国よりアリシア様のご健闘をお祈りしております。魔法薬の効能は確かですのでご心配なく! 数滴で十五分後にはころりです!」


 そう言い残すと魔女は弾むような足取りで酒場を出ていった。

 彼女を見送ったのち、私は改めて毒薬の小瓶を眺める。


 大金を使ってしまったし、もう後には引けない……。

 待って、本当にそう? 今ならまだ引き返せるんじゃない?

 いえ、駄目よ、ドウェイン様は私を殺そうとしているんだから! ……これまで私に対して向けていた眼差しも言葉も全て嘘だったなんて、絶対に許せない!

 絶対に許せない、けど……。


 カウンターの上の小瓶を凝視したまま固まっていると、先ほどまで魔女がいた隣の席に誰かが座ってきた。視線を向けると見覚えのあるちょっと目つきの鋭い綺麗なお姉さんが。


「あ、この前の、爽やかな飲み物を勧めてくださった方……」

「勧めてはいません、揚げ物で胸焼けを起こしたあなたが聞いてきたのです。またこりずに油っこい物を食べていますね」


 と彼女は私のビーフカツを見つめた後に、その横にある小瓶に気付く。


「それは何かの薬ですか?」

「は、はい! これはごく普通の風邪薬です!」

「でしたらちょうどよかったです。私、風邪気味なので少しお分けいただいてもよろしいでしょうか」


 言うが早くお姉さんは小瓶を手に取っていた。慌てて私は彼女の手ごと小瓶を両手で包みこむ。


「いいいいいけません! この薬は私の体に合わせた調合になっているので他の方には毒かもしれません!(本当に毒なんです!)」

「……ごく普通の風邪薬なのでは? しかし、今のは私が無作法でしたね、失礼しました」


 お姉さんが薬から手を離したのを見て私は胸を撫で下ろす。即座にこの危険物を懐にしまった。


 ……飲めば十五分後に心臓が止まる毒薬だなんてとても言えないわ。これを飲むのはドウェイン様ただ一人だけ。……そう、ドウェイン様だけ。

 私の心の中には再びさっきと同様の迷いが生じていた。

 黙りこんでしまった私に対し、お姉さんは席から立ち上がりながら。


「何か悩み事があるなら、その原因になっている人に直接尋ねるのも一つの手ですよ。もしかしたら、大変な思い違いをしているかもしれませんので」

「え……、それって?」


 私の問いには答えず、よく分からない言葉を残して彼女は行ってしまった。


 ……あれ? あの人、何も注文しなかったわね。

 首を傾げつつ、私は切り分けたビーフカツを口に運ぶ。そのまま食事を続け、今回もポテトまで完食。胸焼けを柑橘果実のジュースで癒してから私も酒場を出た。


 心に引っかかることはあるものの、とりあえず計画を練りはじめることに。

 定期的に開催される夜会の場で、ドウェイン様のお茶に毒薬を混入させる。大勢の人が一堂に会し、軽食や飲み物も様々用意されるので、毒殺を疑われても特定は困難。しかも、魔法の毒薬なので証拠は一切残らない。仮に私が疑われても立証は不可能な完全犯罪よ。結局、ドウェイン様の死は不幸な突然発作として処理されるはず。


 こうして計画を立て、私は次の夜会までに実行に移すか考えることにした。

 しかし、いくら考えても答は出ず。そうこうしている間に夜会の日が訪れる。


 ……今日を逃したら、この次の夜会まで私が生きている保証はどこにもない。もう、やるしかないのだろうか……。


 決断できないまま、小物入れに毒薬の小瓶を忍ばせて私は自宅屋敷を出発した。

 そして、夜会に到着した私は決断できないまま、ドウェイン様に持っていくお茶に毒薬を垂らしていた。


 無意識に計画を実行してしまっている! 死にたくない本能で体が勝手に!


 ちなみに、お茶にはそれぞれ好みがあって、これは私は苦手にしているもののドウェイン様は好きなハーブティー。自分の分と二つのお茶を並べておいても、彼は間違いなくこちらを取る。


「アリシア、俺のためにお茶を入れてくれたのか?」


 振り返るとそこにドウェイン様が立っていた。私は慌ててカップ二つを自分の方に引き寄せる。


「え、ええ、ですがとても熱そうですので少し冷ましてからお渡ししますね!」

「……夜会にそんな熱湯が用意されているとは思えないが。いつも冷めすぎていて美味しくないくらいだし」

「今日のは格別に熱々なのです! いいから少々お待ちを!」


 むきになる私を見てドウェイン様は微笑みを湛える。


「今日は元気そうでよかった、近頃のアリシアはずっと様子がおかしかったから」

「……それほど変でしたか?」

「ああ、アリシアは大抵少し変だが、最近は特に変だった」

「……そうですか」


 恥ずかしさで頬を火照らせる私に、彼は一層の笑顔を向けてくる。


 この人が私を殺そうとしているなんて、……本当に信じられないわ。

 ……そうか、私が迷っている理由が分かった。

 私はまだ、ドウェイン様を愛しているのだわ……。

 自分の命を狙っている人なのに変わらずに好きだなんて、私はどこまでおめでたいのかしら。だけど、気持ちを自覚してしまった以上、もう彼を殺すことなんてできない……。


 ……毒殺計画は中止にしよう。


 そもそも、よくよく考えてみれば、私も対抗して殺害計画を立てる必要はなかった。ちょっと憎悪に取り憑かれて正常な判断ができなくなっていたわね。

 この場でお別れを告げて私の方から距離を取れば、あちらも殺害計画を実行する理由はなくなるはず。ドウェイン様、ユーニスさんとお幸せに……。


 と私はため息をつきながら手元のお茶を一口。


 本当に、冷めすぎていて美味しくないわ。私の苦手なハーブティーだし。

 …………、……ん?


 ど! 毒薬入りの方を飲んでしまった!


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