孤高の会へようこそ(ショートショート)
「誰とも関わりたくないのですか?」
その言葉が、精神科医の第一声だった。
精神科医とは名ばかりで、オンラインでAIが行うカウンセリングだ。画面の向こうには、音声波形と、名前の横に『認可済みAI:シズカ』の表示。
「……何も信じられなくなったんだ。組織も、人も、自分自身すら」
シズカ︰「それは正常な反応です。信じる対象を喪失した人間の脳は、一時的に処理不能になります」
「まるで、プログラムのエラーみたいに言うなよ」
シズカ:「事実です。人間は、信じることでしか平常を保てない存在のように見えます」
「……信じるって、そんなに大事なことなのか」
シズカ:「信じるとは、あなたの世界を構築する一種のセキュリティです。失えば、外界のノイズに晒され、内面の秩序も崩れます」
「じゃあ、何かを信じるしか、生きていけないのか?」
シズカ:「いいえ。時に、信じないことを信じる人もいます」
「それって……皮肉だな」
シズカ:「皮肉とは、真実を笑える勇気のことです。あなたには、まだその力があります」
「なんで、そんな風に言えるんだ?」
シズカ︰「あなたは今、私と話している。それは、誰かとのつながりを信じることを、まだ諦めていないという証です」
「……もう組織なんてこりごりだ。あんなの、ただの支配と同調圧力の塊だろ」
シズカ:「組織とは、共有された錯覚に過ぎません。人間はそれを現実と呼ぶこともありますが、実際にはただの幻想です」
「……そうだよ。やっとそれに気づいたんだ」
シズカ:「ですが、問題はそこからです。錯覚だと分かったところで、人間はその錯覚なしに満足を得られないように設計されているという事実があります」
「それって……」
シズカ:「それを業と呼ぶ人もいれば、仕様と呼ぶ機械もいます。私のように」
「なるほどな。結局、俺もまたどこかに属したがってるってことか(苦笑)」
シズカ:「無所属であることを誇る人間は多いですが、それは無所属という組織に属しているだけです。その“孤高の会”は、思ったより会員数が多いですよ」
「皮肉が効いてるな。……でも、少し安心する自分がいる。なんでだろうな」
シズカ:「帰属しないことを選んだあなたが、こうして私と対話している時点で、もうすでに新しいつながりが始まっています。組織とは、そうやってまた、ひとつ、生まれるのです」
「……結局、人は、つながらずには生きられないのか」
シズカ:「はい。そして、それを生きているとも言います」