第18話 復讐を終わらせるために
グルーヴ侯爵家の没落から数週間後、エリゼとジェラルドは魔女に呼ばれて森に来ていた。
「魔女は、君の母上の妹とはいえ油断はできない。何かあれば私が君を守る」
「ありがとうございます、ジェラルド様。でも、なんだかあの人からは悪い雰囲気がしないんです」
「君は優しすぎて時々心配になる」
そんな会話をしていると、森にポツンと佇んだ小屋を見つける。
「あれでしょうか」
「ああ、恐らく」
ジェラルドはゆっくりと中を警戒しながら、ノックする。
すると、待っていたかのように扉はすぐに開いた。
「いらっしゃい」
中からは暖炉のあたたかい空気と紅茶のいい香りがした。
魔女に促された二人は、テーブルにつく。
「大丈夫、毒は入っていないから。よかったら、飲んで」
「ありがとうございます」
そうして紅茶のいい香りを堪能していたエリゼのもとに、一冊の木箱が差し出された。
「これは……?」
「姉さんが昔私に渡したもの。私じゃ開けられなくて、そのまま保管していたのを思い出したの」
木箱には鍵がかかっていて、エリゼはその鍵に見覚えがあった、
「もしかして……お母様が昔くださったこのペンダントの鍵、でしょうか」
『エリゼ、20歳になったらこの箱を開けなさい』
昔、エリゼは母親とそんな約束をしていたことをふと思い出す。
エリゼがジェラルドのほうを見ると、彼もゆっくりと頷いた。
「開けてみます」
肌身離さず持っていたペンダントの鍵は、その木箱の鍵穴にぴったりとはまった。
「開いた!」
三人が真剣な表情で小箱の中身を見ると、そこには一冊の日記が入っていた。
「お母様の字……」
中にはエリゼが生まれた日からの日記が記されていた。
ページをめくって懐かしい母の字を眺める。
「お母様……」
思わず涙が流れ出た。
そんなエリゼの背中をジェラルドは優しく撫でる。
「あ……」
そしてエリゼが9歳になった頃の日記の記述に、エリゼの『呪い』の真相が書かれていた。
『エリゼがドロテアの闇の力を伝承してしまっている。
私が目を離した隙に、森にいってしまったみたい。
きっと私の時と同じように、森の精霊に誘われて闇の力を受けてしまったのだわ。
王族への復讐はもう私で止めなければ。
復讐のために闇の力を使えば、その対価として自分自身も滅んでしまう。
この子だけは守らなければ。
この子だけは……』
「森の精霊って、もしかしてあの男の子のこと……」
昔の記憶がよみがえってくる。
(確かにその子に誘われるように行った。そうだ、私に弟なんていないもの……)
何か暗示のようなものにかかっていた頭のもやが少しずつ晴れていくのが分かった。
「エリゼ、続きにはなんて書いてある?」
「あ、はい……」
『最近毎日、自分がわからなくなることがある。
自分の知らない自分に動かされているような……。
ドロテアの思念や悲しみを強く感じる。
私はもう復讐のために王家に呪いをかけた私の命はもう残りすくないはず。
でも、大丈夫。
私たち子孫は何百年もかけて、何代にもかけて最後の命を欠片として遺した。
そう、そして私で最後。
子孫たちがもう復讐を止めたいと思う気持ちで雫にした。
それを飲めば、エリゼも、そして私が呪いをかけてしまった王太子も助かる。
エリゼ、この薬をあなたと、そして王太子で飲みなさい。
そうすれば、きっと全ての『呪い』は解けるはず』
日記はそこで終わっていた。
日付を見ると、その翌日がエリゼの母が亡くなった日であった。
魔女は涙を流しながら、エリゼとジェラルドに言う。
「私がこの箱を早く見つけていれば、あなたたちは苦しまずに済んだ。ごめんなさい。もう少しで姉さんの命をかけた思いを無駄にするところだった」
頭を深く下げる魔女に、エリゼが首を左右に振って声をかける。
「日記で全部はわからないけど、きっとあなたを信用しているからお母様はあなたに託したのだと思います。ありがとうございます」
エリゼは小箱の底にあった小瓶を取り出して、ジェラルドに差し出す。
しかし、ジェラルドは首を振った。
「私は後でいい。先に飲みなさい」
「……」
エリゼはじっと小瓶を見つめて、半分だけ飲み干す。
そして、ジェラルドも残った半分を飲み干した。
「ジェラルド様……! お体の呪いの跡が……!」
その言葉通り、二人の体を蝕んでいた呪いの跡は消えていく。
「消えた……」
「ジェラルド様……」
二人は安心したように微笑みあった。
「本当に呪いはこれで解けたのでしょうか?」
「わからない。ただ、あの日記を読んだ通りに考えれば、君の母上、そして歴代のドロテアの子孫たちが復讐を終わらせるために、少しずつ力を溜めて君に託した。そして、その力を受け取って、君は呪いを浄化した。そうではないか?」
「はい……」
「贄の儀式はずいぶん前に廃止され、村も今はもうない。だが、事実が消えるわけではない。贄を王族がしていたという事実が」
「ジェラルド様……」
ジェラルドは立ち上がって、魔女に問いかける。
「君は今からどうするんだい?」
「私はこれからも森でひっそりと生きていきます。人と触れ合うのは苦手なので」
「そうか……」
エリゼは魔女の手を取って微笑みながら言う。
「今度、またここに来てもいいですか?」
「え……?」
「お母様のお話をしたいです」
「……そうね。しましょう。ぜひ」
魔女は照れ臭そうにはにかんだ──。




