サイドB-39 補修代はいりません
「なんなのよ、あのドワーフは?」
開口一番カエデは、マルティに怒鳴りこんだ。
「なんだよ藪からぼうに」
「なんだよ、じゃないわよ、なによあの化け物じみた修復速度は」
「ああ、やっぱり早く感じたよね」
「かんじた、じゃなくて早いのよ」
カエデはミヤビに補助されているドワーフについて行ったのだ。
ドワーフはネームドのサブ・キャラで、名前をサロモンというエルダー・ドワーフだ。
ランクはSSRで、他のサブキャラと同様生産職ではあるが、そこそこのレベル3000を持っていて、この世界では敵は少ない。
特性はドワーフらしく鍛冶・建築に特化しており、ホクトグループの剣や防具、建築物についてはほぼ彼に任せている。
ほぼ、というのは、じつはもっと強力なスキルとパワーをもったURのエイシェント・ドワーフのサブキャラがいるかだ。
もちろんこのキャラも鍛冶等のスキル持ちだが、ちょっと考えがあって北斗はまだ利用していなかった。
サロモンは製造には特化しているが固有スキルが変わっていて、『創造の鏝使い』と『製造ワーム使い』という普通のドワーフがもつ鍛冶スキルのほかに、他では聞いたことのないスキルの持ち主である。
『創造の鏝使い』は、文字通り鏝を使ったスキルで、特定の物質を瞬時に別の物質に変更したり、混入させたり、継ぎ足したりを広範囲でできる技だ。
範囲は比較的広く10メートル程度。
ただし目視できる範囲に限り、入れ替えや混入、補修する場合にはその部材があることが前提となる。
今回はこのスキルを使って、壁の補修や構成の変更、材質自体の変更も行っている。
マルティからの要望を満たすには、いまの壁の材質では強度と粘度が足りないので、ハイブリッドな素材で完全に入れ替えている。
スキルによる入れ替えなので、1面の入れ替えはだいたい3分で完了する。
入れ替えは一瞬で、残りの時間は材料をストレージからだして、交換した材料をストレージにしまう為の時間だ。
材質は変わっても、面積等が増えるわけではないし色を劇的に変更させていないため、見た目はすんごくきれいになった程度たが、それでも見ているものにとってはそれが一瞬で行われるために、サロモンの一振りで壁が新品になるのは驚愕するだろう。
屋敷の外側はサロモンが視野に入れられる範囲で区くぎると、中庭も含めてだいたい40面にわけられ、移動時間もいれると2時間で外側は終わったことになる。
もうひとつのスキル『製造ワーム使い』は、ナノレベルの本体をもつくワーム系ゴーレムを操作・増殖できるスキルだ。
このワーム・ゴーレムは、サロモンの設計図指示のもと、群体として物質の修復や洗浄、くみ上げが可能となっている。
ワーム・ゴーレムは直径5~1000マイクロメートルのサイズで、材料があれば自身を分裂させる事で増殖が可能である。
サロモンのスキルシートに、ワーム・ゴーレムが何体いるかが表示されとているのだが、10京を越えたあたりでホクトは見るのを辞めてしまった。
これだけは指示しなくてもサロモンのキャラが材料を補充しては勝手に増殖させているので、チェックしてもしょうがないと考えたためだ。
それに一つ一つが電子顕微鏡で見るレベルのため、これだけ数がいても群体を作って一体化した場合でもクラウドを越えるサイズになるかならないかなのだ。
つまり目立たないので、ホクトとしてもあまり気にならない。
活動範囲もサロモン本体から半径15メートルしかないため、壁伝いの偵察程度には使えるが、クラウドのような遠方の索敵ができない点も大きな違いだ。
今回の屋敷修復では室内の壁や古びたカーテンの修復を行ったり、汚れ落としを担当している。
これは見た目には少しぐろくて、黒いうごめく塊がサロモンの指示のもと、部屋中にざあっと広がっていく。
黒い線が壁や床、カーテンや窓に波のように広がっていくのだ。
そしてその波が通り過ぎたあとは、すべてが新品同様、もしくはそれ以上の品質に変わっている。
「くすんでた壁や天井、カーテンが今取り替えましたとばかりになってるし、じゅうたんなんか、ふかふかで足が沈むのよ!」
カエデが興奮して語った。
ワーム・ゴーレムは他にも運搬手段としてつかえ、今回はサロモンを天井まで運ぶ役割も担った。
その様子はさながら黒い雲に乗っているようで、壁を伝って上がるスピードも比較的高かった。
カエデは興奮のあまり、それらが終わった工程でマルティとツバキのところに帰ってきており、当のサロモンは最後の外壁の修復にあたっているようだった。
ツバキはツバキでマルティの御業に興奮して、姉をいさめるどころか、氷室がどうなっているかしゃべりたくてうずうずしている。
みんな揃ってちゃんと説明するからと、マルティに口止めされているので、我慢している。
「こちっも終わったんで、全体としては外壁が終われば完了かな。ツバキ、悪いんだけど氷室の説明したいんで、使用人さんたちとホムンクルス三人を呼んできてくれるかな」
「わかりました」
30分後、ツバキは指定された全員を氷室前に集めていた。
ウッド・ゴーレム10体は、聞いても仕方ないので建物の警備に分担してあたっている。
集められたひとたちは、カエデ同様興奮していた。
「マルティさん、いったいどういうことなんですか?こんなに短時間で屋敷中ピッカピカです。建物どころかカーテンや絨毯、ソファーや家具まで新品同様です」
マロンがもうしゃべらずにはいられないとばかり、マルティに問いただす。
アカーシャとゲオルクも内心同じ気持ちなのだろうが、しゃべるのはマロン任せだった。
「それどころか家具の中、洋服やお皿の類まで同じように新品同様です。一体全体どういうマジックなのですか?」
マルティは、いや魔法はこの世界の十八番でしょ、と突っ込みたくなったが、それはおさえて冷静に話す。
「いや、これは僕の仲間のサロモンが優秀なだけで、僕自身の手柄じゃないんで」
「そうはいっても連れてきていただいたのには、違いありません。いったいお礼はいかほどに用意すればよいのやら...」
これについては、マロンも困っていた。
そもそもリーダーである執事のベルルートがいないのだ。
このような範囲での高度な対応をするとも思っていなかったため、費用がいくら請求されるかとびびりまくっていた。
くわえて、ここまで修復されてしまっては、事前に修復の全容を確認しなかったことも、費用も事前に打ち合わせていなかったことも後々おこられるのではと心配になってきていた。
「いや、いらないですよ。費用なんて。想定もしてなかったし」
マロンの心配をよそに、マルティはあっけらかんといった。
「はっ、いまなんと」
「今回の費用はいらないといいました。僕の方が僕の都合でお願いしたので、今回の費用は材料費を含めて全く払う必要はありません」
「いやいや、さすがにそれは無理でしょ」
黙って聞いていたカエデではあったが、いくら何でもという気がしている。
「たしかにきっかけはあんたらは数か月もまってらんないという事だったかもしれない。だけどこれがタダなんて、どう考えてもおかしい。同じパーティだとしても、そこら辺はけじめをつけるべきではない?」
マルティは先日メイドたちの費用を要求された時と同じように、困った顔をした。
「でもなー、こっちから提案したことだし。以前から自分以外にもサービスをしてみたかったのもあるし。今回のことは渡りに船的だったんだけど...」
本当に困ったような顔をして考えている。
そうこうするうちに、壁の修復が終わったサロモンとミヤビが戻ってきた。
「修復終わったにゃ。どこもかしこもぴかぴかにゃ」
とどめのようなセリフに、マルティは苦笑いだ。
「どうしたにゃ?」
「いや、マルティさんが修復費用をいらないなんていうんで、私たち困っているんですよ」
ツバキがフォローするように説明した。
ツバキはやれやれといった顔で、サーフライト家一同をみた。
「こんないい方は気に障るかもしれにやいけど、マルティからしたらこの家は実験場にゃ。家屋修復という機会を自分の趣味に充てただけにゃ」
「実験場?」
「そう実験場。マルティには家屋を短期間で修復する技術がもともとあるにゃが、それを表立って公表するわけにはいかなかったにゃ。だからやりたくてもやる機会がなかった。そこに修復しなければならない事情がある身内がたまたま現れたにゃ」
たしかにそれが本当なら、お金を取るどころかいちいち説明して許可をとってからおこなわなければならない。
「たぶんだけど、この家にはいままでマルティ自身も使ったことがない技術が詰め込まれてるにゃ。マルティが使いたくても使う機会がなかった技術が。そうだにゃ」
ミヤビの言葉にマルティは無言で返す。
その目をみれば、ミヤビの言っていることは真実から遠からずといったところだった。
「ふたりはダンジョンでマルティの性格を少しは理解ているはずにゃ。この男のこういう事に対する興味や探求心は、変態的にゃ」
フォローするはずが、とどめを刺したミヤビであった。




