サイドB-32 売るものはなに?
「改めましてマルティといいます。一応このゴーレムと馬車の持ち主です。そして僕のパティーは猫人のミヤビと、あちらの姉妹のカエデとツバキになります」
マルティは持ち主宣言の前に一応とつけてしまった自分のミスを、「ホクトもマルティもおんなじだしな」と自分の中で消化する。
行商の商人たちから自分たちの名前は聞いている可能性もあったが、改めて言うことで相手に名乗らせるつもりでいった。
それは見事にはまった。
「そういえば自己紹介まだでしたね。僕はカロンであちらが僕の双子の姉でネネといいます。そしてそのとなりのいかつい戦士はルーバートといいます」
カロンはあえて自分たちの苗字をいわなかったことを、マルティは感じ取った。
「双子ですか?雰囲気はにてますが、お顔が双子というには全然違いますね」
「ええ、よく言われます。国の医師によると二卵性双生児ということらしいです。普通の双子にあるような共感とか意思疎通みたいなことは全くできません」
ホクトはここでも内心ピクリとする。
「二卵性双生児」なんて言葉は、:現実の医学用語で、中学校レベルでも生命のでき方を知っていないと出てくる言葉ではない。
この世界でそのような知識が一般的でなければ、北斗の予想通り現実の人間が絡んでいる、もしくは絡んでいたに違いない。
「ルーバートさんはお二人の護衛ですか?ずいぶん強そうですよね」
「ええ、僕たちの家の騒動解決に、ありがたいことに協力してくれている方です。私たちの両親がお願いをしてついてきてもらっています」
カロンは屈託なくいう。
マルティは、警戒されていなさそうとふんで、さらに突っ込んでいく。
「なんでも売りたいものがあったのに、買い手がいなかったときいてます。差し支えなければ何を売りたかったか、お聞きしてもいいですか」
「ああ、それはですね...」
「カロン、そこまでよ」
少し離れたところから、少女の制止する声が響いた。
カロンの双子の姉、ネネだった。
少女といっても、見た目からすでに20歳前後と思われ、この世界では成人だ。
少し離れて様子を聞いていたらしい少女は、口をはさんだだけでなく、マルティとカロンのところまで寄ってきてマルティに向き直った。
「改めまして、ネネといいます。今回は無償で相乗りさせていただいた上に、おいしくなじみのある夕餉をいただき感謝しております」
と、丁寧に頭を下げた。
「ただ、今のお話ですが、私たちが売ろうとしているものは特殊で、かつあまり情報を広く開示したくないものです。加えて言いますと私たち家族は、弟のいったとおりある問題を抱えており、それに深く関与する事項でもあります。本日いただいたご厚意にそむくようで申し訳ないのですが、ありていに申し上げますと、本日あったばかりのあなたたちをまだよく知らないということだけです。ゆえにこれ以上詳細は申し上げられません。ご了承ください」
声音は普通だったが、内容ははっきりとした拒絶だった。
「なるほど、たしかに今日あったばかりの人に、まだ買い手のない物の詳細はいいたくないですよね。まあ、秘密があると知りたいと思う気持ちはないことはないですけど、あなたの気分を害するようなことは僕もしたくないです。だからもう聞きません」
「正直ですね」
ネネがほほ笑む。
「好奇心だけで、冒険者してるようなもんなんで」
背後で聞いていたカエデとツバキから、それだけじゃないだろう、と突っ込みが飛んできそうだったが、北斗の一番の原動力は知らないことを知り尽くしたいという探求心からという、その点だけは間違いなかった。
「では、ご厚意とその好奇心に免じてひとつだけ。私たちが売りたいものは物ではないです。そしてほしいものは正確に言えばお金ではないです」
「物ではない?お金でもない?なんかなぞなぞみたいですね」
その言葉に、ネネは答えずほほ笑むのみだった。
ただ後日、カロンとネネはこのときマルティにすべてを話しておくべきだったと、あちこちまわったあとで後悔することになる。
★★★
食事のあと、そのまま一泊するかと思っていた一同、ミヤビをのぞいてはマルティが出発する旨を告げると困惑した。
寝ずの強行軍ということなのか?
「まさか。掛け布団を用意しているので、みなさんは席で寝ていてください。そりゃ横になるよりは席でねるのは窮屈だけど、地面に横になるよりはうちの馬車の座り心地はいいとおもいますよ。スピードも若干落とすので、揺れもひどいものはないと思うし」
たしかにこの馬車で、ひざ掛け程度の毛布が用意されていれば、それもありだと一同は納得した。
「まさか、あんたも寝るつもりじゃないでしょうね」
カエデがマルティに突っ込む。
ダンジョンのことがあったので、今回もゴーレム・クラウドに任せっきりになるのではと思った。
「それはないよ。できないことではないけど、僕が御したほうが馬車も安定するし、なにより僕は馬車を操舵することが楽しいしね」
これは北斗の嘘偽りない言葉である。
現実世界では馬車を操舵する経験など、専門の職につかなければならず、そんな機会はおそらく一生訪れない。
クラウドという馬車を弾く動物が馬ではなくゴーレムにしても、馬車を操舵するのは楽しかった。
現実世界で北斗は、ゲームで家にこもるのと同じくらい、自動車の運転も好きだった。
プログラマーという職業柄住む場所を選ばないのもあるが、実家のある都心から100キロ程度はなれた地方都市に就職したのも、車通勤ができたり、ドライブに適した山があって週末は運転が楽しめるというのが大きかったとは、親や姉にはいっていない。
なんとなく北斗の趣向を熟知している、中の姉の香澄にはばれていたような気もするが。
「でも寝ないで大丈夫なんですか?」
ツバキが別の視線で心配してくれる。
「それは全く問題ない。僕の体力は君たちも知っているでしょ?」
なんなら一週間貫徹でも平気だとはいわなかった。
さすがに常人離れしすぎている情報は、姉妹以外にはばらしたくない。
それからの旅程はつつがなく進んだ。
数時間に一回入れる休憩とをのぞいて、マルティはひたすらふつうの馬でひく馬車の全力疾走の2倍程度で走り続けた。
食事も朝と昼にちゃんとふるまい、一同はそのたびに舌鼓をうった。
献立は朝がゴマ油のふうみ漂うわかめご飯にハムエッグとコーンコロッケ、果汁100%のオレンジジュースで、昼はブラッディーホーンブルとオーク肉のあいびきハンバーグに、トマトとレタスとサウザンソースをからめた、ハンバーガーにブドウジュースだった。
卵は最近ホクトたちが流通を初めてはいるものの、まだまだ希少品らしく、貴重なものを供してよいのかと子供を連れた母親に心配された。
子供はコーンコロッケがいたく気に入ったらしく、お替りして3つも食べた。
カエデとツバキの姉妹は馴れては来ているものの、マルティ=ホクトがすこしずつ趣向を変えて食事を提供しているので、飽きが来ないどころか毎回楽しみにしたり、リピート要求をしはじめており、今回もコーンコロッケという初見のおかずに、歓喜していた。
そして、その日昼過ぎ、夕刻前には首都イリスの外門に予告通り2日でたどり着いてしまった。
「うそみたい、本当に二日でついちゃったよ」
「うん、何のトラブルもなくね」
姉妹は門を通過する際に、しみじみとつぶやく。
商人たちはこれが初めてではないのか、早く着いたこと自体にはそれほど驚いていなかったが、無事に早くつけるということ自体には深く感謝していた。
「マルティさん、お世話になりました。こちらの問題が解決したら、何かお礼をさせてください」
と、カロンとネネ姉弟は別れ際、丁寧にマルティにお礼をいった。
「売りたいものの相談は、あの人たちの商会に?」
「ええ、大きい商会ときいていて、こちらにも支店長として副総裁がいらっしゃるらしいので、そちらに相談してみようと思います」
(うちの商会のね)
マルティは心の中でつぶやく。
彼らが相談しようとしている商会は、ホクトがワールドスキル『多重自我憑依』で憑依しているサブキャラが総帥、商会長をしている。
この都市には副総裁で、ホクトのサブキャラでないこの世界の住人が支店長として取り仕切っている。
ちなみに商会の本拠地は、ファーラーンである。
ホクトは支店長にあとで話を聞きに行けばよいかと、ひとりごちた。
商人に連れられて、カロン一行がさると、マルティたちはパーティメンバーと母子で宿屋に向かった。
首都イオスは、城壁が3重になっている城塞都市で、各外壁に門が存在する。
それぞれ夜間は閉門され、マルティたちが外壁門を越えたところで閉門となってしまったので、カエデ・ツバキ姉妹の自宅がある一番内側にははいれず、外壁エリアにとまろうということになった。
それは第2壁門内に実家のある母子も同じ理由で、とくに宿屋は決めていないということだったので、マルティが誘った次第だ。
「さて、あすはいよいよ君たちの実家だね」
ついてくる気満々のマルティたちに、姉妹はやや複雑なあきれた顔を向けるだけだった。




