サイドA-41 カスミの訓練
ミヤビに真っ二つにされたイノシシの魔物、イビルボアは血しぶきをまき散らし横たわっていたが、徐々に収束すると牙と肉の塊と毛皮に化け、地面に広がったはずの血しぶきも跡形もなくなった。
それらはミヤビか近づくと、突現消失した。
ストレージに格納したのだった。
「なんか、ゲームでは不思議に思わなかったけど、現実に死骸が肉とかに変化するのって常識外よね」
カスミがほのぼのとつぶやく。
どうもイビルボアの質量感と威圧感の余波があるのか、ボーと立ち尽くしていた。
「そうだろ、最初は不思議だし何でと思わないでもなかったけど、いまではもう当たり前になっちゃったよ。カスミ姉もそのうちそうなるよ」
「そんなもんかしら?」
「そんなもんだよ」
いまいちその姿が想像できないカスミではあったが、これはこの世界では現実だと受け入れた。
「それにしてもあんたもミヤビちゃんもすごいわね。もう歴戦の冒険者じゃない...ていうか話の途中だったんだけど、なんでダンジョンがスタートなのよ。ちょっとはこっちの世界の町とかを見てみたかったわ」
文句をいうカスミに、ホクトは厳かに答える。
「えーと、やっぱり二つ理由があって、それは了承してほしいというか、おねがいがあるんだけど」
「なによ」
「まずひとつめね。ここのダンジョン、ファーラーン・ダンジョンといって、ファーラーン村、いまじゃ町くらいになっているんだけど、そのそばにあるダンジョン。ここは僕の多重自我がとりついたサブ・キャラがダンジョンマスターとして管理しているんだけど、その過程で改造した第19層は他の冒険者たちの足止めの最終ラインになるように作られている」
「足止め?足止めってどういうことよ」
「このダンジョン、第80層まであるんだけど第79層にはどの冒険者パーティも到達して欲しくないんだ。僕の趣味と実益をばらまいて作った層なんで。だからそれ以上行きにくい層として、この第19層をそれ用にカスタマイズしているんだよ」
ホクトの話は要約すると、すべての冒険者パーティには第1層~第18層でそこそこ稼げて、第19層ではそれ以上進まなくても元は取れるように作り変えたということだった。
それ以上進んでもあまりおいしみがなく、冒険者たちがもういいかと思わせる決定的な獲得アイテムを第19層に配置したというのだ。
「先に進まなくても満足できる層、それが最終ストッパーである第19層というわけ。この層は行き止まりの多い迷路のような地形にちょっと進むと手に入る高額アイテムのあるオアシス兼安全地帯、それ以上進もうとすると強力な魔物がわんさかと出てきてそれ以上の行軍の気持ちをくじかせるように作られているのさ」
自慢げに話すホクトに、カスミは現実と感じさせるこの世界においても、弟がやりたいようにやっている、相変わらずさを感じた。
「でも同時にこの層は、僕たちのちょうどよい狩場でもあるんだ。このホクトキャラはだいぶレベルが上がって、そうでもないけど普通のレベルのものには効率よくレベルがあげられるような魔物を多数配置しているし、何よりそれらは討伐するとレベルだけではなくて、欲しい素材も取れるような魔物ばかりを多数配置してるんだ」
「ふーん、で経験のない私のこのキャラに馴れるための訓練場所にもうってつけ、てわけね。自分で配置したんなら、だいたいどんな魔物がどこら辺に分布しているとかもわかるだろうし。でもそれだともっと小さな魔物のいるところからでもよかったんじゃない?」
カスミとして最弱魔物に代表されるホーンラビットとかゴブリンとかのほうが、心理的には軽いような気がした。
「いや、それだとグロイよ。素材にそのまんま変化してくんないし。けっこう精神的に来るよ。ここなら魔物はすぐ素材に化けるし、魔物のレベル的にもカスミ姉のそのキャラに対して、弱すぎずいい経験がつめると思うし」
カスミはなんとなくではあるが、ホクトの言いたいことは分かった。だが...
「で、もう一つの理由は?」
ホクトはなぜか気まずそうに話始める。
「最初に謝っとくけど、カスミ姉にはこの国の町での人との交流をあきらめてもらう」
「はあ、なにそれ?」
何のためリスク覚悟でこの異世界紀行を決心したのか、分からなくなる発現だった。
「理由は簡単だよ。そのサブキャラが目立ちすぎるからだ」
「どうゆうことよ」
ホクトは最初、自身たちのチート能力に酔いしれて、余裕こいてその能力を開示していた。
ただそれはいろいろな軋轢をうんだり、ややこしく面倒なことにも巻き込まれることがわかってきた。
「いまはまだ、こんな世界の中心から外れた国のさらに辺境ということで、知れ渡っている範囲は少ないんだけど、それでも面倒ごとが何回かおこってるんだ。ダンジョン制覇のやっかみとか、冒険者レベルの異常なまでの昇進とか、ここら辺では珍しい猫人のミヤビをパーティにしているとか...。だからこの頃はなるべく目立たないようにしようとしているんだ」
それはカスミにもわかる。
ゲームの中でならレベルがどんどん上がったり、勇者並みの冒険をしても称賛こそされ、やっかみはされない。
自分のパーティに配置しているキャラクターを奪おうとする者もいない。
夢かどうかもわからないが、この世界はこちらの人たちにとっては現実で、だからチートは目立つに決まっている。
「そこにさ、この世界でも珍しい種族、ハイ・エルフなんてのが僕たちのパーティに加わったなんてなれば、ますます有名になってしまうよ。しかもレベル12000とか、魔王クラスだし。下手したら軍隊をもって征伐せねば、なんて輩が出てこないとも限らないし...」
「ふーん、ハイ・エルフてめずらしいんだ。で、あたしを人が来なさそうなダンジョンの中で顕現させたってわけね」
しょうがない理由といえた。
ただ、カスミとしてもこちらで楽しめればよいわけで、弟の配慮も理解できた。
「まあ、たのしく遊べるんなら、そこら辺はしょうがないか。それにこっちに来てまで人間関係でこまったり悩む必要もないからね」
ホクトは納得してくれた姉に、ほっと胸をなでおろす。
まだ若干の不安はあったが。
現実に帰れること前提に思っている姉が、実際は帰れなくなる可能性もまだあり、その場合はどうなるかという恐怖。
ホクトの持っているどんなサブ・キャラよりも強いカスミが、やけになって独断専行はじめたら、誰にも抑えられないその事実を。
★★★
それからは、カスミのスペック確認大会となった。
そこはゲーマらしく、魔法を現実で行使することには大感動していた。
ストレージも実際に自分で格納や引き出しをすることで、ずらしいスキルだと大絶賛していた。
「このストレージスキル、あんたが現実にほしい能力といっていたのはわかるわ。手荷物いらずどころか、倉庫持ち歩いてるに等しい上に食材の永久冷蔵庫だもんね」
剣技に関しての確認は、相手が必要だったのでまずは『気配察知(極)』で周囲を確認する能力を使ってもらいつつ、イビルボアを発見してもらい、単独で討伐してもらう。
得物は腰に元からぶら下がっていた長剣で、こちらもアダマンタイトでできた業物で魔剣であった。
先ほどとはことなり、『神速』も活用するようにしたので、イビルボアは事実上の動かぬ置物とカスミにはなり、剣術のスキルも発動して血の一滴もたらすことなく、上下に分断できた。
または風魔法の『風刃』を発動させて、ブラッディーホーンブルを数頭まとめて分断させ、即死させるなどもした。
ダンジョンとはいえ、生物を殺傷することにまだまだビビっている様子で、動作にぎこちなさはあるが、初日としてはまあまあの狩りであった。
「それよりもさ、ふたつ気になってる固有スキルがあるんだけど、『魔力貯蔵庫』てどんな感じ?」
ホクトが興味深げに聞く。『心眼』で能力の詳細までわかっていても、実際の挙動までは見てみないとわからない。
「ああこれね。このキャラ時間当たりの魔力回復量が1000万越えてるんだけど、あふれたやつがどんどんそこに溜まっているみたいだよ」
カスミがいうには、回復した余剰魔力のすべてではないらしいが意識せず自動的に蓄積されているらしく、すでにその専用ストレージ一つ分は埋まってしまっているようなのだ。
ちなみにストレージひとつには10,000,000マジックポイントがはいるらしい。
「この短時間で?10,000,000MP?で、ストレージ数の上限は?」
「それは書いていないわね。無限かしら?」
とんでもないことをさらりと言った。
「しかもね、このストレージに入った魔力。取り出して『魔力塊操作』の対象にしたり、誰かにMPとして付与もできるみたいよ。ほらこんな感じに」
カスミは手をかざすと、そこには明滅する光の珠が浮かんでいた。
それは形を常に変動させながら浮かんでいる。
ホクトが聞きたいもうひとつの能力が、その『魔力塊操作』だった。
「『魔力塊操作』で、魔力をこんな感じに圧縮したり特性を変えたりして自在に操作できるみたい。...よっと」
投げる風なゼスチャーをすると、その球は近くの木の幹の手前で停止する。
「ブレイク!」
ホクトとミヤビはその瞬間、突発的に発生した爆風に飛ばされそうになる。
瞬時に構えて足を突っ張たおかげで、押し飛ばされるのは免れたが、それでも舞い上がる土埃とくだけ散って四散した木の幹が、頭上に舞い降りた。
「ちょっと、急になんなのにゃ」
ミヤビがめずらしく、抗議の声を上げた。
「いやごめん、魔力量10万程度を圧縮してさ、爆散させるイメージで飛ばしたんだけど、なんか威力すごいことになってるね」
「10万とか、意味不明だわさ」
憤慨するミヤビに平謝りするカスミを、やれやれと思うホクトであった。




