サイドA-39 香澄の決心と北斗のまよい
神無月香澄は、神無月家の次女にして北斗の姉である。
北斗とは2歳年齢差の姉弟である。
趣味は、ライトノベルやファンタジー系の本を読むこと、オープンワールドゲームをすることなどのインドアに加えて、たまに普通二輪バイクを運転することだった。
仕事は小規模のIT系ソフト会社に勤めていて、入りたての頃はプログラマー一色であったが、経験を重ねるうちにマネージャーとしての頭角を表し、いまではプロジェクトマネージャー件プログラムリーダーという二足の草鞋をはいている。
香澄の請け負うIT系の開発は、短納期のわりに予算が大きな仕事がおおく、プロパーの社員やデザイナーだけでは足りず外注や派遣を含めて20~30名の管理をしなくてはいけないことが多い。
なのでプログラムリーダーといっても、実質はマネージャー業務が多く、優秀なサブリーダーたちに任せることが常態化しているのだが、香澄はそれはそれでやりがいがあると感じている反面、プログラマーとしての矜持もあってなかなか切り分けられていない。
自分が二人いればいいのにと何度も思ってしまう。
忙しい日々を過ごす香澄だが、年に一家恒例の行事があった。
姉の綾子と一緒に、弟が住む地方都市での花火大会を見物しに行くことであった。
綾子とは5歳離れていて、微妙に世代も違うせいか姉妹なかは悪くはなかった。
感覚で生きている綾子に対して、理性でいきている香澄は正反対なのもあって、気は合わないもののそれだけで重要職務を大量の部下を使ってこなしている姉には一目置いていた。
大手流通会社に勤める綾子も香澄同様多忙でめったに顔を合わせることはないのだが、夏のこの花火大会だけは姉弟三人の顔合わせとでもいうように、必ず集まっていた。
花火大会自体は綾子と香澄だけで参加して、弟の北斗はこないのだが、そのまま北斗の自宅にもどって弟の用意した酒の肴で夜通し宴会というのがお決まりのパターンだった。
慣例の行事みたいなその会は、今年ある異変が発生した。
『神の水』なる得体のしれない液体が入った炭酸水を、知らずに飲んだ綾子の肌が白くくすみが取れ、頭髪の毛並みや艶が回復しと端的に言うと若返ったのだった。
北斗はしまったという体で、訳の分からない与太話で姉たちを煙に巻こうとしたが、その効能に目を付けた綾子は定期的にその水を送りつけるよう弟に約束させてしまう。
綾子はその与太話、入手経緯はどうでもよく、その水を定期的に手に入れることを優先したのだった。
もちろんその与太話の中の「俺の手を離れると、効能が切れる」という必死の説得があったおかげて、その不思議な水の原液そのものを綾子に取られるという最悪の事態を逃れたのは北斗の成果ではあった。
だが香澄は姉とは気になる点が異なった。
弟はなぜあんな根も葉もない、理屈も通らない話を必死にしたのか?
そもそもなぜその水には、そんな不思議な効能があるのか?
そんな不思議な水が発明されたのなら、どうしてその存在すら香澄は聞いたことがなかったのか?
一般的に考えて納得のいく筋書きや情報が全くないことが、香澄の心に引っかかった。
その過程である可能性に引っかかる、荒唐無稽なストーリーが香澄の中で形成されていった。
バカなと思いつつも、そのストーリーであればすべてつじつまが合ってしまうのが香澄の悩みになってしまった。
もやもやは何をしていても晴れず、自身にたいして何度も気合を入れなおすが、気が付くといつの間にかまた同じことを考えている。
これはどうやっても弟に確かめねば解消されないとあきらめた香澄は、金曜の午後少し早めに会社を退出して新幹線で約1時間30分の弟の自宅まで押し寄せた。
何かを隠したい弟はやはり渋ったものの、最後には香澄には隠し通せないとあきらめたのか、知ったら後戻りできないよという最終確認だけ取って話し出した。
内容は香澄の想像したものとは全く異なっていたが、唯一ファンタジー分野に属するという点では共通していた。
香澄は、弟がラノベなどでよくある異世界に転生してかえってきたのだと思っていたのだ。
不思議な水も「エリクサー」とまではいかないまでも、そこから持って帰ってきた持ち帰ることを許された魔法的な何かだと思っていた。
実際にはその水はランクの低い「エリクサー」であったし、弟は現在進行形で異世界に行き来しているということだった。
「何度も言うけど、行きたくて行くとかじゃなくて、寝たら強制移動させられるんだよ。そして一回でもログインしないとログアウトできないんだよ」
香澄はそのこと自体は嘘はないが、その世界自体は弟が迷惑に感じてるとは思わなかった。
「エリクサー」やあちらの世界のものが持ってこれるストレージにも興味はあったが、一番衝撃を受けたのは猫の雅が、あちらの世界のアバターに入って一緒に活動しているという事であった。
その衝撃は5感を貫くほどで、仕事柄内面をあまり表面に出さない香澄でさえ、自分が今内心動揺しているのが隠しきれているのか不安になるほどの衝撃であった。
なぜならそれは、ひとつの可能性を指し示していたからである。
(ひょっとしたら、私もその世界を体験できるかもしれない)
香澄は北斗同様ラノベが好きである。
特に最近では転生や召喚による異世界ものが流行っているが、自分も生まれ変わったら同じようなチート付き条件で、異世界生活ができないかと本気で願っている部分もあった。
それを近親である弟が転生も召喚もしないで、低リスクで実践できている話をきいてうらやましくないわけがなかった。
もちろん雅は現実世界で何も話せない猫である。
その話自体は北斗の勘違いや思い込みかもしれない。
だけど、北斗の言うサブキャラがNPCから自己意識を持つ変化の話を聞いて、まちがいなく雅はミヤビとしてあちらの世界、北斗曰く『ネオアンバー・ソメイユワールド』で活動していると確信を香澄は持った。
そして同行者の枠は、北斗のメインアバターであるホクトがLv3000を越えることで、雅をセットしているスキル『従者憑依』というらしいのだが、それがLv1からLv3になって、セットできる枠がひとつから7つまで増えているらしいのだ。
いまはその枠は雅にしか使っていないので、まだ6つ空いているのだが、北斗自身にはこれ以上同行者を増やす予定はなかったらしく、空きのままの状態であった。
厳密には雅と同じような猫人の名入りアバターがもう一つあるらしいので、もう一匹買うかどうしようか本気で悩んでいることも、北斗は姉に明かした。
香澄はそんな与太話を聞きながらも、自身がその世界に参加ことを頭の中で高速回転してシミュレートし始めていた。
北斗がそのような事態に巻き込まれている原因を探って、新たに購入したベッドがあやしいと話している最中にも半分上の空で、件のベッドに座ることでより一層自分がその世界に近づいていることを実感しつついた。
「たしか、アバターはまだ70体ぐらいあるのよね」
香澄の欲望は、その言葉でとうとう弟に展開される。
北斗は姉の欲望をすぐさま理解し、そして大反対をする。
そういう態度をとった時に、上の綾子とは異なって香澄はひいてくれることが多かった経験から、今度も了解してくれるだろうと思っていた北斗は、今回に限りかたくなに決行しようとする姉に押し切られてしまう。
姉のことを心配しているのも事実だし、本当に人間を割り当ててしまった場合にどうなるかわからず、その第一号が姉というのもいやっだったのだが、実はちょっとこうなるような予感が以前からしていたこともあり、北斗はしぶしぶ従うことにした。
以前SSR以上確定のガチャで引きあてたサブキャラの中に、ランクはSURでハイ・エルフのネームドキャラがあるのだが、これが女性で名前が「カスミ」なのだ。
ミヤビの例からも少しあるのではないかと予感はしていたのだが、それが自分のミスから現実化しようとしているので、自業自得とあきらめもついた。
眠りにつき、ぶれなくログイン画面が現れると、
「『従者憑依』が可能な生命体を検知しました。憑依実行しますか?「はい」「いいえ」」
のメッセージが表示され、北斗はやむを得ず「はい」を選択する。
「憑依させるユニットと、生命体を選択してください」
憑依先が複数表示されるかと思ったが、ミヤビの場合と同じく、SURハイ・エルフの「カスミ」一択しかなく、やはりそういう事なのだと納得した北度出会った。




