サイドA-37 綾子姉対策
「それ今月の綾姉の分?ペース早くない?」
北斗のひとつ上の姉、香澄がビンの箱詰めをしている北斗に背後から聞いた。
カスミは最近よく週末に北斗の家を訪れている。
理由は明白で、北斗と一緒に異世界活動をするためだ。
誰にも知られていなかった北斗の異世界紀行は、北斗の住んでいる地方都市での花火大会に訪れた姉に、北斗自身のミスでばれてしまった。
知られたのは異世界紀行そのものではなくて、自分用に用意していた『エリクサー(梅)』を薄めた炭酸水を、姉が間違って飲んだことで魔法の水、姉達には『神の水』として紹介したものの存在がばれてしまったのだ。
上の姉はありえない与太話を信じてくれて、定期的に供給することで話が済んだのだが、聡く弟を熟知している下の姉には通じず、説明するだけでは足りず、異世界紀行にまで参加されるというところまできてしまった。
そのためもともと忙しい姉ではあったが、生来のファンタジー好き・ゲーム好きから異世界紀行に参加するために、時間の許す限り地元から新幹線で弟のことろに週末通うことが多くなった。
その日もそうして訪れて、就寝時間までくつろいでいるところだった。
「そうだよ。劇薬だから3ヶ月に1回でいいといっているのに、毎月送らないとうるさく言ってくるから」
北斗はしぶしぶといった形で、小瓶の入った荷造りを緩衝材たっぷり詰め込んで続ける。
緩衝材の中心には、箱の20分の1にも満たない小瓶が、中央に鎮座している。
小瓶の中身は、前述の上の姉との約束であるアンチエイジング液体だ。
実体はごく普通のアルカリイオン水に北斗の異次元ストレージ内から取り出した『エリクサー(梅)』を、計量できないほどうすめた液体だ。
あちらの世界で魔法で生成したイオン水5リットルに対して、『エリクサー(梅)』を小匙にちょっとついで混ぜたものだからだいたい10万~15万倍に薄めたものだ。
そこまで薄めたものでもアンチエイジング、シミそばかすの消去や頭髪の改善、体全体のリフレッシュには十分過ぎることを実体験で北斗はしっていた。
おそらくだが、それ以上だと年齢退行までできてしまうことも、想定している。
「ほんとうにやばいんで、いつもよりさらに薄めて量も少なくして送ってるんだけどね」
「ふーん、毎月とか面倒だったら3本まとめて送るとかすれば?」
北斗がそれを聞いて嫌な顔をする。
「そんなことして、自分の使う以外に誰かに渡したりしたら、どーすんだよ。女性のアンチエイジングや美容への執着は、男の想像を1万倍越えるものなんだから。綾姉の変化を嗅ぎつけている人間は必ずいて、そこで詰め寄られておべっか付きやからに懇願されたら、あの御仁は手元に余っていたら確実に渡しちゃうよ、褒められるの大好物だから。そうなったら噂がうわさをよんで、なし崩しにこの液体のことを知る人が増えて、自動的に俺の手間も異世界のことがばれるリスクもふえちゃうよ。それだけは絶対死守しなくちゃ。だから面倒でも、綾姉が使う分だけ定期的に送る」
なるほどと、香澄は手に持ったブランデー・ロックをちびりと口に運んだ。
おつまみは、キラーサーペントのかば焼きだ。
白身がウナギに似てほろほろで、味も深くウナギに劣らない。
「でもさ、だとしたらなおさらばれるの時間の問題じゃない?それでなくても綾姉は承認願望高いんだから、自分が美貌保ててる秘訣はいわなくても、それとなく維持してる、ではなくて若返っていることはまわりに自慢してそうだもの」
北斗は手お少し止めて、確かにと考え込む。
「あのひとにこの水のことがばれた時点で、すでに広まること確定じゃない?」
香澄はとどめを刺すようにいった。
「うう、確かに...じゃあどうすればいいんだよ。いまさらなかったことにはできないよ」
懇願するように、北斗は香澄を見た。
香澄は片手でグラスをゆっくりとまわしながら、少し熟考して答えた。
「じゃあいっそのこと、噂を広めてしまえばいいんじゃない?」
「はあ?」
「秘密にしているから口伝でつたわるときに、話が大きくなるんじゃない?だとしたら最初から周知にすれば、噂はひろまらないんじゃないかしら」
「どうゆうことだよ」
香澄の言葉は北斗にとっては以外で、いいどころか悪い未来しか思い浮かばない。
「あのさ、世の中にはアンチエイジングを謳ったサプリメントが氾濫してるじゃない?ほらネットでよく見るシミが全部消えましたとか、しわが全部消えましたとか、10歳肌年齢が若返りましたとか、大手メーカーの実証実験つきのものからうさん臭い個人の感想だけのものまで載ってるよね。比較写真だって別人じゃんてのもあって、どれも信じれば救わけるみたいに「個人や環境によって効果は変わります」とか「個人の感想です」とか隅の方に小さく記述されている宣伝」
北斗もそのような広告はいくつも見たことがある。
ちょっと怪しい週刊誌を筆頭に、最近ではメジャーなHPのトップにまで公告として入っていたりする。
「ああ、ユーザーが男だとあんまし出てこないけど、見たことはあるな。それで」
「この液体もさ、あれとおんなじカテゴリーで販売すればいいんじゃない?宣伝も同じようにうさん臭くして、末尾に「体質によって効果が出ない場合があります」なんてつけてさ。そうすれば周知されて、綾姉もまわりに聞かれたら、この商品飲んでいるだよっていえるし、結果特別なものから、サプリその他大勢の一つになるじゃない」
つまり香澄の提案は、本当に効果はあるものだけど、それが普通に売っていることで使ったことある人だけ本当の効能をわかる、それ以外の人にはうさん臭い商品として認識させようという案だった。
「なるほど、そうすればいくら使った人が効果があるといっても、信じない人はまったく興味がわかないか...」
「そう、そしてそれが少し高いもので知らないメーカーのものなら、なおさらじゃない?」
香澄の提案は画期的なように思えた。
加えて、その作った商品を自動的に姉に送れるようにしておけば、北斗のひと月に一回の無駄な手作業もなくなるというわけだ。
「すごくいい案だと思うけど、実際どうやって売るんだよ。そもそもどうやって作るんだよ?飲料メーカーに売り込むのか?」
北斗の疑問はもっともだ。
普通のITプログラマーにそのような伝手はない。
仮に売り込めるとしても、そのようなうさん臭い飲料水プロデュースを取り入れてくれるだろうか?
少なくとも自分が作る側のメーカーだったら、受け付けない。
さらに、その場合は『エリクサー(梅)』自体をあいてにゆだねることになる。
そうなるとメーカー側も、自己責任の範囲でその成分を解析したりするだろう。
解析はできないと思うが、間違って原液を試飲された場合の結果について、何が起きるか北斗は考えたくもなかった。
つまり別の意味でのリスクが発生する。
「私もその業界じゃないんで知らないけどたぶんだけど、プライベートブランド対応でお金さえ出せば作ってくれる製造業者はあると思う。そして販売も、いまはやりのネットショッピングモールなら、個人経営でも販売委託できるとこあるだろうし」
「ああ、例えばアマ●ンとかか」
なんとなく形になりそうな気がしてきて、北斗は香澄の案を検討するに値すると判断した。
実際に行おうとすれば、それなりの労力が必要だろうが、このようなやばいものをこの世界に持ち込んだつけとして、それなりの苦労は必要なのかもしれないし、香澄のいう通りあまり売れないように単価も高くしておけば、少なくとも元は取れそうな気がした。
北斗は、綾子に送る包みを完成させると、さっそくPCを立ち上げて、清涼飲料水を作ってくれる製造業者を探し始めた。




