サイドC-1 フィオナ王国会議1
「スイレン嬢、どうした。しけた面して」
無骨そうな筋骨隆々の虎顔の獣人が、細い女性に後ろから声をかけた
声をかけられた女性は、キャっと声を上げ手に持った書類をかろうじて落とさなかった。
「もう、急に大きな声で。びっくりするじゃないですか、ルクレール侯」
場所はフィオナ獣人王国王宮の豪奢な廊下でのことであった。
声をかけられたスイレンと呼ばれた玲瓏な女性は、フィオナ王国宰相ネザーロール公爵の三女、スイレン・ネザーロールであった。
スイレンは小ぶりな円形の眼鏡に、書類の束を手に持ち、会議室へ向かうところでガガに声をかけられたのだった。
頭上より垂れ下がる耳や目鼻立ちからもわかる通り、彼女もまた獣人でであった。
彼女は水色の民族衣装のいで立ちで、一見質素だがよく見るとトップから足元まで繊細な金糸の刺繍で昇竜が施された、公爵の娘らしく一品物の高価な衣服をまとっていた。
そのスイレンに声をかけたガガことガガ・ルクレールは、南方に領を構える侯爵で、王国の要となる四方諸侯の一人だ。諸侯ではあるのだが、もともとの気質と外敵から国を守護する武人の色が濃い四方諸侯のひとりとあって、むしろ冒険者と言ってしまった方がしっくりくるような、迫力とがさつさがにじみ出ていた。
二人の貴族の種族からもわかる通り、ここは獣人が支配する王国であった。
「ルクレール侯、王宮にいらっしゃるのは久しぶりですね。おかわりありま…せんわね」
落ち着きを取り戻したスイレンは、親しくガガに声をかける。
そこには貴族同氏によくある揶揄は含まれず、むしろ兄弟のような雰囲気があった。
「そうそう変わってたまるか。こちとら毎日のように魔獣相手にすったもんだしているんだ。変わるわきゃねえ」
ガガは、豪快に笑い飛ばす。
「いやそれにしてもアマデウスの野郎、なんでこんな緊急招集をかけた。南方守護は他国が攻め込んでも来ない限り、部下たちだけで問題はないが、それにしても珍しいな」
その言葉にスレイン嬢は眉をひそめる。
「もう、相変わらずですね。仮にも国王陛下なのですから、呼び捨てはどうかと思いますよ。そうですね、今回の非常招集はわが国家にとっていろいろな意味で重大事項ですので、やむを得ないと考えます」
「なんだ、貴公もしっていたか」
「はい、私も同席いたします。というか今日呼ばれていらっしゃるのは、北方守護のマクラレン侯以外のすべての守護諸侯です。ふつうはいっぺんに呼ばれることはありません。マクラレン侯が呼ばれていないのも、今回の議題内容に関連しています」
「そうなんだよなそれは、ずいぶんなメンツだ。アマデウス国王陛下殿は、戦争でも始めるのか?」
「それは会議で陛下からあると思います。ただ話の内容は国益にとって、非常に深刻で重いものになると思いますわ」
ある程度話の内容を知っているのか、スイレンは重い声で伝えた。
★★★
「皆の者、遠路はるばるご苦労。本日緊急で集まってもらったのは、ここ最近で国益に甚大な影響を与える事象が発生しつつあるため、その情報の共有化と対策について話し合うためである」
重鎮がそろった会議場にネザーロール伯爵と娘のスイレン、および何人かの文官を伴って登場したフィオナ王国国王アマデウス・ローランドは、着席するや否や口を開いた。
会議場に着席する人物は、ガガ・ルクレール南方守護侯爵を皮切りに、西方守護侯爵トーラ・ウィリアム、東方守護侯爵ニビル・トッドライド、国王の弟であるアレン・ローランド公爵、親衛隊長であり王の従妹にあたるカロック・ローランド伯爵、およびフィオナ第1~第3王国軍将軍であるマドラス、クィーンシム、リストの三人であった。
みながフィオナ王国の重臣であると同時に、それぞれ独立した軍隊をもつ指揮官たちであった。
王都を守る正規軍や親衛隊に、魔獣対応の軍隊、敵国対応軍隊と、それぞれが異なる性質をもつが、代々の王による集権国家体制は盤石で、派閥争いのようなものはほとんどなかった。
「まずは情報共有だ。アインよ始めてくれ」
声をかけられたアインこと、アイン・ネザーロール伯爵は、王の言葉にうなづくと傍らに立つ娘に、ジェスチャーで指示した。
合図を受けたスイレンは、出席者全員に数枚の紙を配った。
紙面には一面にびっしりと書き込まれた数値と、棒グラフが書かれていた。
「なんだこれは?小麦の輸出量?これがどうしたのか?」
ガガがすかさず声を上げた。
「今年度のノースランド連邦への小麦の輸出量です。前年の今の時期に比べて1/10以下になっています。実はここ数年だんだん輸出量が下がってきて、今後も回復する兆しすらありません」
スイレンの説明に、配られた試料の内容以上にますまする困惑気味のガガであった。
いや、ガガだけではない。会議によばれた諸侯は同様に、説明の真意を図りかねた。
小麦は、この国の特産品、というかよく取れる作物であった。
他の国に比べて、長年樹海を切り開いて農地としている面積が多く、その土地を生かして食料の基本である小麦を大量に生産していた。
石高を増やすことを国策として行っており、国では賄いきれない分を国外に割高で売ることで、外貨を稼いでいるのだ。
とくに、フィオナ王国の北にあるノースランド連邦は極端に農地面積が少なく、穀物に関しては海外依存度が高かったため、この王国にとってはおいしい貿易相手であった。
ただ、実入りとしてはともかく、それがどうして国の緊急事項であるか、武藤派ぞろいの侯爵たちにしてみれば、連想対象ではなかった。
「年々減っている? 我が国の生産高が減っているということか?天候等の理由による凶作とかで」
結びつきはしないが、真意を測ろうと、西方守護侯爵のトーラが問うた。
彼女は、四方諸侯唯一の女性であった。
「いえ、そうではありません。石高はそれほど変わってはおらず、むしろ増えています。ですが輸出が回らないのです。かの国で小麦が売れないので、在庫をかんがえるとこれ以上輸出できないのです」
「それはおかしい、あの国は畑農地が少なく、輸入に頼り切っている国だと思ったぞ」
トーラがスレインに対して異を唱える。
「そう、そのはずなのですが、なぜか現地では私どもの送った小麦よりも1/5以下の価格で小麦が売られているのです」
トーラはその言葉を受けて、一応咀嚼する。
「つまりは、ノースランド連邦でも小麦を生産し始めたということか。あの国の冒険者人口と現地人口の割合を考えると、とてもそのような人員も土地もなさそうだがな」
「おっしゃる通りです。ですがかの国に関して問題がほかにもあります。まずはこれです」
スイレンの指示のもと、文官たちが数台、卓上に一部突起のある板状のものをおいた。
「これはなんだ、形は魔道コンロに似ているようだが、それにしては小さいな」
卓上に出されたそれは、トーラの言う通り魔道コンロに似ていたが、それにしては既知のものよりも小さすぎた。
「魔道コンロです。おっしゃる通り従来の魔道コンロよりも二回りも小さいです。加えて動力に必要な魔石も極小3個でですみ、にもかかわらずわが国で生産している品の10倍長持ちます。そして価格は、こちらで生産している従来品の半分です。生産国はノースランド連邦で、輸入品として多く入ってきています」
「なんだと」
価格はもちろんだが、魔石が極小で済むのに10倍持つというのは、驚異の性能だ。
魔石というのは魔物を倒した際にとれる核のことで、サイズによって相乗的に価格が上がっていく。
極小と小クラスの魔石では、体積こそ8倍程度だが、価格では50倍以上の差がある。
極小の魔石は使い道が少ないわりに、弱いモンスターから回収できるため、一山いくらの捨て値で売られていることが多い。
利差やが少ないので、回収しない冒険者もざらだ。
フィオナ王国のコンロは、小クラスの魔石が必要であった。
王たちを除く、諸侯たちの何人かはひどく驚いた。
その真価を理解できていない、例えばガガや将軍の一人、マドラスなどは、だから何?という顔をしてたのだが、それでもトーラの驚きようをみて、少なからずただ事ではないことを理解した。
「お見せしたい魔道具はこれにかぎらず、例えばこのようなものもあります」
スイレンは、手元にボール大の柄のついた球体の物をとりだした。
柄の一部を触ると、真っ白に球体が輝いた。
昼なお目立つ、直視しにくいほどの輝度であった。
「これもノースランド連邦から最近入ってきている『魔灯』という魔道具です。実際は壁に据え付けて、ランプの代わりにつかうものです。こちらも極小魔石3個で、夜だけの使用で3月持ちます」
夜の明かりといえば、可燃液体を用いたランプが一般的だ。
今出された魔道具に比べれば光の量の差は歴然だった。
またランプは形や燃料も様々だが、つけたり消したりの手間がかかるのはもちろん、たまったすすを除去の手入れが大変で、それだけを生業にしている者もいるくらいだ。
この『魔灯』には、おそらくそういった手間が必要なく、点け消しもボタン操作だけですんでしまい、さらには燃料よりも安価に手に入れられる極小の魔石ときている。
魔道コンロ、魔灯どちらも、現在ローにランド王国の技術にくらべ進んだ魔道具といえた。




