サイドB-30 金貨と銀貨とデフレと
カスミとツバキの姉妹は、馬車に揺られていた。
揺られている、というか信じられないスピードで過ぎていく景色を、採光用に作られた側面のスリットから眺めていた。
馬車を曳いているのがクラウドというウルフタイプの大型ゴーレムなので、正確にはゴーレム車とよんだ方が良いのかもしれないが、乗っている乗り物自体は馬車なので、そこは間違いない。
ダンジョンを攻略してないという体で帰還後、冒険者ギルドではマルティの宣言通り、ダンジョンについてのヒヤリングがギルドマスターやギルド職員について、ながながと数日つづいた。
ダンジョン制覇ではないが、そこまで深く潜ったことのあるパーティーが初めでだったのと、第18層の火山帯の様子やフロアボス「ヤマタノオロチ」についはとくにしつこく聞かれた。
ギルド側でも横の連携でマルティとミヤビのパーティの実力をある程度把握していて、その二人をもってしても踏破できなかった魔物ということで、詳細な情報を欲したためだった。
マルティもなんとなくではあるが、あれはフロアボスなどではなくおそらくダンジョンボスで、このダンジョンの最下層は第18層であるだろうとギルド職員に感想としてにおわせておいた。
ギルドマスター含むギルド職員も、そのことは雰囲気で十二分に感じ取ったらしく、同時にため息をつくのであった。
ダンジョンを要する都市の冒険者ギルドは、ダンジョンの攻略自体が悲願である。
だが今回のマルティたちの報告を聞く限り、第18層だけではなく新たに報告のあった第15層~第17層についても難易度は高く、完全攻略への道はまだまだ長い道のりだと結論づけたためだ。
いままで攻略最下層の第14層にしたって、それまでは入り口付近の情報しかなく、今回の詳細な報告の内容からその層でさえ超えられるパーティがおいそれといるとはおもえなかった。
だが、最終ボスのドロップ品は制覇していない前提なので出すわけにはいかないが、それでもそこまでのドロップ品は目新しく貴重なものばかりなので、ギルドは買い取りに大乗り気で対応してくれた。
とはいっても相変わらず得たものが多すぎるので、ダンジョンを抱える都市のギルドといえども、すべてを買い取る予算はないのが実情で、いつものようにその精査にさらに1週間を要した。
「意外だったのが宝石系よりも、肉系が大量買いされたことかな。ついで金と銀のインゴットだったな」
マルティが買取の内容を姉妹に伝えた。
一応ドロップ品は姉妹のものになる予定だったので、買い取り価格がマルティがその代価として渡した金貨よりも予想以上に高くなってないことを伝えるつもりで話した。
「肉?」
「うん、今回はいろいろ珍しい肉が取れたからね。ミノタウルスにワイバーン、ブラッディ・ホーンブルにグリーンファング、ファイアサーペントなんてのもあったし」
ギルドはこれらを買取の大部分をしめさせた。
どれもめったに入らない食材らしく、買い手あまたですぐに完売してもとが取れやすいとのことだった。
「もちろん、自分たちの分はしっかり確保しているけどね」
自慢そうにいうマルティだった。
でもカスミの言葉を借りれば、質もそうだが大量に保持しておくこと自体がマルティの楽しみであり悪いところだとか。
いくら時間停止のストレージに入れていていつまでも持つとしても、仮にパーティ10人でも50年でも食いきれない量らしく、しかもいつでもマルティ達なら追加調達できるので、それなら売ったほうがよいかとも思うカエデであった。
マルティもそこらへんは自覚があるのか、珍しい肉以外の比較的安価なボア系やアリゲータ系の肉も大量に売ったらしいのだが、受け取る側の倉庫の問題もあり、今アースワンの主だった保冷のきく倉庫は、肉で満杯にしちゃったよと、やちまった宣言もしていた。
「でも金や銀は少し以外ですね。商人からしたら今回手に入れた宝石のほうが、転売で設けられそうですのに」
ツバキが不思議そうに聞いた。
「それはね、僕たちのせいでもあるんだけど、簡単に言うと金貨と銀貨を増産するためにほしいらしい」
「なんでうちらのせいで、金貨や銀貨をつくるわけ?」
今度がカエデが不思議そうに聞く。
「僕たちが大量に物をおろしているからさ」
マルティこと北斗は、このファンタジー世界の経済に疑問があった。
この世界の通貨である金貨や銀貨は、貨幣同士の価値、例えば銀貨100枚で金貨1枚に相当するとかのルールはあるが、それを公的に作る機関がないのである。
場所によって金の価値は上がったり下がったりするのは自然として、経済の状況にあわせて貨幣自体を増やしたり減らしたりする仕組みが全くわからないのだ。
金貨や銀貨のデザインや大きさは共通の型があるらしいのだが、それは大昔から変化しておらず、合金のようなのだが金属の含有比率もあってないように見える。
下手すると、ダンジョンの宝として出土した金貨や銀貨がそのまま流通しており、ホクト自身もダンジョンから獲得した金貨や銀貨を大量にもっており、それをそのまま使ったりもしている。
ところがだ、今回のドロップ品買取の過程で、金や銀のインゴッドを公的機関が貨幣製造用に必要という話がでてきたのだ。
まったく予想もしていなかった回答に、そういう仕組みがあるんだとやや安堵したホクトだった。
「ドロップ品を大量におろすと、なんでお金を作らなくてはならないの?買取費用が大きすぎて、お金が不足するとでも?」
「まあ、そんなとこかな。買取のためのお金を公的機関が作ってくれると思えばいいと思うよ」
物々交換に近いこの世界の経済の仕組みに対して、お金の量に対してものが交換するものや価値が多すぎると、お金の価値が上がってしまうデフレという現象を簡潔に説明するのは、正直厳しい。
ものを大量に吐き出しているホクトたちによって市場規模在庫が多くなっているため、それ相当のお金を政府なりが追加しないと、デフレはとまらず、かつホクトたちに金貨銀貨が集中して(ようはあまり使わなくて)ため込んでいるのも、それに拍車をかけている。
経済の何たるかは理系の北斗にしてみれば浅い知識でしかないが、それでも学問対象として経済がないこの世界では、とびぬけた考え方であろう。
逆に言うと肌で感じてお金を追加で作るなどというこの世界の仕組みのほうがすごいのか、もしくはいままではあまりに市場規模が小さすぎて気にならなかったのか、北斗としては呑み込めない部分も多々あった。
(ゲームのなかでは、いくらお金がたまっても誰かが困るといったことはなかったからな...)
お金を追加で作るのがマルティたちのせいというのに対して疑問符の尽きないカエデを横に、独り言ちるマルティ=北斗であった。
結局ダンジョン帰還から2週間経ってやっとマルティたちは、この国の首都イオシスに向かい始めることができた。
移動にはマルティのストレージからだされた、大型の馬車での移動になった。
御者スペースと合わせると、人だけなら20人は乗せられる大型馬車で、一体何頭の馬が必要なんだろうとカエデ姉妹は思っていたのだが、そこはゴーレムのクラウドだけで賄えるそうで、その馬力をダンジョンで体感していた姉妹をなっとくさせた。
「でもこの馬車かわってるよね」
「席が横並びの馬車は、初めてです。しかも席がやわらかくて座り心地がいいです」
着席したカエデとツバキは口々に感想をのべた。
この世界の通常の馬車といえば貴人がもつ対面着席型の人員専用馬車や、人と荷物運搬専用のいわゆる幌馬車である。
貴人用の馬車はちゃんとした席であるが、幌馬車は使いがって重視のため、人間用の席はほとんどお飾り程度で、乗り心地の良い乗り物ではない。
それに対してマルティの出した馬車は、席に綿と皮であつらえられた背もたれ付きの席で、すべてがつながっているベンチシートではなく個々に独立していて、ひじ掛けもついている。
背もたれは若干傾いていて頭部の部分にもそれを受けるヘッドレストが独立してついていた。
それが一列5席の5列で、最後尾に申し訳程度の荷物置き場があった。
車体自体は木造なのだが、表面を合金板でおおわれており、窓はなく採光程度のスリットが入っているだけだった。
「それにこんな席配置の馬車、見たことないです。どこ製の馬車ですか?」
「これね、うちの仲間に作ってもらった特注品。材料はしこたまあるんで内装も装備も贅沢につくってもらってる。乗り心地だけじゃなくて頑丈さも振動吸収も、たぶんこの世界ではトップクラスだとおもうよ。なんせクラウドが引っ張る専用なんで、相当丈夫に作っておかないと、走行速度に耐えられないし」
「走行速度?」
「うん、最低でも馬の全力疾走の3倍ぐらい。馬と違って疲れないから、道が込んでなければイオシスまで2日かな」
「2日っていった?うそでしょ?」
姉妹はイオシスからアースワンに来た際、商隊に随行して2週間かけて移動した経緯を思い出した。
お金が乏しかったので、半分護衛の補助をしつつ徒歩がほとんどの移動であった。
「いや、これでも時間かけている方だよ。今回はちょっと人も乗っける予定があるから遅い方法を取るけどね」
あっけらかんというマルティであった。




