サイドA-36 異次元ストレージの答え合わせ
北斗はいつも通りの目覚め、アラームのなる30分前に目が覚める。
この頃は早く寝てしまうため十分健康的な睡眠時間を確保できており、起床アラームも以前より1時間早くセットしている。
朝食もゆっくり取れてコーヒーも一杯飲める優雅さは、以前のぎりぎりまで寝ていた自分からは想像もつかない。
それでもやはり習慣で日時だけは余計に過ぎ去っていないことを確認しつつ、アラームをなる前に止めて、起床する。
と、思い出したかのように乱暴にベッドから飛び起きる。
足元に寝ていた雅が、ギャと悲鳴をあげる。
ベッドから急に叩き出されたので、ミヤーミヤー非難の声を上げたが、北斗はかまっていられなかった。
(さあどうだ、ストレージオープン!!)
あちらの夢の世界で行う要領で、心の中でストレージを開いてみる。
すると、目の前に小さいながらもARににた感じで、半透明の透過して背後が見えるウィンドウがひらき、格納されている物の一覧が表示された。
(やった、まじだ、チートだ)
こころで喝采をあげつつ、同時にあちらの世界がこの瞬間に現実であることが証明されてしまったことを認識する。
北斗はウィンドウのその中の一番無難そうなパンを1つ手のひらに取り出す思考をする。
それは何の躊躇もなく手のひらに現れ、ウィンドウ内の個数も-1された。
手に現れたそれを恐る恐るちぎって口に入れてみる。
砂糖が貴重な世界のパンらしいフランスパンのような触感のそれは、あの世界で食べるのと全く同じ味がし、おいしかった。
そしてそれが現実であることを証明するかのように、おなかにも食べた分はたまった気がした。
栄養になるかどうかは検証が必要で、そして最初で現実には今から出社しなくてはならないので、腹痛等なにかあっても影響が少ないようにそれ以上は口にせず、そのままストレージに戻してみる。
ストレージ内においては、パンとは別に「食べかけのパン」として、ちゃんと格納できた。
次に、もっとも興味のあった格納について、すぐ手元にあるアラーム時計を手に取って「格納」を念じてみる。
案の定というか「格納」はできない。
機械だから駄目な可能性もあるので、卓上にあるこちらの世界の食パンや冷蔵庫内のバナナなども実検してみるが、それはやはり「格納」されることはなかった。
(やっぱり安全弁として、取説通りこちらの世界のものは格納できないか....)
もしそれが可能であれば、重い荷物などの運搬があちらの世界同様楽になるのになと、ややあきらめのつきにくい願望は果たせないことになった。
(だとしても、十分すごい能力だ。ひょっとすると今後この能力は化けるかもしれない。いまはだめでもこちらの世界のものも格納できるようになるかもしれない。そうなりゃなおさらラッキーだし、果報は寝て待てというしな)
どちらにしても非常識な能力を現実世界でも手に入れてしまったことに変わりはなく、そして絶対に他に知られてはいけない能力であると北斗は認識した。
あちらの世界以上に怖い為政者や行政機関が現実世界には国家という形で多く存在し、仮に知られた場合は人体実検の対象になるのは間違いなかった。
(この能力だけでは防げない。なにか防御策もワールドスキルとして出てくればよいが...)
それが具体的に何なのかは北斗自身も想定できないのだが、そういう能力が顕現するまでは注意に注意を重ねることを、深く決心する北斗であった。
★★★
会社から帰宅後、北斗は異次元ストレージ内のものについて、いろいろ検証していく。
朝はそこまでする時間も勇気もなかった。
体に異変があった場合を想定してだ。
幸いというか少量しか食べなかったパンの影響は、追加で食べたこちらの食パンのおかげかどうかは別として、何もなかった。
夜はもう少しチャレンジしてみる。
腹痛など発生した場合に消毒になるかどうかはわからないが、胃腸薬とロックのバーボンも用意した。
チャレンジの仕方が対象の成分を科学的に検査しない上に、検体を自身にするなどやや乱暴とも思えるが、誰にも公表することのできない能力なので、こうするより他にない。
鑑定の能力が現実にもあれば、人体に影響があるなしがわかるのだが、それもさすがに望めない。
ではあるが北斗は意外と楽観視していた。
というのも異次元ストレージ内のものは、注視するとその内容の簡単な説明が出ており、食物に関して言えば最後に「食用可」の文字が書かれているからだ。
ついでにいうと「エリクサー(松)」と「ハイポーション」についても、末尾に「飲料化」の文字がでていた。
北斗はストレージから、食べかけのパン、リンゴに似た果実、ブラッディ・ホーン・ブルの肉の燻製をだして並べた。
パンはすでに経験済みなので、大胆に食べていく。
リンゴに似た果実は、果物ナイフで皮をむいて分割し、ひと切れほおばる。
こちらもあちらの世界と全く同じ味・触感だった。
次に肉の燻製を口にするが、こちらも他と同様の結果になった。
とりあえず出したものすべてを、北斗は平らげた。
あとは腹持ちと腹痛などの問題だが、満腹感は十分に得られたし、二時間程度経過しても頭がくらくらするなどの血糖値不足も感じなかったので、まずはよしとした。
次に挑戦として「エリクサー(松)」を取り出した。
こちらはまさしくファンタジーの代名詞の薬で、さきに食した物以上にチャレンジをためらう対象である。
そして現実世界はおろか、あちらの世界でも北斗は「エリクサー(松)」だけは利用したことがなかった。
もともとそれを必要とするまで片腕欠損などの危機的場面に出くわさなかったこと、あちらの世界での北斗がまだ17歳と若いため若返りが必要な場面がなかったためである。
なによりもまだ6本しか手元にない貴重な薬のため、実検でも使うのをためらっていたこともある。
エリクサーはランクとして「松」「竹」「梅」があり、材料さえあれば生成できるスキルを持つサブキャラも複数人確認している。
錬金術師のマルティもその一人ではあるが、作りたくてもその主材料が手に入らず、生成できないでいる。
主材料は『西王母蟠桃』という特殊な桃が必要である。
「松」レベルを作るにはこの果実がまるまる必要な上、『世界樹のしずく』という『西王母蟠桃』と同様入手困難な材料が必要であるが、「竹」や「梅」については桃さえあれば比較的入手しやすい材料で対応可能なので作りたいところではあるが、これが手に入るどころかその存在を知るもの自体に北斗はであったことがない。
そもそも最初に得た6本文の材料の『西王母蟠桃』にしたって、エリクサー生成専用とも思えるスキルを持ったサブ・キャラが初期ストレージ内容として持っていたのみなのである。
オーバースキル過ぎるのを含めても、使うのを躊躇するのは当然であった。
「さてと」
北斗はハイボール用に用意した炭酸水の1リットルペットボトルをあけ、ガラスのマドラーでエリクサーの瓶内部の液体にちょっとだけつけ、そのままペットボトルにマドラーを突っ込んで攪拌した。
さすがにまわりが分かるほど若返ってしまうと明日からの出社に影響が出るため、効果が出るのかどうかも怪しいくらい薄めて使う算段を取った。
エリクサーを混ぜた炭酸水のペットボトルから、日本酒用のおちょこについで口にした。
そこまで薄めるとさすがに味も風味も炭酸な上、量も20~30ml程度なのでどうかなとも思ったが、予想に反して効果は劇的に発生した。
まず、肌のくすみがすべて消えた。
薄く日焼けした肌がすべて白くなり、張りと艶が増した。
目じりの小じわがすべてなくなり、髪の毛も若い時のような艶と量がもどった。
小学生時代自転車で大こけして跡が残っていた傷跡、予防注射の跡などがすべて消え去り、捻挫や打撲の後遺症である膝関節の違和感もすべてなくなった。
腹まわりに最近ついてきた脂肪もそれなりに減り、若いころの筋肉質な体に戻っていた。
そしてこちらは感覚だけだが、最近疲れやすくなっていたと思われる体調も、なんだか若いころの活力ある体に変貌したように感じた。
北斗は想像をはるかに超えた効果に、驚きと後悔で頭がいっぱいになる。
さすがは17歳まで若返って1000年は寿命が延びるという「松」クラスのエリクサー。
これでもまだ成分過多だったのだ。
内部や見えないところだけでなく、服で覆われない腕や顔の外部まで劇的に変化させてしまった。
さて、明日からの出社で、どうやってごまかそうかと、いまから頭を悩ませる北斗であった。




