サイドB-23 ツバキの推論
ひとりまくしたてるカエデに対して、不安そうに見守る妹ツバキを除いたメンバーは、そのベクトルが自分たちに向いているにもかかわらず笑みの表情は全く崩れていなかった。
どちらかというと、カエデの鬱憤や不安を温かく受け入れている表情であった。
「ちなみに、自分が自分でなくなったようだというのは、たとえばどういうことなの?」
カスミが素朴な質問、とカエデに問いかける。
「た、例えばあなたたちにパーティとして同行して経験値が爆取得できたりマルティがくれたアイテムで、力がすごく強くなった。おかげで前は力不足で剣が通らなかった魔物も、すんなり切り裂けるようになったし、体力や防御力だって今までだったら絶対に重傷だった魔物の攻撃も、数回程度であれば受けたり返したりして軽傷で済むようになった。スピードだってそう。たいていの魔物の攻撃は、目で追えて回避や反撃もできるようになった。あたし自身の能力のベースが全部上がったんだけど、でもそれって逆に言えば以前のあたしとは同じように生活できないってことよね?ふつうに歩いただけで周りの人からは高速で動いているように見えたり、ドアノブを開けようとしてノブを握りしめてしまったり、それが物ならともかく誰かと握手して相手の手を握りつぶしたりしないよう毎日いままでの様式ではできないような、細心の注意をはらって生活しなきゃならないってことじゃない。そういうところが、もう前の私と違って化け物じみているというか、そんなこと」
答えを受けたカスミは、少しぽかんとして
「なんだそんなことか」
と、軽くいなした。抗議をしようとしたカエデを手で制して
「さっき食事をしていたとき、銀製のフォークとナイフ使ってたと思うけど、それってひん曲がってる?ほうじ茶をいれた陶器のグラスももろいものだけど、ヒビでも入ってるかしら?」
いわれてカエデは、はっとする。
そういえばと思い見返してみるが、それらしい痕跡は見当たらず、フォークも陶器グラスもなんともない。
あらためていうことでもないのだけど、カスミは前置きをして
「すごく当たり前の話なんだけど生物にはね、無意識の力の常識の範囲というものがあって、かってに微調整する性質があるの。どんなに力が強くなろうとも無意識が『普通』をちゃんと保っていてくれて、当人が意識的にその力をふるおうとしない限り、出てくることはないのよ。上限のふり幅が大きくなるだけで、下の振り幅が大きくなったり上昇したりはしないのよ。もちろん体力や防御力の上昇なんて言うものはベースも大きくなるけど、力や素早さに関していえば、どんなにレベルが上がろうともベースが上がってしまうということはないわ。もしそうなら私なんてなんにも触れないじゃない。あなたたちの少なくとも100倍は強いんだもの」
「で、でもそれってやっぱり前の自分とは違うということに変わりないよね?あと状況にしたって、多分周りの対応がだいぶ変わってしまうだろうし。ついてきたとは言えダンジョン攻略コンプリートに携わっていたことに変わりはないし、ここを出ればそれこそ周りの見る目も変わってしまうとおもう。望まないのに無駄にランクが上がったり、なにか大事が発生したりして期待されたりして、もう初心者冒険者としては、扱ってくれなくならない?」
「それのどこがが問題なの?」
問題かといわれれば、冒険者としては問題というよりも喜ばしい部類のことだと思う。
しいていえば、それらがプレッシャーに感じるようになれば、レベルが下がらない以上、一生つきまとうことになる。
「マルティはもともとその可能性を第10層で攻略を継続宣言したときに、あなたたちにも確認したはずよ?それらを了承してついてきたのはあなたたちの意思だし。仮に今になってそういう待遇がいやなら、冒険者休業すればいいんじゃない。冒険者は生活のためといっていたし、その糧も今回のあなたたちの取り分でおそらく相当年数暮らしていけるだろうし」
「で、でもやっぱりこんなんじゃ....」
カエデはカスミの説明に納得している自分と、どうしても納得できない自分を感じていた。
カエデの不安はカスミの説明ですべて解消されてしまうので、自分がどうしてこんなに説得をしたいのかわからなくなってきた。
客観的に見れば、自分が聞き分けのない子供のようにふるまっていることもわかりだしていた。
でも、なにかどうしても嫌なことがあって、ご寝ているように感じる。
「ちょっと確認いいですか?」
ふいにツバキがマルティたちに声をかけた。
「第10層での先に進むかもしくは私たちだけダンジョンを出るかを聞かれたとき、そこにカスミさんはいなかったとおもいます。なのになんでさもその場にいたような話し方をされるのですか?」
「えーとそれはね、いろいろあなたたちのことをマルティに聞いていて、第11層以降の二人に話す選択の件も前もって知っていたからよ」
「前もってて、カスミさん現れるまでずーとマルティは私たちといましたし、そんな時間はなかったと思いますけど。そもそもごく自然に私たちに合流して、一緒に行動してますけど、このダンジョンってたしかDランク以上が三人以上じゃないと入ることさえできないんですよね。カスミさんはどなたと入られたんですか?」
「いや、それは企業秘密ということで。ほら、冒険者は相手のスキルに極力ふれないという不文律が」
マルティが、やんわりと割って入る。
「スキルとかではなくてルールの話をしています。だいいちカスミさん冒険者ギルドにも入っていないとおっしゃってました。つまりそもそもここのダンジョンに入る権利さえないんですよね」
「ツバキちゃん、つまり何がいいたいの?」
カスミがツバキに意地悪く問いかける。
何が言いたいかわかっているのに、あえて本人にいわせたいらしい。
「こんなこと自分でも信じられませんが、カスミさんは実はマルティさんかミヤビさんのスキルの一部なんじゃないんですか?」
この言葉にカエデが一瞬あっけにとられ、そしてちょっと前までの自分のやりどころのない憂鬱等吹き飛んで、あわてて問い返す。
「つ、ツバキなんてこと。そんなことあるわけないじゃない」
常識的に考えれば、スキルの一部に人が含まれる等の発想はでない。
だが、ツバキには確信があるようであった。
「カスミさんが合流してから、ずっともやもやしていてたんですけど、さっきのヤマタノオロチとの戦いを見させてもらってやっと何が引っかかるかわかりました。カスミさんは強すぎるんです。そして都合が良すぎたんです」
「都合がよい?」
ツバキはカスミの目をそらさずまっすぐいう。
「はいそうです。おねいちゃんは知らないかもしれませんが、とてつもなく強いDランクの二人組がいるのは風のうわさで知っていました。それがマルティさんとミヤビさんと結びついたのは、ダンジョン内での行動や執政官代行に売っていた亜竜の件です。そんな有名な二人ですからカスミさんのようなすごい冒険者が一緒のパーティにいれば、それもうわさになっていてもおかしくないのに私は聞いたことがありませんでした。なのに私たちが第11層以降もついてくると決めたとたん、フォローでもするようにいきなり現れました。しかも私の見立てではとんでもないマルティさんやミヤビさんさえも、足元にも及ばないような実力者です。しかも合流したばかりなのに私たちの状況をすべて理解している。都合がよすぎると思いませんか?」
カスミは笑みを崩さず、たしかに、と相槌をうつ。
「おそらくですけど、カスミさんは一人でもすごく有名になる実力を持たれた方です。なのに冒険者のあいだでは噂一つたっていない。冒険者登録をしていないということもあるでしょうが、そもそもあまりこの世界で活動されていない、もしくは今のように周りがいない場でしか活躍されていない。そういう場をマルティさんがえらんで召喚または招集されているとしたら、噂が立っていない理由もしっくりくるんです」
「なるほど、鋭い指摘だ」
「もう一つあります。先ほどのオロチの戦いの場面で、『自分のほうが大物と戦える機会も少ない』と自分でおっしゃって、二人をせっとくされていました。これも私の推測の根拠になりませんか?」




