サイドB-22 カエデの後悔
「アダマンタイト製の魔剣『グラコ・トール』とこっちもおなじくアダマンタイト製の杖『グランディア』とあるね」
「アダマンタイト装備が2つか。難易度高いダンジョンだったから、それぐらいの装備はでるか」
「なんたってラスボスがヤマタノオロチだったしね~」
ボス討伐後、一行はドロップ品として出現した2つの宝箱をあけて中身を確認していた。
一行といってもマルティ・カスミ・ツバキの三名である。
今回のドロップ品は、その宝箱に入っていた2つの伝説級武器とヤマタノオロチのバスケットボール大の深紅の魔石に8対のスイカの球大のオロチの瞳、7つの大壺いっぱいに入ったヤマタノオロチの血液とワイン瓶に30本くらい入った猛毒、部位としての心臓、肝、舌、脳と魔力を通さない頑丈かつ柔軟性のある絨毯大のオロチの皮の束が50に牙と背骨が数十、食せるかどうかはわからないがブラッディーホーン10頭分程のオロチの肉、さらには金のインゴット30本と魔鉄のインゴットが100本に、大粒小粒をあわせた宝石の山が小麻袋に5つと、最後に大瓶48本に入った謎の果樹しぼり汁であった。
おそらくであるが、稀代のラスボスだとしてもこの内容は破格の内容と思えた。
たぶんマルティのドロップ品10倍が、ここでもその威力をいかんなく発揮しての結果と姉妹は思えた。
マルティはなぜかこの最後のしぼり汁を鑑定して、飛び上がって喜んでいた。
一方ツバキとカエデの姉妹は、その三人の後ろに控えるようにして見守っていた。
宝箱には罠が仕掛けてあることが多く、特に猛毒の霧など二人に耐性のない仕掛けを回避できるようにと毎回少しひいていてそれ自体はいつものことなのだが、今回は少し事情が違った。
(怖かった。本当にあの魔物は怖すぎた。倒された後なのにまだ震えが止まらない。それにカスミさんも...)
マルティたちに従って、このダンジョンでは様々な魔物に遭遇してきた。
既知のものから見たことない大物まで。
当初はそれらにおののいていたカエデではあったが、マルティやツバキの完全なるバックアップ、必ずどうにかしてくれる安心感と自分自身のレベルアップによって、ある程度は馴れてきているつもりだった。
フロアボスのヒドラにあった際も、若干のおののきはあったものの、以前程恐れていない自分を感じて少しだが自信もついてきたような気がしていた。
だがあのヤマタノオロチとよばれるダンジョンボスは、それらの桁をはるかに超えていた。
カエデやツバキは自分達がそれと戦う場面など想定できず、正面に対峙しただけで気を失ってしまうような気がした。
強大な魔物という範疇ではなく、神話に出てくる神魔対戦の怪物とも言えるほどの存在感をもっていた。
ここまでの行程でわかったダンジョンの規模や環境の多様性を考慮しても、ラスボスがあれほどになってもおかしくはなかったのだろうが、それにしても「戦って倒す」という選択肢は、上位のの冒険者たちでもないと思えた。
だが、マルティ一行にはそれがあった。
引くことを考えるどころか、誰が一人で倒すかを争う程度の相手だったのだ。
事実カスミは単独で、それこそ赤子の手をひねるがごとく、あっという間に倒してしまった。
仮にA級以上の実力のある冒険者たちがここまできて戦うとしたとしても、最低でも30人~40人程度のレイドを組んで、引いたり出たりして少しずつ魔物の体力と魔力をそいで、倒す戦法しかないだろう。
それも最低1週間はかけて、こちらも体力や魔力を回復したり、前線を入れ替えたりしての、もう戦争に近い戦術で挑むしかないだろう。
姉妹には、それをあきれるくらい行ったカスミに対してはもちろん、その仲間であるマルティとミヤビに対してもあらためて不気味なものを感じ始めていたのだった。
他人のスキルの詮索は本人が披露するまでしないという不文律があるため、それをカスミがしない時点で姉妹が知る由もないのだが、今回使った『ベイト・ボール』は、カスミが自身のスキルの応用として独自に編み出した魔力を利用した技である。
カスミの独自スキル、『魔力貯蔵庫』はストレージが物体を保管できるのに対して、カスミ自身が常日頃あふれださせている大量の魔力を保管できるスキルである。
その保管庫はユニットストレージに似たブロック単位の保管庫なのだが、詰めれば詰めるほど増えていくので、その上限数はよくわかっていない。
ひとつのユニットに保管できる魔力量は10,000,000で、いまカスミは満タンの魔法ユニットストレージを4700内在させている。
その日の魔力消費量にもよるがよほど大きい魔法を使わない限り、それは1日に1ユニット程度うまっていく。
たまった魔力は、自信のMPに追加したり、受け入れ側で拒否されなければ入る範囲での譲渡が可能となっている。
『ベイト・ボール』はそれを3つを直接魔力体、この場合は小魚のような結晶に変換させたものだが、つまり合計3千万の魔力を利用した術だということになる。
魔力には量のほかに練度というものがあり、通常であればそれほどの魔力の消費をする技はマルティたちがいたダンジョン層すべてを破壊してもおかしくない量であったが、カスミはその練度技術で魔力を小さい魚状にしてまとめることで兆圧縮し、本来であれば魔法障壁に守られたヤマタノオロチの皮膚を楽々とパスし内部で魔力として解放されたのだから、さしもの伝説の魔物であってもひとたまりもなかった。
「とりあえずこれで目標達成したのだから、祝杯しようか?今後のことも相談したいし」
姉妹の内情を知ってか知らずか謎の液体にホクホク顔のマルティが、明るく声をかけたのだった。
★★★
5人はいつものミヤビのストレージから取り出したログハウス1階の食堂に集合していた。
いつもと異なるのは、先にシャワーをあびていつでも就寝できる準備をしてからではなく、武器や重い鎧を脱いでのすぐ帰還できる体制での祝勝会という体だ。
マルティはいつも通りキッチンに立って祝勝会用の食事用意しており、カスミは飲み物の準備をしていた。
この世界は普通の飲料水を用意するのは、それなりに苦労を伴うため、通常は薄めのワインなど保存のきくもので水分と取ることが多いが、マルティたちは生活飲料水を魔法で出すことが可能のため、姉妹はマルティたちと一緒に行動するようになってからは普通は水を取るようになっている。
「でも、今日はこっちだな」
と、冷えたガラスジョッキに黄色の気泡がわいている飲み物を、カスミは姉妹の前に置いた。
「これは、エールですか?」
ツバキは見たこともない液体をうろんな目でみつめた。
ダンジョン制覇したとはいえ、今の心情からしてお酒を飲む気分にもなれなかった。
「いやただの果実ソーダ割だ。パインという南国から取り寄せためずらしい果実がふんだんに入っているジュースだ。甘酸っぱくておいしいぞ」
制覇したとはいえまだダンジョン内である。アルコールを出さない分別はあるらしかった。
気分の乗らないまま、カスミのおし圧力に屈してしぶしぶ口をつけた姉妹。
色合いから想像したよりも甘さとすっぱさが強く、疲れた身体に行き渡る。
あまり感じていなかった空腹も少し思い出された。
「こっちもできたよ」
とマルティが個別に皿に取り分けたものを、各人の前に置いた。
サイコロ状に切って焼かれた肉に、チーズとソースのかけられたハンバークに大ぶりのソーセージが二本とジャガイモのふかしたものが皮ごと載っていた。
取り分けたといっても一皿一皿の量は、優に3人分のボリュームだ。
「今日のは赤身がおいしい亜竜のサイコロステーキにブラッディーホーンブル100%のチーズ載せハンバーグ、オークキングの香草いりソーセージだよ。主食はパンもお米も用意したから、好きなほうをいって」
楽しそうにホクトは料理を紹介した。
材料に突っ込みを入れたくなるようなものもあったが、姉妹の心情とは裏腹に、皿から上がってくるあまりの良いにおいにおなかの虫が活動を開始する。
どんな時でも空腹は正直なもので、姉妹は無言のままがつがつとそれらを平らげた。
とてもそんな気分ではないと思っていたのに、悔しいくらい味付けのレパートリーと各肉のうまみが合わさって、最後まで手が止まらなかった。
さらに食後には、カスミが出してくれたイチゴのショートケーキなるものとほうじ茶とやらが絶品で、すでに料理だけで満腹だったにもかかわらず、姉妹はそれらもぺろりと平らげてしまった。
おいしいものに満たされたのと戦闘から少し時間がたったせいなのか、少し恐怖とマルティたちへの不安が遠のいた。
「どお、少しは落ち着いた?」
「ああ、そうかも」
カエデは少しつっけんどうに答える。
自分たちの恐怖と不安が見透かされているたのと、それにもかかわらずおいしい料理でいなされたようで、自分にもマルティたちにも少し腹が立っていた。
「あたしたち、そんなに普通じゃなかったかな?」
カエデはマルティたちにきいた。
マルティとカスミは目線で微笑みあうと、マルティが代表してこたえる。
「そうだね、多分だけどいままでで一番怖がっていたかな。ヤマタノオロチが本当に怖かったでしょ。しょうがないよね、あのクラスのダンジョンボスは、そうそう巡り合えないし。普通の人どころか冒険者でも一生に一度会えるか会えないかじゃないかな」
軽く言うマルティに、カエデの中で何かが切れた。
立ち上がるとこぶしを机に叩きつける。
「そうよ、怖かったわよ。怖いなんてもんじゃない、恐怖で足がすくんで逃げることもできなかったわよ。なのに何、総力戦どころか一人で軽ーく倒しちゃうなんて。異常なのよあなたたちは。攻略のスピードもドロップ品の量もすべて異常。ダンジョン内なのに寝ずの番はしなくてよいわ、あったかいご飯どころか豪華なデザートまで毎食出てくるわ、でもそれが当たり前どころか、気付いてないくらいに自然で、おまけにスキルについて私たちが知らないことばかりを知っていて、しかも伝授までしてくれて、もう私の今まで生きてきた常識がすべて崩壊よ」
いままで溜めていたのを一気に吐き出すように、カエデの言葉は止まらない。
「そりゃ人間だもの。ドロップ品が多くて自分の資産が増えたり、予想もしなかったスキルを得たり、自分の能力が上がるのは楽しいし、だから途中で迷うことはあっても、あんたたちについてきたわよ。でもいまは少し後悔している。自分が自分でなくなったようで、後悔しているわ」




