サイドB-21 カエデの不安とヤマタノオロチ
第13階層に入ってから数えてさらに10日がたち、一行がダンジョンに潜航してから実に20日が過ぎようとしていた。
一行は現在第18階層の最後の階層主と対峙していた。
第18階層は、火山帯フィールドフロアで、あちこちの山で爆発が起き、溶岩の川がながれ、人間が行動できるぎりぎりの高温であった。
そんな中でもマルティたちは支障なく動けていたのは、カスミの付与魔法に寄るところであった。
カスミ曰く、彼女のオリジナル付与魔法で、どんな環境でも一定期間適応できてしまう、「万能環境適応」という術式であった。
これをかければ、このような溶岩漂う高熱帯であろうが極寒の吹雪の中であろうが、はたまた海中や水中でも問題なく行動できるということだった。
「でも欠点もあってね。これがかかっている間はシャワーを浴びたり風呂に入っても、全部キャンセルされちゃうんだよね」
と、姉妹からしたら全然欠点とはいえない欠点をもっていた。
対する魔物は、形状こそワニやら蛇やらであったが、火につよい魔物がそろっており、中には溶岩の中を活動できるものもいた。
「どうして溶岩の中にいて、燃えたり溶けたりしないんだろう....」
カエデのつぶやきは、一同の疑問そのものであったが、かといって誰かがこたえられる回答を持っているわけではなく、そういう生き物と認識するしかなかった。
マルティたちの鑑定によれば、それは「ファイアー・サーペント」と呼ばれる、火山地帯に生息する大蛇で、血液がマグマに似た高温の組成らしい。
時折マグマの中から現れるそれは戦術としては体当たり+噛みつきしかなく、クラウドの高範囲索敵によって溶岩内部も簡単に検知できているマルティ一行にしてみれば、不意打ちさえ注意していれば全く問題のない相手、というか経験値的においしい相手であった。
マルティ・ミヤビ・カスミの三人はもとより、タイガーゴーレムにのっての戦闘に慣れてきたカエデにしても、ファイアー・サーペントへの致命打を与えられるまでになっている。
レベルのアップとスキルによる効果が確実に彼女に現れてきていた。
「どうしたの?浮かない顔をして」
11匹目のファイアー・サーペントを全員の連打で仕留めたとき、喜びよりも浮かない顔をしているカエデに対して、ハイ・エルフであとから合流したカスミが問うた。
「なんか失敗した?それともどこか痛めたかしら。外からじゃわからないけど」
「いえ、痛めたとことか全然ないんですけど、ちょっと戦闘がうまくいきすぎてて、自分がわからなくなってきて....」
「わからなく?」
「あっ、たいしたことじゃないんで気にしないでください。それよりもドロップ品のファイアーサーペントの皮はともかく、身と血がありましたけど、何か有効活用できるのですかね。マルティさんは喜んでますけど」
「どうだか。あの子の考えることは時々突拍子もないから。でも飲食対象じゃなくても薬の材料とかはありそうね」
はぐらかしたカエデではあったが、自身の成長に不安が募ってきて、内心乱れていることは確かであった。
スキルはよい。思った瞬間に自分で発動を制御できるので、問題ない。
魔法にしてもパッシブスキル、例えばストレージのように常に自然に発動している物以外でも、自分が使おうと思わなければ発動はしないので、これも問題ない。
ただ力に関してはどうだろう?
レベルとやらの存在を知ったのが最近で、それがマルティたちとパーティを組んでいることで、自分たちだけでは上げられないスピードでどんどん上がっているらしい。
レベルが上がれば、体力・魔力・腕力・防御力・知力・幸運が相乗的に上がっていくらしいが、そのなかで腕力が上がっていくことにカエデは心配し始めていた。
いままで普通に触っていたもの、例えば扉の取っ手なんかはどうだろう。
自分が触ると、その気がなくても壊してしまうのではないだろうか?
マルティの用意する白磁の高価なお皿は?めったに見ないガラスでできたコップは?
物はまだいい。弁償なり修理なりできるから。
でも人は?今までと同じように触れることで、あっさりこわしてしまいポーションなどで回復できない程に傷つけてしまうことはあったりしないのだろうか?
魔物との対峙のみで、その力量が上がっていることが認知できないカエデは、自分自身におののき始めていた。
そしてもっとも重い心配は、実力者や権力者がそうであるように、心が醜く変異していくのではないか?
自分たちの祖父のように、誰かを下に水にはいられなくなるような、そんな人間に自覚のないまま自分もなるのではないだろうか?
急激な冒険者としての成長は、喜びの反面、その暗い思いをカエデに投げかけているのであった。
★★★
第18階層の階層主は、第11層とおなじ多頭の魔物であった。
頭の数が8つで、サイズも迫力も第11層のヒュドラとは比べ物にならないという違いはあったが。
カスミとツバキの姉妹は、遠くの岩陰からのぞきつつ観察していたが、それでも逃げ出したくなるほどの威圧感が、ボス部屋に広がっていた。
「また、ヒドラですかね。色が少し違いますが」
その必要もないのに、声が響くのがまずいとばかりツバキはマルティに小声でつぶやいた。
それに対して余裕のある顔で、フロアボスをみていたが、カスミに向き直ると、
「いや、これは...カスミ姉」
「そうだね、ヤマタノオロチ、だろうね。しかもこの魔力量、フロアボスではなくおそらくダンジョンボス...」
「えっ、そうなんですか」
カスミの言葉に姉妹は驚いた。
聞いたこともない魔物の名前だけでなく、ダンジョンボスという言葉は衝撃だ。
つまりここがこのダンジョンの最下層であることを、そのセリフはいっているのだ。
「鑑定で確認した。間違いなくヤマタノオロチでダンジョンボスだ。それにさすがは神話の魔物だ。魔力量もすごいが神性力ももっている。ものすごかたくて、回復力もヒドラの数十倍だ」
マルティはとんでもないことを、さらりといってのけた。
「神話の魔物?ど、どうするんですか。いくらマルティさんたちでも倒せないんじゃないんですか?」
ツバキが魔物よりあふれ出す魔力に圧倒され、青い顔をして問うた。
それに対し、マルティ・ミヤビ・カスミは顔をあわせ、
「だれがやるにゃ。じゃんけんか?」
「そうだな、こんなおいしい魔物は。三人じゃもったいないよな」
「そこは、それやっぱり年長者に譲るべきではないかな」
と、姉妹にはわけのわからない話を始める。
「だれって...あれに一人で挑むつもりなんか?」
ミヤビは、あきれるカエデを見て
「あたりまえだにゃ。あんなに楽しそうな相手、めったにお目にかかれないからにゃ。初見だから攻略法もわかってないし、余計に楽しめるじゃにゃいか?」
カエデはさも当たり前のことをというなというミヤビと、それを当然と思っているマルティやカスミをみて、開いた口がふさがらない。
「ミヤビでは、少しレベルが足りないだろう?」
「やりようはあるにゃ。知恵のない魔物とレベルだけでは比べてほしく無いにゃ」
「年長者優先は、この際無しだと俺も思う」
「いや、いつでもお前たちは挑戦できるじゃないか?私はめったにしかないのだそ」
「それにしても初戦をとるのはずるいのにゃ」
この言い争いをどう受け止めてよいかわからぬ姉妹をよそに、結局じゃんけんで挑戦者を決めたらしく、その栄光はカスミにわたった。
「時間かけるんじゃないにゃよ」
ミヤビか憤慨とばかり、鼓舞とは異なる掛け声をかける。
よっぽど一人で対戦したかったみたいだ。
「ふむ、なら少しだけ本気を出して、ソッコーで片づけてみるか」
カスミはそういうと何もない空中の何もない場所、目線はすごく近かったが、を眺めた。。
以前ならカエデとツバキの姉妹には何をしているか不明だったろうが、いまならそれがストレージの中を眺めていることがわかる。
何を出すのだろうと思っていたのだが、
「3ぐらいかな?」
との言葉のあとに、空中に3つの黒い球が浮かび上がる。
実態ではない、なにか煙の塊のようなそれは、黒から漆黒への明滅を繰り返しながらゆっくりとうごめいていた。
姉妹はそれが何かと感じる前に、その3つの球体の発する力にギクリとした。
何か不明なそれらからは、異様なまでの魔力の流れがあふれだすのを感じた。
魔力をふるうツバキには、その影響がカエデよりも強く、一瞬で頭がくらくらし始めた。
岩を隔てたオロチからも魔力の圧力をずっと感じていたが、3つの球体からあふれ出る魔力の存在感は、それをはるかに凌駕していた。
(魔力の凝縮体?)
「ベイト・ボール」
カスミが軽く何かツバキの知らない呪文のような言葉を投げかけると、黒の3つの球は瞬間に四散した。
体積は数百倍に膨れ上がったそれは、球体であった時と同様にいびつではあるがダンジョンの天井まで覆う球体となり蠕動を繰り返す。
よく観察すると、それは氷の色合いをした小さな破片の集まりであり、一つ一つが小指大の小魚の形をしていた。
それらが数億体が同じ方向に高速移動していて、外部からさも大きな一つの球のようにみえているのだ。
カスミは、それらを自分の前面に配置して、ヤマタノオロチと対面した。
ヤマタノオロチは岩陰から出てきたカスミを確認するや否や、八つの咢から同時に光の本流を発した。
ツバキの使うホーリー・レイに似た技であるが、その太さはそれぞれがツバキのそれの20~30倍と威力の大きさがわかる。
それはしかしカスミに届く前に、ヒカル小魚の球表面にあたると、構成物が泳いでいる方向にそのままの形でそらされ、それほど高くはないボス部屋の天井にぶつかった。
「3でも多かったかな?」
カスミは行けと言わんばかりに、手を前方へふる。
それにつられるように光の小魚群の球体は急に一部から形を崩し、怒涛の如くヤマタノオロチに襲い掛かると表面にぶち当たり、そのまま何の抵抗もなく体内に吸収された。
岩陰から見ている姉妹には、一瞬ヤマタノオロチが内部から膨れ上がるように見えた。
が、次の瞬間それは断末魔をもってして、多量の肉片になって四散した。
「ふむ、やっぱり加減がわからん」
あまりにもあっさりと強大な魔物を倒したカスミではあったが、今一つ倒し方に納得がいっていないという顔をしている。
そんなカスミを、慣れているマルティたちはともかく、姉妹はただ唖然と見つめるとかなかった。
(カスミも化け物だ)
マルティたちが非常識な強さを持っているのは知っていた。
だが、カスミはそれに輪をかけてとんでもない力の持ち主だと、姉妹は納得せざるをえなかった。




