サイドA-2 取説
北斗は、自分の会社に訪問してもらったクライアントと、開発中システムの仕様の詰めを行っていた。
あちらの要望通りの予算を使うための、作業量の調整と成果物の完成度の範囲の確認をするためであった。
北斗は、今朝の夢ことはあまり気にしていなかった。
どんなに現実味があったとしても所詮は夢の話だし、なにより異世界転生でのチュートリアルにしては、唐突であっけなさすぎた。
あのままログアウトしないでいたらどうなったかに興味がない言えば嘘になるが、いま相手してるクライアントは、こだわりが強く妥協をしない人間で、こちらも注力しないと小言の一つも飛んでくること間違いなかった。
なんとか了解点に達し、議事をまとめたころには、社員は社長も含め全員帰宅した後だった。
最終退出者として戸締りや安全確認を行い、へとへとに疲れてやっと帰路についた。
(今日はゲームする気力はないな)
さすがに毎日カップ麺だと、栄養の問題もあるので、今日は少し奮発して総菜たっぷりコンビニ弁当とサラダを買って帰宅した。
食事の前に、シャワーを浴びて飯にするが、食い終わった瞬間から船を漕ぎそうな感じであった。
なんとか歯磨きだけはして、布団に潜りこんだ。
北斗はすぐに眠りに落ちた。
と、またあの物悲しい音楽と「ネオアンバー・ソメイユワールドの文字」が、目の前にうかびあがった。
アイコンは「はじめる」ではなく、「つづきから」になっていた。
昨日とは異なり、少しの興味とどうせ夢だろうという思い、かつログアウトできたという実績から、北斗はすぐに「つづきから」のアイコンを操作するイメージを行った。
この時点で体の感覚はないのは、相変わらずだったが、画面は昨日と同じく「ログイン実施中」の文字が点滅表示され、昨日同様唐突に体の感覚を感じた。
いたのは昨日同様、あの部屋であった。
ホクトはまわりを一望し、
「昨日とおんなじか」
と、何も状況が変わっていないことを確認した。
そして、煩わしさと多少の気恥ずかしさから、心の中で「ステータス・オープン」をとなえると、これも昨日同様めの前に半透明のウインドウが表示さた。
各数値の細かいところまではあまり覚えていないが、ざっと見た感じでは変わっていないように思えた。
あと昨日には気が付かなかったのだが、端のほうに「R216/4/7 8:25:12」の文字と「230,460Mel」の文字があった。
前者はおそらく日時で、後者は所持金だろう。
日時については、この世界の時間が24h制や60進数かどうかの基準知識もなく、持ち金については最後のMelがおそらく単位だとは思うが、こちらも多いのか少ないのかまったく価値がわからない。
そういえばと、おそらくシステムであろう歯車マークを指で触れるとイメージを持つと、こちらも昨日同様5行の文字が表示された。
いつ使用不可能になるかの不安はあったものの、今日はすぐには『ログアウト』の操作はおこわなず『ヘルプ』の操作イメージを持った。
すると、別ウィンドウが重なり、左に画面内では収まり切っていない文字列の羅列と、スクロールバー、右に空白の空間が表示される。
ホクトはその羅列の最上行、「この世界について」を操作した。
ウインドウ右側の余白に、文字がずらずらと表示された。
[この世界について]
剣と魔法の世界、ネオ・アンバーワールドへようこそ。
ここは、剣と魔法が支配する、ファンタジーワールドです。
あなたは一冒険者として、この世界に降臨しました。
なるほど、よくあるゲームの最初の説明、宣伝文句のような文面だ、とホクトはごちてその他の項目も操作するイメージで、さわっていく。
まずは自己情報の『ホクトについて』アイコンを操作する。
[ホクトについて]
・ホクトは、ノースランド大陸の北部ファーラーン村に生まれ育った、生粋のド田舎ヒューマン。
・子供のころに両親を魔獣被害によりなくしており、祖父のジーノと二人で暮らしていたが、昨年両親と同じように魔獣被害にて祖父もなくなり、いまは一人暮らし。
・近くに村はあるが、祖父がもともと村には属していなかったため、村隣にある山に孤立して生活している。
・村にもあまり知人はおらず、彼女もいない。
・大冒険者だった祖父とは異なり、大した技能もなく、平凡な人間。
・祖父なき現在は、森の素材を集めたり、小物の魔物を狩猟して、それを糧としたり素材を村で売ったりして、ほそぼそと暮らしている。
なるほど、可もなく不可もなくといった、平々凡々の設定である。
自分の情報を客観的にみるというのは、まあゲームでは当たり前のことなので、少々ひどいことは書いてあったとしても、最初はこんなもんかとホクトは納得した。
ホクトはつつげて、気になる項目を、次々に操作していった。
[魔物]
・ヒューマンや亜人に対して、害意をなす、核として魔石をもつ生物の総称
・魔物の肉や素材は、食したり利用したりできるものが多い。
・魔物は、その大部分が知能を持たないが、中には言葉を解したり話したりできる種別もいる。
・魔物の中で、ヒューマノイドタイプで人語も解し、かつ魔力膨大な種族を魔族と呼ぶ。魔族はヒューマンや亜人と敵対している場合が多い。
[魔石]
・魔物の核となる鉱石。強力な魔物であればあるほど、魔石は大きくなる。
・魔石は魔力を帯びているため、ヒューマンや亜人は、この魔力を生活のエネルギーとして利用している。
・魔石の売買は、主に冒険者ギルド/商人ギルドにて行われている。
[冒険者]
・魔物の討伐やダンジョンの攻略を生業としている人たちの総称
・基本的には、冒険者ギルドに属している。
・魔物討伐が基本だが、戦闘力が高いことから危険な森や山での薬草や鉱石採取、行商人等の護衛を行うなど、仕事内容は多岐にわたる。
[冒険者ギルド]
・冒険者を管理する組織
・主な業務は冒険者カードの発行、冒険者のランク付け、冒険業務のあっせんや仲介、魔物素材の解体/買取/販売である。
・ダンジョンが近隣に存在する場合は、ダンジョンの監視や入場者の調整、把握等もおこなう。
・冒険者ギルドは、国をまたいだグローバル組織である。
ここら辺は、ホクトがよく読んでいるラノベの内容に近いものであったので、すぐに腑に落ちた。
ただ、次の項目がホクトの知っているとはかけ離れていたので、少し驚く
[職業]
・この世界に実際に従事する職業種別は存在するが、それに特化した職業特性というものは存在しない。
・どのキャラクターでも育て方次第で、どのような職業でも上達することが可能。
・職業特性のレベルを上げるには、スキルポイントによるスキルの取得とレベルアップによって可能。
・スキルは、スキルポイントのほかに、スキルの使用回数によるレベルアップも可能。ただし上がるタイミングは完全にランダム
・スキルを上げていくことでどんな職種能力も選択可能、もしくは同時に取得できるが、まれに固有スキルを取得するものがおり、そのスキルに関してはある職種に特化したものであることが多い。
これはすごいことが書いてあると、ホクトは感じた。
通常のゲームであれば、特定の技能を発達させる場合、そのスキルを習得可能な職業というカテゴリーを選択してレベルを上げないと、スキルの習得もレベルアップもできない。
職業というカテゴリーで、スキルも限定されているのである。
それに対して、この世界では職業という能力的カテゴリーが存在しない。
おもったままにほしいスキルを伸ばしていけば、その専門家になることもマルチで能力を持つことも可能なのだ。
[スキル]
・任意の職種に特化した技能
・スキルはスキルポイントを用いて、スキルチェーンの宣言文を読むことにより獲得可能。
・固有スキルの取得は、スキルチェーンにより獲得不可。取得条件およびタイミングは完全ランダム。ただし、ガチャにより獲得する場合もあり。
[スキルチェーン]
・獲得できるスキルを一覧にしたもの。システムのスキルチェーンで表示可能。
・並列で取れるスキルもあれば、特定のスキルのレベルを上げることで現れるスキルもあり。
・スキルチェーンは、基本的にすべての人で同じ。ただし固有スキル取得の場合は、固有スキルの上位スキルとして、スキルチェーンが現れる場合がある。
[スキルポイント]
・戦闘経験やスキル使用により加算されていくポイント
・スキルポイントにより、スキルチェーンにあるスキルを獲得可能
・スキルポイントは、イベントや獲得条件を満たすことで獲得することも可能。
・スキルポイントは、他のユーザーへの譲渡は不可。ただし、同一ユーザーの主体および従属キャラや従属魔物に関しては、譲渡はできないが利用は可能。
スキルの項目を一通り読んだが、先ほどの職業の内容にそった形となっていた。
スキルチェーンが、誰でも同じということなので、誰にでも高スキル保持者となることが可能なのだ。
才能というのは、固有スキルだけで、あとはその人のがんばり次第とホクトは認識した。
[使用通貨]
・この世界は、物々交換のほかに、通貨取引でモノやサービスの価値の交換を行う。
・通貨の単位はMel。1Mel は鉄貨1枚に相当
・通貨は硬貨のみ存在して、紙幣は存在しない。
・通貨の種類は、白金貨/大金貨/金貨/銀貨/銅貨/鉄貨である。
・それぞれの換算値は、
鉄貨10枚 → 銅貨1枚
銅貨10枚 → 銀貨1枚
銀貨100枚 → 金貨1枚
金貨10枚 → 大金貨1枚
大金貨100枚 → 白金貨1枚
・通貨は、国による違いは存在しないが、場所によって価値の違いは存在する。
貨幣について換算方法はわかったが、それだけでは今持っている金額が高いのか安いのかよくわからない。
価値を知るためには、やはり近くの村とかで使ってみるしかなかろうとホクトは思う。
もちろん夢の中の話と思っているので、そんな基準があるかどうかもあやしかったが。
[時間と暦]
・ネオアンバー・ソメイユワールドの時間は、地球と同じ60進数の24時間制である。
・ネオアンバー・ソメイユワールドの暦は、480日を1年とする。月という区切りではなく、40日を1区切りとする期で換算する。1年は12期となる。
・年号は「ローレル」とよばれ、この世界が始まって以来変化していない。原初の民族が決めた方法を、ずっと使用している。
なるほど、1日は地球と同じで1年は地球より長いと思っておけばよいのか、とホクト。
となると、ステータスに表されていた「R216.4.7」は、「ローレル214年4期7日」となるのかと、ホクトは認識できた。
[ログアウト]
・ログアウト操作は、文字通りこの世界から離脱することをさす。
・ログアウト中のネオアンバー・ソメイユワールド界の時間は、完全に停止する。
・ログアウト時にかぎらず、常時自動的に状態をセーブしているため、ユーザーは保存を気にすることなくログアウト可能である。
セーブが自動的ということは、やり直しがきかないということである。
死んだ場合はどうなるか、今の時点ではまったく情報がたりない。
もちろん夢でなければの話ではあるが。
まだまだ項目は、詳細多岐にわたりあったが、きりがないので、いったんやめる。