サイドA-12 猫が猫人になる
実体化した猫の人は、ただホクトを見つめ続けた。
小柄ながら凛としたたたずまいは、研ぎ澄まされたナイフのように鋭利でスキのない雰囲気を醸し出していた。
ピクリとも動かないそのは、でも人形ではない証拠に、時々瞬きをして生きているのをアピールしていた。
「えーと、君はその、ミヤビちゃん? 僕の言葉の意味わかる?」
猫人は、かすかにこくりとうなずいた。
簡潔すぎる反応に、ホクトも二の句がつけない。緊迫した雰囲気が続いた。
「あの、言葉はしゃべれるのかな? しゃべれたら答えてほしいんだけど....」
「ミヤビ、しゃべれる、ホクト」
初めて発した声は、しっかりとした発音の言葉であった。獣人だから何か独特の癖でもあるかと思ったホクトであったが、予想は外れて普通の発音の言葉だった。
声も女性の声で、ホクトの知る人間の発音と全く変わらない、普通のセリフだった。
「えーと、どうしよう。その君は、僕の仕事を手伝ってもらえるのかな?」
猫人・ミヤビは、こくんとまた無言でうなずいた。
それ以上のリアクションはなく、ホクトだけ、気まずい状態が続いた。
★★★
ドドーンと大きな音をたてて、幹が3メートルはあろう大木が、数本立て続けに倒壊した。
「おおーすげー」
ホクトは、ミヤビから発せられた魔法の成果に。純粋に感嘆した。
それはホクトがリクエストして発動させた、ミヤビ固有スキルの次元魔法のひとつ『次元刃』であった。
『鑑定』で詳細に見たミヤビの固有スキル『次元魔法(極)』LvMAXのひとつを、森林の大木を使って威力を確認したかったのだ。
結果だけ見ると、ホクトの持つ『烈風刃』のように対象を魔法の刃によって断裂させる点は同じだが、ホクトの技が真空の刃によって断裂させるのに対し、ミヤビのそれは空間の断裂をもって行う。
また『烈風刃』が術者から風の軌跡として発せられるのに対し、『次元刃』は対象の直前で発現するため、気配を察することが難しくほとんど避けることができない点も異なる。
さらにミヤビによれば、気配を察して確認できる対象であれば、全方位で30ポイントまでは同時に発生対象とできるそうだ。
ホクトはミヤビに対して、『HELP』や『鑑定』では不明な点を、いちいち質問していた。
猫人・ミヤビは自分から何かをいうことは無かったが、質問されたことに対しては言葉少なではあるが回答し、リクエストしたスキルの行使についても実演して見せてくれた。
実際、ミヤビの次元魔法は群というだけあって、詳細にみると17もの詳細スキルがあった。
なかでもホクトが興味を持ったのが、『空間移動(近)』『転移』『次元魔刀』『次元刃』『時空部屋』『次元牢獄』『時空穴』『次元扉』『次元障壁』『八百万倉庫』であった。
『空間移動(近)』:目視できる地点に対して、パーティ単位で瞬間移動ができる能力。
『転移』:術者がマーキングした地点に対して、パーティ単位で瞬間移動ができる能力。
『次元魔刀』:次元刃と同等の能力をもつ刀を、最大2刀まで作り出す能力。
『時空穴』:壁などの厚みのある物質に、時間制限付きで移動可能な穴を開ける能力。流体およびダンジョン構成体には無効。
『次元部屋』:亜空間にスペースを作る能力。スペースは最大体育館程度まで確保可能。作られたスペースは、外部からの干渉をまったくうけない。術者がその地点を離れるまで、作ったスペースは持続する
『次元牢獄』:封印空間に生物を封印させる能力。術者が開封するまで持続する。封印空間の設置はどこでも可能だが最初に設置した位置からの移動は不可。
『時空扉』:術者がマーキングした2つの地点を、魔法の扉でつなぐ能力。設置した扉は術者が解除するか、術者の許容設置数を越えた場合に、古いものから解除される。
『次元障壁』:術者の前方に半ドーム状に展開される障壁。物理法則を完全に遮断するため、一切のダメージが相殺される。
『八百万倉庫』:ユニット式ストレージ(松)×10000の能力。維持MP必要なし
『転移』は、そのまんまゲームでよくある転移門と同じ能力だ。転移するためにはミヤビがパーティにいなくてはいけないという制約はあるが。
『時空穴』と『時空扉』は、ホクトが幼いころより見てきた日本でおなじみのロボットのあの道具『●●●●フープ』と『●●ドア』だろう。
『時空扉』は、一度設置したら術者が側にいなくてもずっと扉が消えず、使い続けられる点では異なるようだが。ミヤビに確認したところ、ミヤビの今の魔力量では最大15地点は設置可能だそうだ。
ミヤビと会話していろいろと探るうちに、ホクトはミヤビの存在のありようがなんとなく理解できた。
ミヤビは、ゲームでいうところのNPCなのだ。
アンバーワールドにあって実体で存在はするのだが、そのありようはまさしく意思を持たないNPCと同じなのだ。
指示をすれば従うし指示の範囲内で状況をみて行動もするが、自分で判断してなにか行動を開始するような対応はできないのだと、ホクトは理解した。
ゲームでよくある仲間にしたら後ろについてくる、自立での臨機応変さはないあのNPCなのだ。
その確たる証拠は、生物であるはずのミヤビをアイテム同様ホクトのストレージに格納できてしまう点にあった。
そう、生物なのにストレージにいれてしまえるのだ。
ただ、ホクトとしては疑問点ものこる。『HELP』には「指示による独自の判断での行動が、初期条件によって可能」とあったからだ。
それが指示した範囲での独自の判断なのか、ホクトの意図を組んで独自の判断で動けるのかがわからないし、条件によってという説明も、その条件が状況なのか経験なのかがさっぱりだ。
どちらにしても強大な戦力であることは間違いなく、『八百万倉庫』をつかった荷物運びとしても優秀なことから、同行させない手はなかった。
ホクトは手探りではあるが、少しづつ魔物狩に参加させ、ミヤビを危険にさらさないようにしながら、かつできる閾値を探っていった。
が、途中でそれが杞憂であることがだんだんとわかってきたホクトは、「あの魔物倒してこい」ぐらいの簡単な指示を出すだけになっていった。
なんせすべてのステータスがバカ高く、かつネコであるがゆえか敏捷性もとび抜けており、体術や剣技もMAX値まで行っているので、この森にいる魔物では、たとえそれが集団であろうとまったく勝負にならなかったのだ。
「察知した魔物は倒してよい」と指示を出すと、これもMAXに到達している「気配察知」で先行してしまい、あとを追って追いついたときには、大量の魔物をストレージに納めている場面ばかりで、ホクトの出番がまるでなくなってしまうので自分より前に出るのは指示があった時だけに変えたのだ。
魔物相手では、ベースとして素手で戦うことがないので、固有スキルの『秘拳「月夜見闇透拳」(皆伝)』はつかうところがなさそうなのだが、おそらく無手での対人戦になれば格闘王よろしく多人数相手でも無双してしまうのだろうと、ホクトでも予測できた。
ホクト的には、自身が楽しめる場面が少なくなった半面、パーティ登録あつかいなのかミヤビが倒した魔物の経験値がはいってくるため、レベルアップは一人でうろついているときよりも、はるかに早くなった。
ミヤビ自身はLv5000とはるか天井なため、レベルが上がるのがホクトに比べてすごく遅かったが、そもそもこれ以上あげる必要があるかも疑問だったため、経験値倍増の『クリプトンリング』をミヤビに分け与えることはしなかった。
★★★
ホクトは、ミヤビについてずっと心に引っかかっていることが、ひとつあった。
それは、現実世界で北斗は同姓同名の雌猫を1匹飼っていることだった。
名前は「雅」、ボンペイという真っ黒で精悍な品種の雌猫で、1年くらい前から北斗の部屋に同居している。
北斗は別段猫好きでもなく、ほとんど空けている家で動物を飼う予定は無かったのだが、姉が引っ越す際にペット禁止で飼えなくなったため、半ば押し付けられるように飼い始めたのがきっかけだった。
ミヤビは2歳と成年していたこともあり、猫は家に付くと聞いていたので、はじめは相当抵抗したのだが、強引な長女のおしつけと我儘、俺のところにいればいつでも会いにこれるという身勝手でお仕切られたのだった。
北斗の心配もむなしく、猫の方は飄々として戸惑うことなく、到着後から我が物顔で落ち着いてしまったので、それ以降同居しているというわけだ。
ネオアンバー・ソメイユワールドのミヤビについて最初は偶然なのか、北斗がそういう猫を飼っていたからミヤビを引き当てたのかの関連性の答えは無かったが、さりとてまったく関係がないとはいえない気がしていた。
きっかけが雅を飼っているからかの因果関係は不明だが、雅とネオアンバー・ソメイユワールドが関係があることは、とあるタイミングで唐突に判明した。
それはホクトがレベル1000に達したタイミングで起きた。
ホクトはミヤビと行動を共にするようになってから、素材収集を兼ねたレベル上げに傾倒していた。
ホクト単体の場合でも無双はしていたが、ミヤビがいることでそれはさらにランクが上がり、面白いようにレベルが上がるのと大量の素材がはいることが拍車をかけ、魔物狩り一辺倒でアンバーワールドでの日々を過ごすようになっていた。
ホクトのなかで少し狩りすぎて、魔物がいなくなってしまうのではとの危惧もなくは無かったが、魔の森ともいえる目の前の大森林が圧倒的すぎる魔力保有量のせいか、狩っても狩っても減る感覚がなかった。
行動範囲を少しづつ広げるうちに判明したのだが、ホクトの家を拠点に半径10キロ以内に、すくなくともオークやゴブリンの集落が大小合わせて40は存在していた。オークに関しては、オークキング率いる150体以上の集落もあったり、ゴブリンに関しては数えるのも放棄したくなるような大集落が、数多く点在しているのだ。
さすがファンタジー鉄板の繁殖旺盛王道魔物とホクトは感心したし、いかに自分が普通なら危ない地域に住んでいるかも理解した。
そんな勢力を歯牙にもかけないで制覇していく二人のパーティではあったが、ホクト自身に恐怖がなかったかといわれれば、そんなことはなく、ミヤビという背中を預けられる存在がいなければ、挑むことすらしなかったと思う。
現にオークキング率いる集落を攻略する際は、数だけでなくオークメイジ隊の遠距離火炎魔法やオークリーダたちの体躯に似合わぬ高スピード、極めつけがオークキング自体の巨躯と重パワーに寄るハルバートの攻撃であった。
オークキングは大きいなんてものではない、巨人であった。二階建ての家屋を頭一つ分越えているのだ。
現代人であるホクトにしてみれば少し馴れてきたとはいえ、ほかの大型魔物、例えばイビルボアなどでも、ステータスの高さで負けることはないとわかっていても内心臆することは無くなってはいない。
そんなオークキングでさえ、ステータス的にはいまのホクトの1/5にも満たないのは鑑定でわかっても、大きさに圧倒された。
顛末は、風系の魔法とミヤビの『次元刃』の多重攻撃で楽勝ではあったのだが、数メートルある両斧を自身で受けて立ち回る気には、なれなかった。
そんな日々を繰り返すことで、狩ったオークは千体以上、ゴブリンに関しては最低でも1万体以上狩ったころ、ホクトのレベルはついに1000を越えた。それでもミヤビと比べればまだまだ低いレベルではあるが、ステータスもそれなりに上がり、レベル500の頃よりも4倍程度にはなった。レベルに対してステータスの上がり方が高く、このペースでミヤビと同等のレベルになると、ステータスだけはミヤビを軽く超えることがよそうされたが、その原因はおそらくレベル1のときにアイテムを使って初期値をあげたせいだと判断した。
そして、レベル1000到達を機にいくつかのスキルチェインの追加と一つの固有スキルを、ホクトは獲得した。
その固有スキルとは『従者憑依』だ。
『従者憑依(Lv1)』 ホクトがアイテムとしてもつことが可能な仲間兼従者に、アンバーワールド以外の生命体を憑依させることが可能
(アンバーワールド以外の生物ってなんだ? 現実世界の生物のことか?)
ステータス画面から、そのスキルの使い方はわからなかった。いろいろ試行錯誤をしてみたが、スキル自体の発動はしなかった。
使い方もわからず日々を過ごすうちに、それは唐突におきた。
北斗は会社から帰宅後、いつもの通りのルーティンをこなしてから眠り、いつも通り眼前に展開される「つづきから」を操作した。
いつもならすぐ、あちらの世界でのつづきが唐突に始まるのだが、この日は別画面が続けて表示された。
「『従者憑依』が可能な生命体を検知しました。憑依実行しますか?「はい」「いいえ」」
北斗はすぐさま「はい」を選択する。
「憑依させるユニットと、生命体を選択してください」
表示された憑依先はケットシーのミヤビで、選択可能な生命は飼い猫の雅が表示されていた。
北斗は少し興奮しつつ、選択操作を実行した。
いつも通りネオアンバー・ソメイユワールドに移行し、いつも通り側にミヤビがいた。
そしてミヤビは、驚いたようにこちらを見つめていた。いつもの感情があるかどうかわからない眼ではなく、はっきりと驚愕がみてとれる見開いた眼であった。
「なんだ、ここは? というかなんであたいは喋れてるんだにゃ?」
ミヤビの第一声であった。




