サイドB-52 ダンジョン・リゾート
「まだ信じられません。ほんとうにここはダンジョンの中なのですか?」
ホテル二階のオーシャンビューができるレストランにて、全員でおなじ円卓を囲い夕食をとり始めた場で、カロンの第一声がそれであった。
まわりの人間も、ミヤビをのぞいてうんうんとうなづいている。
マルティの宿泊の宣言の後、どこからともなく表れたメイドに案内されて、サーマルス・ロードグループとサーフライト姉妹はそれぞれの部屋に案内された。
サーマルス・ロードグループは一番豪華な設定の従者部屋付きロイヤルスイートに、姉妹についても海がよく見える二人部屋のスイートに通された。
建物もさることながら、豪奢で広い部屋に案内されてそれだけで一同興奮していた。
天蓋のついた軽くて温かいかけ布団のついたキングスベッド、白磁や大理石で構成されたシャワー付きのバスルームに複数併設されているアメニティの充実している広い洗顔所、トイレはそれだけ個室で独立しており、リビングルームには魔物らしく皮でおおわれた黒光りするソファーが透明のリビングテーブルとともにこれまた刺繍のあざやかなふかふかの絨毯の上におかれている。
カエデ・ツバキはもちろんのこと、サーマルス・ロードの面々もこれまで泊ったことがない部屋の豪華さに圧巻された。
おそらくだが王族である二人にとっても、そこは贅をつくした部屋と認識できる北斗の凝りようであった。
もちろんこれらは北斗の持つサブ・キャラたちのスキルを存分に利用した品々であり、北斗自身も満足していた。
本日の夕食は、サーマルス・ロードの面々がお米を食べれるということだったので、旅館の夕食形式で展開した。
前菜の煮凝りからはじまり、高野豆腐とシイタケの煮物、海で取れた魚の塩焼き、コカトリスの身と銀杏がはいった茶碗蒸しに、マッドクラブサンドの身やクラーケンの足と野菜の天ぷら盛り合わせ、わかめの酢の物、ミディアムレアで焼いた亜竜の肉を薄切りにしたおつくりとご飯とお吸い物、大根で作った香の物に専用に作った透明瓶に入ったプリンがつけられていた。
おつくりはこの世界では生魚は抵抗がある人間が多いと思ったため、あえてお肉の焼いたもので代用していた。
あと一応手をつけるかどうかは別として、この世界で一番なじみが深そうなワインも用意してあった。
マルティは勧めてみたものの、食事と一緒に供されている水にも一同満足しており、全員手を付けなかった。
というか、ダンジョン内と聞いているため警戒して手を付ける気にならなかったのだと思う。
マルティ=北斗としては、ミネラル成分豊かな山の断層から湧き出ている水を魔法にて苦労して再現した特別性の水なので、それはそれで満足いく結果だった。
給仕は部屋案内同様、マリンブルーのメイド服を着た黒髪の少女がわきに控えていた。
名前をタウというこのダンジョン・リゾートを一人で管理している、マルティの作ったホムンクルスである。
戦闘というよりは家事全般に重きを置いて作成された個体の一人で、こことダンジョン・マスターであるエギルの補助としてこのダンジョン内に住んでいる。
給仕はもちろんそれなりな料理も作れるが、本日は貴人の来客とあってより専門的な料理ができるエギルの専用執事にあてているサブ・キャラのタクミにまかせていた。
タクミは最初は元来のスキルにて家具全般を作らせるためにエギルの側に置いているのだが、あとから習得させた調理系のスキルが高く、ちょっと特別なものが欲しい場合には、彼に任せるようにしていた。
「そうです。この建物に限らず、外の景色といい、普通に想像できる剣呑な場所であるダンジョンの常識から大きく外れております。魔物の気配もありませんし...だいいちダンジョンは異物、人であれ物であれ速度の違いはあっても生きているもの以外は吸収してまう性質があります。仮にこのような建物があったとしても、いつかは呑み込まれてしまうと思うのですが...」
「ああ、たしかにそのような性質がありますね、王女様。でも安心してください。この階層はその性質も魔物の存在もキャンセルされていますのでその心配はご無用です。まあ、おかげで散らかしたものまでそのまま残ってしまうので、掃除とかは必要ですが」
「キャンセルて、どういう仕組みなのですか?魔法ですか?錬金術ですか?あと、王女はやめてください。今まで通りネネでお願いします...」
なぜか最後のセリフだけ、彼女らしくなくしりすぼみだった。
「わかりました、ではネネ様で。仕組みですか?それはさすがに企業秘密、じゃなかったぼくらの秘密事項ということで、勘弁を。ネネ様のまねではないですが、この現象は魔法でも錬金術でもないことだけは明言しておきます」
困惑しているサーマルス・ロード一行とは別に、カエデとツバキにはなんとなく種がわかってしまっていた。
これはアースワンのダンジョンと同じ仕組みなのだ。
おそらくこのダンジョンにも、ミミコ同様ホクトたちの仲間がダンジョン・マスターとしてこのダンジョンを管理しているのだ、と想像できてしまった。
もちろん秘密事項と言われているので、ここでそれをお披露目するつもりがマルティにない以上、姉妹も黙っている。
かわりにカエデとツバキが口を開いた。
「王女さま...ネネ様。助言ですがマルティたちのやることにいちいち驚いていたら、体に毒ですよ。この連中は私たちの想像の外側を常に当たり前のようにやってしまう連中なので。ここ建物もそうですけど、先日の空飛ぶ馬車だって、この目の前の豪華な食事やすばらしいお部屋だって、普通に考えたらい異常です。非常識なんです。気にしないのが一番です」
「そうです。それにこのお肉のお作りやプリンおいしいですよ。せっかくの豪華な夕餉です。楽しんだ方が得ですよ。たぶん他のお料理もマルティさんなら作り置きしてあってお替り自由ではないかと。そうですよね?」
「たしかに。お肉や天ぷら、焼き魚の主菜とデザートは余分が特にたくさんあると思うので、欲しければ彼女、タウに申し出ください。すでになくなっているお肉とか、みなさんいかがですか?自慢の料理ですよ」
「では僕はいただこうかな。じつはもう少し食べたいなとおもっていたところだったんですよ。たぶんですけど、亜竜のお肉ですよね」
カロンが姉に割って入って、催促した。
ルーバートも同じくと声をあげる。
そんな二人に囲まれて、二人がそう言うならと、とネネも申し出て楽しい夕食時間が過ぎていった。
★★★
次の朝、量はともかく種類の多い朝食、トースト2枚にスクランブルエッグ、サラダにマロングラッセ、オーク肉とブラッディホーンブルの合い挽きソーセージにおなじくオーク肉のベーコン、オレンジ100パーセントジュースに新鮮で生クリーム成分の残った牛乳、生クリームのたっぷり乗った紅茶のシフォンケーキにコーヒーをとって、腹ごなしもそこそこに海岸へと繰り出した。
昨晩のうちに急遽作成した桟橋で少し沖の深い地点まで移動したのは、ここに来た目的、魔力炉解析をするための実物である船を浮かべるためだった。
「この深さで大丈夫ですか?」
「はい、これだけあれば十分です」
とネネは一人桟橋端まで移動して、手を空中で動かした。
すると虚空よりかいめんちょっと上空で、王女のいっていた三人が2週間海上で寝泊まりしながら移動できるくらいの、ちょっと大きめの船が出現し、落下の勢いでざぶんと並みを立てた。
海面ぎりぎりをねらって出してくれたのだろうが、それでも質量が大きい分落下で海の一部をおしのけて一旦沈んで浮かんだせいで、桟橋にいる連中はみな足を濡らされる程度には波の被害に遭った。
マルティとミヤビだけは素早く空中に飛ぶことで、ほとんど被害はなかったが。
「いや、思ったよりも大きい船ですね」
出現した船は全長約10メートル程度で、北斗が現実世界でよく知っている高級クルーザーの形をしていた。
洗練された流線型のフォルムに磨き上げられた船体、白く塗装されたそれは船首が長く高速に特化していることを表している。
長い船の頭にソファーのリビングと運転席、階段を下りて下層部にはベッドルームがあるのを、現代人の知識でマルティは一瞬で見抜いた。
(これはどう考えても、この世界のデザインではないな)
北斗は心の中でひとりごちる。
なぜならこの世界は基本帆船しか存在せず、それかがないことが決定的な違いであった。
「すごく奇麗な船ですね。なんというかスリムで美人です」
ツバキが思わず声をだして称賛した。
お世辞ではないことに、その場にいるほとんど初見の人間が、その感想をいだいていた。
北斗もその例外ではなく、車しか興味のなかった彼も、このような船を自分ように持ちたいとまで思い始めていた。
船が沖に流されないように簡易的に作った杭を係船柱にみたて、船に飛び移ったベールートが投げてよこしたのをカロンが結びつけた。
「ではさっそく解析したいので、乗り込んでよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
許可を得て一同は船に乗り込む。
寝泊りさえしなければ、7人乗るくらいではまったく手狭さを感じない船室の広さだ。
「魔力炉は船尾にあります」
「わかりました。より正確に解析したいので、船を動かして動力を生み出してもらえますか?」
マルティの要望に対して、ネネの指示のもとルーバートは運転席について、魔力炉を指導させた。
低い動力音が響いて船の背後に泡が立ち始める。
「この海はどのくらいある?」
「ダンジョン内の海なので、そこまではないですが、少なくとも壁までは10キロはありますよ」
「よし、わかった。2~3キロ程度走ってUターンする」
船を止めているロープを外しルーバートが推進力をあげると、船は乗っている人々が加速を感じる程度の速さで陸を離れだした。




