サイドB-44 空中飛行馬車
セント・ニコラス号は北斗がマルティの錬金術と魔術付与をもってして実験的に作り出した車両だ。
魔石を利用することによって、地表7000メートル上空を滑空できる飛行システムだ。
マルティ達には遠方への移動手段としてミヤビの空間転移魔法があるために、基本的に高速移動手段は必要ない。
だが空間転移魔法もストレージスキル同様、この世界ではレアなスキルだ。
仲間内以外であまり披露したくない事情がある。
となると仲間以外を伴った移動手段としては、陸上であればまずは馬車が想定された。
その解が先だって利用したクラウド・ゴーレムが牽引する高速馬車だ。
疲れをしらないハイパワーで高速移動化のクラウドが引く馬車は画期的ではあったが、やはり地面をはしることの速度限界に加え、街道の混雑状況や路面状況によって時間が左右されるのという足枷はあった。
マルティは次点の候補として空をとぶ旅客機を想定した。
物理現象を活用するよりは、この世界にふさわしく魔法による乗り物を作ろうと思い立ったのだが、これが意外と苦労する。
ジャンボ旅客機とまでは行かなくてもせめて馬車レベルのサイズでと検討するも、それでも空をとぶという属性をつけるのは北斗にあたえられたチートのすべてを活用しても、現実化するのが難しいと結論付けられた。
個体でとべるスキルをもつものはある。
それはいまのところサブ・キャラで2体、ゴーレムで1体だ。
飛行手段として活用する方法は、そのゴーレムについてはあった。
ただ、そのゴーレムは、北斗のもつアイテムのなかで最強のゴーレムで、その強さも大きさも群を抜いていた。
サイズはジャンボジェットどころか小さな街を覆いつくすほどであり、レベルはあのカスミでさえ抜いている。
顕現させれば目立つどころか災害対象に認定されてもおかしくなく、不用意にストレージから出して活用できる個体ではなかったので、そく却下した。
となると、自分たちの能力やスキルをうまく活用して実現するしかなく、いろいろと試行錯誤した結果がセント・ニコラス号でありヘラジカ・ゴーレムたちであった。
いろんなキャラのスキルやスキルチェインを調査した結果、空を飛ばせる付与スキルは見つからなかったが、組み合わせ技で実現できる方法を北斗は導き出した。
アイディアのもとは、現実世界で読んでいた異世界物の漫画だった。
使ったスキルは二つ。
摩擦係数を限りなくゼロにするフィールドを作り出す付与魔法と、こちらは戦闘用の盾等にも使うのだが魔法シールドのスキルだ。
ゴーレムには魔法シールドを発生させる付与、セント・ニコラス号には本体全部を防御するシールドに摩擦係数をゼロにするシールドを二重にかぶせて包み込むシールド付与をつけた。
どれも常時発生するパッシブスキルではなく、任意にオン/オフできる付与だ。
ゴーレムにつけた魔法シールド付与は瞬間的に足元にシールドを張り続ける機能をもつ。
魔法シールドの発生している時間は3秒程度で、それを連続して走行先に張り続けられる。
つまり、先頭2頭のゴーレムが、交互に走る先々に魔法シールドを地面に対して水平、または確度を上げ下げして張り続けることで一瞬だけ道ができ、その上をシールードが消える殺生の間に馬車で通り抜けるという手法だ。
セントニコラス号につけている防御及び摩擦係数ゼロ近似魔法は、外側はそのシールド場を抵抗なく通り過ぎるためと、内側は高度を上げた場合の気温や気圧の低下から室内の乗員をまもるためのものであった。
シールドの上を滑るように移動するため、車輪は移動中は基本的にはほとんど動かない。
6頭立てにしたのは、移動速度を上げるだけでなく、魔法シールドを水平に貼り続けるためのもしもの場合のためのバックアップとして二重に配置しているフェイルセーフ機構だ。
摩擦係数ゼロは、引き始めたら馬車の質量はともかく重量がほとんど無くなるだけでなく、低空での風による圧力を軽減するのにも役立っている。
現実世界の飛行機が空気抵抗がすくない高度ということで、約10000メートル以上をとぶのに対して低い高さをとぶので、それに比べたら空気抵抗は多い空域をとんでいるのだがこの摩擦係数ゼロフィールドのおかげで、前方からの風も地上7000メートルぐらいでは問題にならなかった。
高度を決める点で一番気にしたのは、地上から馬車が視認しにくいようにすることと、空を住処とする魔物類に遭遇しない高度を選定することだった。
この世界には意外と空をとべる魔物も多く、大樹海の上空ではその遭遇率もたかい。
だが地上7000メートルとなるととたんにその種類が激減する。
高度で遭遇する可能性のある魔物はいないわけではないが、種類が限られるため遭遇率はかなり低い。
「ちょっと、これひょっとして、どんでない?」
悲鳴に近い確認は、マルティたちのすぐ背後に座るカエデだ。
みなを代表しての質問だったが、その余裕はどこにもない。
「ああ、とんでるよ。というか走ってるんだけどね。ファーラン近くの森まで約2時間でつくよ」
「正気?空飛んでんのよ。そんな馬車がどこにあるのよ!!」
「どこにって、これがそうだよ」
「もーーそうじゃなくて、大丈夫なの、これ。落ちたりしない!ていうかどのぐらいの高さとんでるのよ!」
「ああ、高さね。もうすぐ7000メートルぐらい。えーと山でいうとグレートサウスマウンテンの高さを2倍にしたくらいかな。大丈夫、魔物に襲われたら保証の限りじゃないけど、この高度にほとんど魔物はいないんで」
「グレートサウスの二倍って...」
カエデはじめ聞こえた連中の顔が青くなる。
グレートサウスマウンテンとはノースランド連邦国で視認されている、もっとも高い山だ。
「そんな顔しなくったって魔石が切れない限り落ちないから大丈夫だよ。それに飛ぶのは初めてじゃないし」
「...ちなみにとぶのは何回目?」
「もう信用無いな。今日でとぶのは二回目だよ」
「お願いだから、地上に降りてーーー」
★★★
カエデを筆頭に乗客の要望むなしく、飛行は続行された。
慣性飛行高度になったので、船体は水平になり、前方には外の見える窓を通して青い空と下方に雲、ヘラジカ・ゴーレムたちの走る後ろ姿だけが見えていた。
窓がなく摩擦係数軽減の付与のため振動もほとんどないので、ほんとうに外は空中なのか室内にいる限りわかりずらく、若干落ち着いてきた乗客たちであったが、それでも足もとが壁一枚を挟んで何もない空間、それも落ちれば確実に死亡する高度と思い出すと、足から自然じわじわとした不快感が上がってきて、ぞっとするのだった。
「ほんとうに大丈夫なんでしょうね~」
「心配性だね。大丈夫だよ、障壁フィールド用の魔石が切れるか飛行系の魔物に襲われないがきりははね。この高度をこの速度でとべる魔物もそうそういないし」
「魔石は大丈夫なの?」
「往復3回分は仕込んでいるから問題ないよ。まあ、この飛行で大量に使うことには違いないけど」
飛ぶというより空中を走っているこの方法の唯一の欠点は、魔石を大量に消費してしまうということだった。
この二時間の飛行だけで、じつに中魔石100個、金貨にして3000枚も使ってしまう。
マルティたちは魔物を大量に狩っているので、魔石の消費については痛くも痒くもない量を保有しているが、換金した場合を想定するとなんだかもったいない。
(この効率の悪さだけは何ともできないんだよな。なにか効率をあげるは方法があるはずなんだけど...)
「マルティ、問題発生にゃ。前方に魔物の姿にゃ。たぶんロック鳥にゃ」
「えっ、まじか」
「こちらにまっすぐ飛んできてるにゃ。縄張り荒しとでも思われてるにゃ」
「うそ、やばいじゃない」
すぐ背後でカエデがひめいを上げる。
ロック鳥は高高度を飛ぶ超大型の魔物だ。
現実世界にも神話などで登場して、片足で牛をつれさる絵で表されることがある。
この馬車など正面からぶつかられれば、ひとたまりもないだろう。
カエデの声で緊急事態とわかった乗客の一部から、また悲鳴が上がる。
対してマルティはおちついたものだ。
「ロック鳥か、攻撃されたらひとたまりもないな...一応退避行動はとるけど、ミヤビ悪いけどあれ落とすのお願いできるか」
「しょうがないにゃ」
ミヤビは何気ないように立ち上がると、前方を見据えて
「すぐ帰ってくるにゃ」
と、皆の前から掻き消えた。
皆がミヤビが消えた席を眺めていると、前方に迫っていた点がぐらりと軌道を下に移動して、消えた。
「ただいまにゃ」
同時にミヤビが元居た場所に唐突に現れる。
「あいかわらずお見事」
「ど、どうやったんですか?」
興味本位からツバキがミヤビに問いかける。
「あのロック鳥の上に転移して、魔法で心臓を切り裂いただけにゃ」
ツバキはミヤビが見える範囲の点であれば、転移ができることを思い出していた。
心臓を切り裂いたのも、おそらく次元斬とかいう距離を無視した技で直接内臓を分断したのだろう。
「...消えましたよ、あの鳥」
「ここにゃ」
とストレージにいれたことをしめす。
二人の会話を全身耳にして聞いていた乗客は、偉業をちょっと散歩にでも行ったような感じで話す二人に、危機が去ったにもかかわらず冷や汗をかくのだった。
「やっぱり心臓にわるいわ。あんたら...」
カエデはあきらめたようにつぶやいた。




