サイドB-43 セント・ニコラス号
同行を申し込んだ行商人はジョージといった。
行商人らしく背荷物を背負ってはいるが、ストレージ持ちというこのなので、周囲にそのことがばれないようおそらくカムフラージュに持っているのだろう。
そのスキルのせいで彼がソロで行商人をやっているのかもしれなかった。
ストレージのスキルはこの世界では珍しいらしいので、本人の望む望まないにかかわらず悪用される場合が多いとホクトはまわりに聞いている。
現にミヤビのストレージスキルを当初ファーラーンで普通にしゃべっていた時期があり、その時でさえ総勢が少ないはずの村に滞在している冒険者たちからもそれ目当てにミヤビをパーティに入れようとする動きが多かった。
ノースランドという貴族がいない国にあっても、為政者や有力者がいないわけではなく、彼らにそのことが伝われば厄介ごとに巻き込まれる可能性が高いと踏んで、それ以降は進んで自分たちのストレージスキルを披露しないようにしている。
もっともそういうことを減らせるように、商会を大きくしたり冒険者ランクをあえてあげないようにして、影響力が及びにくい環境作りにいそしんでいるところもある。
「きみがジョージだね。今回は酒の席での約束とはいえ彼らの顔をたてて相乗りは許そうと思う。けどひとつだけ約束してほしい。馬車内で起きたことはうちの商人以外では話題に上げないということを」
マルティはいかにも商人然とした、愛想笑いを絶やさない男に対していう。
「口外しない、ですか?」
「そのかわり、といってはなんだけど君のスキルのとこも他では絶対にいわないから。あと亜種のドラゴンの背肉20キロもつけるんで。約束できるかな。もしずっと履行してくれるんであれば、今後もいい食材をやすく融通してあげるんで」
「亜竜の肉!!そんな高価なものを20キロ!へ、へい。約束いたします」
さらりと秘密であるはずのスキルのことを交換条件に持ち出したうえ、プラスで相手の得になる条件を提示する。
北斗が現実世界でソフト会社関連にやってきた、あいての弱みを許容すると同時にうまみもあたえて篭絡する、商人というよりはマネージャーのやり方で対応した。
もっともあいてはこの世界の住人で、しかもソロの商人であればずるがしこくなければやっていけないだろうから、本当に約束を守ってくれる保証はないだろうが、今後も何かしらの優遇を約束しておけば、聞いてくれる確度もあがるだろう。
「では出発ーー」
2頭のヘラジカ・ゴーレムに引かれた、ヒューマン9人に猫人1人をのせた藍色の飾りが鮮やかな魔道馬車は、ゆっくりと西の門をめざした。
★★★
アースワンからイオシスまでの旅程同様、マルティの操る馬車は通常の馬車の最高速度の2~3倍で走り続けた。
もっともこの国、ノースランド連邦国の首都からの道とあって、都市から出たしばらくは行きかう馬車もおおく、それほどのスピードを維持できるわけでもなかった。
それでも半日も走ると行きかう人々もへり、すれ違う馬車もまばらになってきた。
マルティはここで、すこし街道をはずれた森の中のややひらけた場所まで馬車を移動させ、乗客たちに休憩をつげる。
ふつうは馬の休憩でもう少しちょこちょことる必要があるのだが、疲れを知らぬゴーレム馬は気遣いが必要なく、むしろ乗っている人たちの休憩だった。
ただキャプテンシートの座り心地が、この世界の馬車のそれとくらべて高く、空腹と尿意以外に不便はなかった。
「ふつうの商隊では考えられねぇですが、おもわずグーグー寝ちまいました」
伸びをしながら降りてきた行商人があっけらかんと告白した。
「ここで昼食がてら休憩にします。今回は申し訳ないけど、メニューは作り置きのものとあったかいスープで勘弁ね」
マルティはミヤビにお願いして、ストレージから作り置きのおにぎり4種と、レッド・ブルと野菜の串焼き、スープの入った寸胴と容器を取り出した。
ミヤビのユニット式ストレージ(松)なので、どれも出来立てほやほやで、まだ温かい。
「これでさぁ、だんなと一緒に旅してて、一番の利点は」
行商人たちは、嬉しそうに遠慮なく並べられたおにぎりをぱくついていく。
魔の森の中の旅先で旅館でもないのに温かい食べ物を用意する酔狂は、そうそういないからだ。
「今回はおにぎりですか?中に入ってるのは魚の身に白いドレッシング?茶色い木くずのようなもの?黒い繊維にゴマ?黄緑の葉っぱを?」
「それは、大型の赤身の魚をゆでてマヨネーズと塩で合えたものに鰹節と呼ばれる白身魚を特殊な工程で燻蒸したものをけずって醤油とあえたものです。黒い繊維みたいなのはこれも海中に生える植物の茎をほして細切れにして醤油とゴマを足したものに、黄緑の葉っぱは、高菜と呼ばれる食用の葉を塩等でつけて刻んで油で軽く炒めたものです」
「醤油?マルティさんは醤油もご存じなんですね。これもわが国だけがつかう調味料かとおもってましたよ」
「醤油がカロンさんの国にもあるんですね。いやこの醤油、ほんとうに万能なんで、僕も多用させてもらってます」
何気ない会話をつづけて、みなが一様に食事についたところで、マルティはミヤビをつれて馬車までもどる。
そこでミヤビに合図すると、虚空よりヘラジカタイプのゴーレムが4体出現した。
マルティはそれを馬車の前に行くよう指示し、配置についたところであらかじめ仕込んでいた、引き手棒を伸ばしつなぐことで配置させた。
馬車はこれで6体のヘラジカに引かれることになる。
皆が食事がてら興味深そうに見守る中、マルティはもともと引いていた二頭から手綱も外した。
「なんで6頭にふやしたの?手綱は付け足すならわかるけど、なんではずしたん?」
カエデがよってきて不思議そうに尋ねる。
「もともと手綱はゴーレムだから必要ないっちゃないんだ。ただあったほうがより細かい指示ができるからそうしていただけでね。あと外見は似てるけどあとから足した4頭は能力がちょっと違うんだ。今からスピードを上げるためにね」
「スピードをあげるってあんた、今でも十分早いじゃん」
「うん、でも街道ではいつでも最高速度を出せるわけじゃないから、このペースで走っても途中のミュートラムまで1週間はかかってしまうからね」
ミュートラムとは、ファーラーンの南部にある、この国有数の港町だ。
「いや1週間でも十分はやいから。なんでそんなに急ぐ必要があるの?」
「それはね、いろいろ君たちに早く見せたいからさ」
「なにをよ?」
「それはついてのお楽しみ」
「飽きれた。またそれなの」
「まあそういうなって。それにほら彼らなんだけど」
と、目線でサーマルス・ロードの三人さす。
「かれらの売りたいものにも興味があってね。たぶんだけどファーラーンにつけばそれを知ることができると思うんだ」
「ふーん」
カエデには、三人の「売りたいもの」にあまり興味がないようで、空返事だ。
「とにかく、方針がきまったらいろいろスピードアップして片づけたいのは僕の性分だから、勘弁してくれ」
「いいけど、あんまし非常識はやめてね。それでなくてもいろいろ非常識につきあわされて、心労ぎみなんだから」
いや十分受け入れだしてるじゃん、と北斗は内心で突っ込みをいれるが、それを口に出すほど愚かではなかった。
こういう時の女性への反論はややこしい事態を招くことを、上の姉との経験で十分に積んでいた。
それに、この後すぐにその非常識につき合わせることになるので、ちょっと後ろめたさもあったがこの世界のチートでできる楽しみには変えられない。
食後の休憩を終えて、マルティは皆に再度出発のよびかけをし、一同は馬車内へと戻った。
6頭に増えたゴーレムについて口にはしなかったが、皆事象を知りたいと雰囲気がつげていた。
「あれ、なんであんたたちも車内に来るの?」
マルティとミヤビが、空いていた最前列の席に座ったのをみて、カエデが問いかける。
御者まで車内にいたのでは、誰が手綱をとるのかと言いかけて、その手綱はすべて取り去っていたことを思い出す。
馬車の前方、マルティたちの全面の壁に、なぜか6頭のゴーレムの背が見えていた。
そのさきにいままでのいた森の姿が映っている。
後付けで窓が空いたのかと思ったが、それにしては唐突に出現したのと、側面まで視界が広がっているので一同は不思議に思った。
「えーとみなさん、これからファーランに短距離で移動するための魔法を展開します。ちょっと混乱されるかもしれませんが、たったり暴れたりされると若干危険なので冷静に対応お願いします。あと、この魔法については極力お仲間等におはなししないよう願います」
「ちょっ、どういう....」
カエデが口を空けかけた瞬間、なにかの防御魔法が馬車全体を包んだ感じをうけた。
次の瞬間、6頭が走り出し席に押し付けられるような加速感を全身で感じる。
初動とはいえ、いままでよりもさらに早いと乗客たちは感じた。
と、一同はそれまで感じたことのない、浮遊感のようなものを感じる。
馬車の中も急角度で空に向かって傾斜する。
前面に見える景色も森のそれから青一色にかわった。
「なっ、なっ」
おのおのが感じたことのない圧力と傾斜を感じ、恐怖で席にしがみつく。
あるものは悲鳴をあげていたり、逆にこえを出せず正面をみすえた。
「みなさま、セント・ニコラス号へようこそ。数時間ですが快適な空の旅をお楽しみください」
乗客の恐怖とはうらはらに、涼しいマルティの声が室内に響いた。




