サイドB-42 新たな馬車だけど...
「マリアさん、みなさん、行ってきます。留守中家のことよろしくお願いします」
カエデは馬車側面の引き窓から、妹のツバキと一緒に顔を出して、メイド二人と庭師に対して別れの挨拶を送る。
涙ぐみながらご無事でと見送るメイド長のマリアに対して、アカーシャとゲオルクは複雑な表情を浮かべていた。
(この前と馬車が全然ちがった....)
姉妹二人がマルティたちを連れ添って帰宅した際は、狼型のゴーレムが引いていた20人はのれる大型の黒塗り馬車だったのが、今日迎えに来たそれは、その半分以下の車体に引き馬も別種のゴーレム馬が2頭立てであった。
引き馬のゴーレムは、フォルムからすると馬というよりも顔立ちや角の形態から鹿のようであった。
「また馬車が違ったわね」
「ほんに。いったいどれほどのアイテムを持っているやら...」
通常貴族はもとより裕福な商人でも、馬車などは標準的なものを2台ももっていればそれなりの規模や地位とみなされる。
冒険者でそれを持つ者がいるとしても、せいぜいが幌馬車か荷馬車で、簡単な構造のものが多い。
だがあのマルティたちは異なる。
前日の大型の黒い馬車といい、今日のものといい、特別に作られた定形外の馬車である。
引き馬にしてもフォルムからして定形外である。
これも前回の馬車同様、仲間内で作ったとマルティは説明していたが、サーフライト家に対して行った修復や改築の技術を考えると、見た目以上の何か機能や特性が確実に付与されていると考える方が妥当であった。
「いつも想定の先を行くことばかりじゃな」
「ええ」
馬車が見えなくなると、名残惜しそうに屋敷に戻ったマリアとは異なり、ふたりはしばらく馬車が消えていった門を眺めつつ次の言葉がないまま沈黙する。
「前日の前言は一部撤回じゃ。可能性ではなく彼らはわしらのことなど歯牙にもかけとらん。こちらの正体がばれているばれていないは相変わらずわからんが、どちらでも彼らにはよいと断言できる」
「...私も同感だわ」
それ以上の言葉が出ない二人は、もう考えても仕方ないとそれぞれのこの家での仕事に戻っていった。
★★★
「これ、絶対前の馬車よりお金かかっているでしょ。全然乗り心地が違うわよ」
飽きれるような声をマルティにかけるカエデの横で、ツバキが同意ですとばかりに首を盾にぶんぶんふっている。
馬車内には出入り口ドア付近をのぞいて真ん中の通路をはさんで左右に2席が3列の14席に、さらに最前列にこれも形状のことなる席が2席の計16席構成となっている。
姉妹が室内に入ってまず驚いたのはその席ひとつひとつが独立した皮張りの超豪華な代物だったことだ。
この世界にはないが、現実世界でいうところのキャプテンシートと呼ばれる類の席で、ヘッドレストにアームレスト、オットマンにリクライニング機構もついた一人かけのラグジュアリーシートである。
驚いたのはそれだけではない。
一つ一つの席が大きいので、どう見ても外観で見る馬車の横幅にくらべて室内のそれが長く、縦方向にしても奥行が深い。
馬車の一番背後に荷物置き用のスペースもあるため、ちょっと広いのではなく、少なく見積もっても2倍は広い。
ツバキがそのことを不思議に思い、素直にマルティに聞くと
「これね。この馬車自体が魔道具で、室内空間拡張が施されているんだ。もっともこれはあくまでこの馬車の付属機能でしかないんでたいした仕掛けじゃないけど。後ろの席2列と最前列をのぞいて、空いているところに座って」
「これが話に聞いたことのある空間拡張ですか...」
ツバキは魔法の知識として特定の密閉空間を拡張する付与があるのは聞いたことがある。
主に貴族等の屋敷などで、秘密の部屋を作ったりする際に使われている高位魔術付与である。
常時発動の付与であるため、施す場合には相当の魔石と複雑な魔法式が必要とされ、しかも特定の魔法士の秘儀とされているので、一般に採用されている技術ではないはずであった。
この質問に対しても、マルティはやはりそれが得意な付与士が仲間にいるとだけ伝えるのみであった。
「ぜんぜん前の馬車と比べ物にならないくらい座り心地がいいんだけど。これは今回の旅が前より長くなるためにそうしたの?」
「いや、そういうことではなくて別の理由なんだけど。今回はそれほど旅程に時間もかけたくないし...まあこの都市を出てからのお楽しみということで」
「またそのパータンなの?本当の仲間じゃなかったっけ、うちら」
「後ろを空けておいてということは、また同行者がいらっしゃるのですか?」
「ああ、また知古の商会に頼まれてね。ほら例の双子の姉弟と騎士さんだよ。この前とは違うけど商人さんも二人お願いされている」
「今回もまた運賃無料なんだ」
「まあね」
マルティ=ホクトはそのやり取りではないのだが、商会でのことを思い出す。
あのサーマルス・ロード王国出身という不思議な雰囲気をもった姉弟と騎士について、商会によって副代表にヒヤリングしたのだが、あまり情報を聞き出すことができなかった。
というのもこの副代表はホクトの多重自我が務める代表者のオリョウとはことなり、この世界の人間をオリョウが抜擢・育成していたため、マルティの存在を「代表の親しく付き合っている友人で優遇すべき対象」とはおもっているが、「商会の秘密に関してもすべて話してよい人物」とは認識していないため、商売上の秘密に当たる今回の姉妹との商談内容についてはまったく吐露してくれなかったのだ。
この副代表兼イオシス支店店長の人物も本当の仲間に入れるか入れないかの議論の末、外していたのが仇となってしまった形だった。
ただ分かったこともあって、こちらの支店では姉妹の要望にかなう結果は得られず、副代表の判断でファーラーンの本店であれば彼らの要望にかなう商談がかのうではないかとなり、結果マルティにまた搬送をお願いされることとなった。
マルティ=ホクトとしては、せっかく姉妹を身内にすると決めたので、ここでミヤビの空間転移術でいっきにファーラーンにとびたかったのだが、心ならず随伴者が発生してしまったので、あまりうれしい状況ではないのだが、反面あの姉妹の売りたいものも気になっていたので、しょうがないかという気にもなった。
だがせっかく空間転移以外での移動を強いられるのだからと、ホクト本人の遊び心がここでも発生して、実験的に作っている魔道具を使ってちょっと特殊な移動手段を披露しようかともおもい、今回の馬車を選択した。
副代表に指定された宿屋につくと、例の三人組に顔なじみの行商人二人が宿屋前で待っていた。
「また御厄介になるようで、申し訳ないです。自力で移動するつもりだったんですが、副代表さんが安全で早いこと請け合いだから是非にということで押し切られちゃいました」
双子の弟カロンが微笑みを絶やさず、それでいて申し訳なさそうにマルティに話した。
姉のネネと従者件保護者のルーバートがその背後で、申し訳程度に同じように会釈する。
「いえいえ、他にもあのお二方も頼まれていたので、まあついでですので大丈夫ですよ」
「そういっていただけると、助かります」
「それにしてもまた違う馬車に、引き馬用ゴーレムですか。ほんとうにいろいろお持ちなんですね。前のよりは小さいですが、作りがやっぱり豪華ですね。ゴーレムは鹿タイプかな?」
「ヘラジカという希少種の鹿を模したものです。見た目豪華ですが、中に入るともっと驚かれますよ」
おそらくこの世界にヘラジカはいないだろうと思いつつ、マルティはさらりと説明した。
鹿はいるので似たような角を持つ種類もいるだろう。
早速馬車内にサーマルス・ロードの三人を案内すると、姉妹と同様の驚きと質問をして、マルティも丁寧に答える。
「マルティ、問題にゃ」
ミヤビが背後から声をかける。
きけば行商人がもう一人知人ものせていってはくれないかといってきたのだ。
前回であれば二つ返事で了承するのだが、この馬車を使うに当たっては少し問題があった。
カエデ・ツバキと再会の挨拶をしているカロンたちを残して、マルティは社外で待つ顔なじみの行商人に声をかける。
「どういうこと?」
「いや、だんなすまねえ。一緒に乗せてほしいのはあいつなんですが...ちょくちょく商隊なんかで一緒になる奴で、たまたま昨夜再会して一杯やってるときに、明日からファーラーンに行くことや快適な旅なんてことを話したら、じつは自分もファーラーンに行く用事があるとかで、なんなら自分も乗せていってくれないかと頼まれちまって...その酔った勢いで、ああまかせとけなんておおみえきっちまったんで...」
「はぁー、あのさいつも便乗せるときにそういうことは商会以外ではなるべく口外しないようにいってるじゃん。特別秘密にする必要もないけどさ、うわさが広まって毎回大量に俺も俺もとかいう商人がきたら、もう誰ものせられなくなるよ。君たちも特別扱いできなくなるんだけど」
「いや、めんぼくねえ。...そのなんだ、今回だけはどうにかできないか?」
行商人の男は小さくなりながらも、お願いしてくる。
「どういう人なの?少なくとも『カメヤマシャチュウ』関係の商人じゃないよね」
「へえ、そうなんですが、『カメヤマシャチュウ』とはまったく関係なくもなくて、飛び込みですが商会の商品を買い込んで、地方を回っている奴なんですわ」
「単独の商人なの?」
ここで行商の男は声をひそめて、マルティにささやく。
「あんまり大きな声じゃ言えないですが、あいつストレージもちらしいんですわ。そこに大量に買い込んだ商品をもって、過疎の村を回ってるらしいんですわ」
マルティ達には普通のことだが、ストレージ持ちは珍しく貴重で、ある意味取り込まれる人材としては実力がない人間は、囲い込みなどで自分の意図せぬ境遇におちいることがあり、秘密にしているものが多い。
それがわかっているから、自分では言わない場合が多いが、それでもなんとなく付き合いの多い人間にはばれてしまうらしい。
「どうですかね、今回だけということで...」




