サイドA-46 商会への野望
「商会?商売を始めるってこと。あんたそんな経験全然ないじゃん」
純粋な技術職の弟に、香澄は突っ込む。
香澄も仕事柄対人関係の経験があるが、あくまでマネージする側の人間であって、物を購入してもらうというお客の対応はしたことはない。
しいていえば社外クライアントが発生する場合がそれにあたるが、基本自社製品開発がメインの会社なので、まれに請われて行う程度でとても接客に近いとも思えず、理系の自分たちにそういう商売はできそうに思えなかった。
弟は簡単に考えているようだが、物が大量にあるからといって、店頭に商品を置いておいて客が来て購入してもらえば済むという単純なものともおもえなかった。
「ないよ。でもたぶん大丈夫なんじゃないかなと思っている」
「なんなの、その自信は。私はそんな簡単な話ではないとおもうけど」
自信満々の弟に、香澄はややあきれる。
「まあ、軌道に乗るまでは簡単じゃないだろうね。だけどさこの世界の今の現状なら、たぶん可能と思っているんだ」
「どうしてこのいまの世界なら可能なのよ」
「それはね、お金というシステムはあるけど、それをフルに生かした国単位での産業がまだまだ発達していないからさ。もっと簡単に言うと物自体が少ないんだ」
魔物を狩ることで素材や肉は確保でき、薬の原料も森に行けば手に入れられる。
ただどちらも獲得できる量が安定しておらず、取り手側の数も状況によってまちまちである。
かといって畑を増やそうとしても魔の森に常に浸食されているこの国では、耕作面積は微々たるもので、耕したところで魔物の脅威からの対策もしなければならないため二重の苦労があり、どうしても農民の数が増えていかない。
「ちょっと調べただけだけど、この国は主食である大麦/小麦とジャガイモの大部分を他国からの輸入に頼っているみたい。その輸入分を賄うだけでも、十分商売になるとおもっている」
「いや、そうかもしれないけど、そういう販路ができているのに、自前で商売を始めるということは、それらをつぶすということにもなるぞ」
「それはしょうがないけど、まあ気長に徐々に行って浸透させることで、そこらへんは勘弁してもらうよ。それに都合がよいことに、このダンジョンの外の村は、辺境の最北端ということで冒険者ギルド支部はあるけど、それ以外はしょぼい村でね。純粋な人口も少ないうえに販売店らしいものも雑貨屋がひとつで、飲食店について言えば外部から来た冒険者用の宿にしかないと来ている。ライバルも少ないんだ」
「飲食店て、あんた料理屋でも始めるんかい」
「うん、それ用の料理スキルなんてもんがあるからね。自分で行わなくても、サブ・キャラでこなせそうだし。加えてこの世界には衛生面なんて言葉もないから、食中毒があったとしても保健所なんて組織がないんで監視もされていないし、最悪解毒ポーションという逃げ道もあるしね」
建設的なようで、内容としてはひどい話をしているなと香澄はおもった。
「とにかくね、お金儲けももちろんだけど、せっかく作った現実世界のおいしい物を、もっといっぱいの人に広げたいんだ。そのうえで相乗効果としてこの村が発展すればよいし、人口も増えていけばいいなとおもっている。まだいってなかったけど、この第79階層の山間のほうには鉱山もたくさん設定してあるんで、鉄、魔鉄、銅、銀、金、ミスリルなんかも大量にとれるようになっている。使用魔力が多すぎるんで割合としてはちょっとだけどアダマンタイトやヒヒイロカネなんかもとれるようにしてあるんで、これらを使った剣や鎧、鍋やフライパンなんかも商売にできると思っているしね」
北斗は姉に対して、眼をキラキラさせながら熱弁する。
姉は弟が都市育成シミュレーションは苦手でも、こんな風に物や建物を増やしていくことで都市をクラフトしていくという面においては、まさしく彼の十八番だなと感じた。
でなければ、ここまで熱は発生しないだろう。
「さいわいダンジョンができたことで、訪れる冒険者の数も年々増えてきてるし、それを賄うためリ商売人や宿泊施設も大きくなってきてるんで、徐々にだけど村が大きくなってきてる。全体としてものが足りていないから、今がチャンスといえばチャンスなんだ。まあ店舗はともかく、まずは露店とかから始めるつもり」
「まあ、そう思うんならやってみればいいと思うけど。失敗しても今のあんたは痛くもかゆくもないだろうし。でもね~」
カスミは大きくため息をつく。
「でもそれだと、あたしの活躍できる場はすくないね。外部の人間にわたしは合わせたくないという要望で、活動範囲はダンジョン内の奥に限られるだろうし、まあ第19階層ではそれなりに楽しめるだろうけど、そればっかりていうのはね。かといってクラフトの部分ではあたしはあんまし興味はないし、農作業や商業なんかもする気もないし。それをやっちゃうと、現実と変わんなくてちょっとこの世界にいる意味なさそうだし」
香澄は自分が田んぼで稲刈りや麦刈りをしている姿を想像して打ち消す。
梨狩りやブドウ狩りは少し楽しめそうだけど、それもこの世界にいなくても現実世界でできる。
いや、際限なくとれるイチゴ刈りとかちょっと楽しいかも....。
「それなんだけどさ、香澄姉にはお願いしたいことがある。というかずっとカスミキャラを引き当てた時点から考えていたことなんだけど」
「なによ、それは」
「大樹海とダンジョンの攻略を手伝ってほしいんだ」
北斗はファーラーン・ダンジョンをみつけて攻略した時からずっと考えていた。
(ダンジョン攻略は楽しい)
この世界に来て魔物を狩る、魔法を使う、農耕ができる、錬金でいろいろな魔道具が作れる、鍛冶ができる、食事や家具、建物などのクラフトができるといろいろできるようになり、とても楽しいのだが、よくよく考えてみたらそれは能力があるだけではたりず、舞台が整っているからこそできていることに最近気が付いた。
その舞台のメインが大樹海でありダンジョンであった。
この大陸は、9割近い土地をファランドール大樹海とベルゼ大樹海が占めている。
人間がすんでいる生活圏など、海沿いかちょっとひらけた盆地程度である。
それはつまり、魔力を常時吐き出している部分が多いだけでなく、その濃さも森の深さに比例するから、魔物もバンバン吐き出されていて余計に人間が圧迫されている。
ファランドール大樹海は比較的人間が開拓して住みついているが、ベルゼ大樹海については大陸の東部半分以上を占めていて、手つかずに近い。
「つまり、たぶんだけどベルゼ大樹海には人はいないんだ。ぼくらの想像以上に魔物の巣窟だと思う。そしてということはまだ見つかっていないダンジョンなんかも2~3個あってもおかしくないかなとも思ってる」
「つまりあんたは私に、そのダンジョン探しをしてほしいといってるんだね」
ベルゼ大樹海が手つかずということは、そこでスーパー・ハイエルフのカスミが活躍しても、誰の目にもとまらないということだ。
しかも彼女なら単身でも、魔物のわんさかといる樹海でも、物ともしないと北斗は考えた。
「じつはすこしづつだけど、僕の多重自我で憑依させたサブ・キャラと他数名の意思のないサブ・キャラでベルゼ大樹海を攻略はし始めているんだ。でも森は思った以上に深くて、手を焼いている」
樹海は深く長寿の大木が多いため、根が地面をはり伸ばしていて平面な地面がほとんどない。
そのため敏捷性をほこるミヤビとホクトにしても、一日探索できる範囲がせいぜい直線距離で10キロメートル程度なのに対して、大陸は縦横3千キロ程度あるため、まったく進んでいないといってもよかった。
「なのでこちらに来る時だけでいいんで、ダンジョン捜索おねがいします。当然ダンジョンが見つかったら攻略は一緒に行うし、補助用のサブ・キャラや移動に便利そうな騎獣ゴーレムもつけるんで」
「冒険できるなら願ったりだけど、あんたはそれでいいの?ダンジョン攻略だけで。本当は探索も自分でやりたいんでしょ?」
「いやもちろん僕の多重自我で活動しているマルティ、さっき言った錬金術師だけど、それは続ける。いってるのはもう一つカスミグループを作って、効率を上げるために2グループで行いたいということ」
「ああ、そういうことね」
いまのマルティグループだけでは、砂漠の砂粒とまではいかなくても、ダンジョンを見つけるのには、相当な幸運が必要だと北斗はおもっている。カスミ姉が手分けして探してくれても、それはほんの少し確率が上がるだけだろう。
(まあでも、ダンジョンの奥でくすぶってるよりは、カスミ姉も楽しいだろうしいいか。でもそうなるとな...)
北斗にはそれを行うにあたって、ひとつだけ課題をクリアしなくてはならなかった。
その課題はクリアしなくても、何とかはなるが効率が全然異なる。
(どうしよう...雅が嫌がるかもしれないけど、絶対その方がいいしな)
ひとり頭を悩ませる北斗であった。




