サイドA-44 酪農フィールド階層
「見える範囲は平地だけど、ここから見える後方は標高を300メートルほど上げてあって、奥のほうには鉱石採掘用の岩石地帯にしてある。気候も奥のほうは変えてあって定期的に雪なんかも降らしているんだ。寒いところで育つ農作物もあるからね」
カスミは出てきた洞窟の背後を確認する。
なるほど、いま出てきた洞窟とよりもさらに高そうな山らしきものも、はるか遠方にみえ、なだらかだが上り斜面がずっと続いている。
こちらも眼下の平地ほどではないが、区画整理されている畑が広がっている。
「当初この階層もダンジョンフィールドだったんだけど、エギルをダンジョン・マスターに就任させて以降に大改造したんだ。まず第6階層~第19階層とおなじようなフィールドタイプに変更した。第19階層とこの階層だけは特別に広くしたんだ。半径約100キロの円形につくってある」
カスミはそれだけの情報でも舌を巻く。
半径100キロメートルというと東京を起点とすれば北は宇都宮、西は甲府や伊豆半島の上部まで到達し、千葉に至っては丸ごと入ってしまう。
「さらにこの階層は、高地と平野を作りたかったんで、総面積の1/5だけ高地にして、一番高い山、ダンジョンの壁近くになるんだけど1800メートル級のものを配置している」
日本の最高峰とまではいかないが、富士山の半分はあるわけだ。なかなかの高さとカスミは感じた。
「高地を仮想的に北に設定して西側に最大深度300メートルの海、それ以外は多少の丘や小山を配置しての川と平野を設置。気候は平地は秋、高地は冬に設定して雨なんかも定期的に降らしている。雪解け水ができないんで、そこらへんは水源をあちこちに設定する必要があったけど、水も豊富に尽きないような工夫をしている。といっても当初思ったよりも相当広かったんで、手が付いているのは全体の10パーセントくらいかな~。もっといろいろしたいんだけど」
とんでもないフィールドメイク情報をしゃあしゃあとほざく弟に対して、感心するどころかあきれてしまう。
「つまりなんだ、この第79階層はおまえの趣味、生産系を100パーセント楽しむための専用フィールドということか?」
「そうだね、すごいでしょ?まだまだやること山積みで、全然進んではいないけど」
「はぁ~、見えている範囲だけでも十分すごいと思うが」
ホクトはミヤビに合図して、眼下100メートルの平地に短距離転移を三人で行う。
目の前はいきなり林が広がっており、木々には見覚えのある果物、ビワが鈴なりに生っていた。
林には、ところどころこぶし大の羽虫のようなゴーレム、カスミの感覚ではロボットなのだが、が飛び回り木々についたビワを選別しつつ収穫している。
「この国では馴染みない果物なんであまり需要がなさそうなんで俺たち専用なんだけど。出荷とかの縛りがないんで、形の良いものだけを選別して収穫してるんだ」
「需要がないって...だとしたらこのペースで収穫しても相当あまってしまうんじゃないのか?」
「そこは、それ。時間経過なしのストレージがあるから。ダンジョンの特性を生かして腐りにくくはしてあるけど、生えたままだと時間経過はないわけではないんで、熟しすぎちゃうしね。これら食べる鳥もこの階層にはいないし」
「ストレージか...」
ダンジョンの特性という言葉が引っかかった香澄であったが、とりあえずそこはスルーして収穫の様子を眺めつつ、ホクトとミヤビにしたがって森を抜ける。
森を抜け平原になったところを石畳で形成された道に沿っていくこと百メータで畑になった。
文字通り見渡す限りである。
青々と生い茂っている畑もあれば何もない畑もあるが、近くで観察すると小さな芽がででいるところがほとんどで、何も植えていない畑は内容であった。
「ここからしばらくはジャガイモとサツマイモ、ヤマトイモにトウモロコシなどの炭水化物系が植えられている。一番割合が多いのはジャガイモとトウモロコシだけど。一口にジャガイモといっても、種類がたくさんあるんでそれで面積が大きくなっていることもあるんだけど」
「ジャガイモの種類?男爵とメークィーンだけじゃなかったっけ?」
「まあ主流派そうだけど、生産者にそれ言ったら笑われるよ。ここでその二種に加えてキタアカリ、とうや、ホッカイコガネ、インカのめざめ、はるかも作っている。いろいろ向いている料理があったりするんで」
「たしかにキタアカリぐらいはスーパーでもみかけるな。でもおまえそんなにジャガイモに詳しかったっけ?」
「このフロアのために勉強したんだよ。ジャガイモだけじゃなくて、米や麦、リンゴやイチゴ、梨にブドウ、みかんも調べて複数栽培している。例えば麦については大麦、小麦、ライ麦にエン麦の4種。一番需要のある大麦と小麦を割合高く栽培しているけど」
「へぇー」
北斗の話はさらにこだわりが高いらしい米や梨、イチゴにリンゴへと続く。
米は現在のところササニシキ(宮城)、コシヒカリ(新潟-魚沼)、あきたこまち(秋田)、ゆめぴりか(北海道)、ひとめぼれ(宮城)、つや姫(山形)、さがびより(佐賀)、ミルキークィーン(長野)の8種を作っているらしい。
梨は幸水、豊水、二十世紀と彩玉の4種、いちごはあまおう、あまりん、章姫、こいみのり、さがほのか、紅ほっぺ、パインベリーの7種、りんごはふじ、サンフジ、紅玉、ジョナゴールド、王林、シナノゴールドの7種らしい。
「果物でいえばあとはブドウに桃、みかんにオレンジ、洋ナシ、柿、いちじく、バナナ、ブルーベーリー、ブラッドベーリー、マンゴー、パイナップル、グレープフルーツ、メロン、スイカ、あけびにビワ、キウイといったところかな。種類が複数あるのもあるけど、これらはまあそこまで今は手が回っていない」
「外国ものも少ないな。パッションフルーツとはスターフルーツ、ドリアンなんてのも」
「それは俺が食べたことないから、無理かな」
「食べたことないから無理?」
香澄の最後の質問を無視して、炭水化物系畑をゆっくり抜けながら北斗はつづける。
入り口だけでもジャガイモ畑とトウモロコシ畑が永遠と続いている。
「やさいももちろんいろいろ栽培している。たまねぎ、にんじん、なす、トマト、ピーマン、きゅうり、キャベツ、レタス、サニーレタス、ほうれん草、白菜、大根、春菊、小松菜、三つ葉とか。あと砂糖のためのサトウキビや調味料用のレモン、しょうが、ゆず、すだち、ニンニク、赤唐辛子、胡椒、クミン、ウコン、バニラビーンズ、シナモンなんてのも。油用には菜種、ゴマ、オリーブなんかも。大豆は醤油や豆腐のために大量につくっているし、豆類だとあとは小豆やそらまめ、エンドウ豆とかかな」
「菜種?菜の花だろ?それも畑を作っているのか?」
「まあ、確かにきれいなんで、畑以外にも群生させたりしているけど」
ああはいっているが、おそらく隙間あらば菜の花をちりばめていることは、容易に想像できた。
あとは、もう聞いてられなかったが、キノコについてもいろいろ栽培しているらしい。
調味料の優である塩については大規模な塩田を海のそばに作っているらしく、そこも抜かりはなかった。
「それよりもさっきの話の続きなんだが、食べたことがないものは無理だといったよね。それはあちらの世界で食べたことがあるものは、こちらでも作れるということなのか?そもそも日本のいろんな産地の米を生産できているみたいだけど、この世界にないものをどうやって表現しているの?」
香澄のことばに、北斗は童顔のまさしく少年の笑顔でこたえる。
「いいところに気が付いたね。その通りでさっき色々いった米だってリンゴだって、イチゴだってこちらの世界にはそれほど種類があるわけではない。というかこちらではイチゴもリンゴも米も自然に生えてるものしかなくて、種類なんかも気にした人たちもいない。そもそも品種改良とかは縁のない世界だからね。だけどね、ここダンジョンではそれが意図的に作れるんだ」
「どういうこと?」
「この世界の僕だけがもつワールドスキル『多重自我』をもちいて、サブキャラの一人にダンジョン・マスターを任せていることは話したよね。ダンジョンマスターの能力として、魔力を用いてダンジョンを改変させたり増築したりしているんだけど、その能力のひとつには魔物生成や植物の生成なんかもあったりする。生成にはゲームのように選択リストみたいなものがあって、デフォルトで作れるものは決まっている。ただそれとは別にダンジョンマスターの想像力によって新たな魔物や生物、植物なんかもつくることも可能なんだ」
「それは北斗の想像力によるということなのね」
「そう、でねその能力を使って、ある程度のハイブリットな魔物、生成リストにあるものを組み合わせたりする事では成功したんだけど、いま話題に上っている米とかリンゴとイチゴは作り出すことができなかったんだ」
「それは北斗の想像力の問題なの?」
「それもあると思うんだけど、そもそも無から何かを作り出すには、表面的な情報だけでは無理で、もっと精緻な大量の情報量が必要なんだと、いろいろ試行錯誤した結果分かったんだ。なんでいっときは米とかリンゴとかはあきらめて、リストにある麦とか自然に生えている果物とかを作っていたんだ」
「でも、いまぱ作ってるよね。なにか方法が見つかったてこと?」
「うん、思いがけないタイミングと方法だったけどね」




