サイドC-20 このままだと戦争がはじまります
「おーい、そっちのお嬢さんは大丈夫か~」
けがをして動けなくなったテツガに回復呪文を唱えながら、カスミが気を失っているプラティアを介抱しているガガに声をかける。
下手をすると殺されていたかもしれないほどの術をかけられた側の人間とは思えないほどの、のんびりした口調であった。
「ああ、いつものことだ。じきに目は覚める」
圧倒的な差をさまざまと見せつけられて、ガガも戦意を喪失している。
まさかテツガや自分たちへの回復の気遣いをしてくれると思っていなかったため、余計に敵対する気は失せた。
ケガで気を失って自動的に竜化がとけたテツガは、カスミのヒールが効いたのか頭を振りながらもっさりと起き上がる。
カスミはガガのところまで来ると、上体をおこされているプラティアを確認する。
いつものごとく、下半身は魚体だ。
「あら、このこは陸上でもこんな風になるの?」
「あの魔法を使う場合だけだ」
ガガも素直に答える。
「意識が昏倒しているのは、極度の集中もあるけど、基本的には魔力枯渇みたいね」
カスミがプラティアを観察するようにみつめていると、その当人が意識もどったらしく、うっすらとめを開く。
が、目の前に自分の最高の術を指でつぶした人物が目の前にいると認識すると、ガガにしがみつく。
「うわ、なんでや。なんで無傷なんや。なんで術が発動せんかったんや」
「ああ、あれね。くらったら少し痛そうだったんで、つぶさせてもらったわ」
「つぶすとか、つぶせるわけあらへん。触れたもんはすべて異界に飛ばされるんやで。さわれるわけあらへんのや」
「でもつぶせたわよ」
事実にプラティアはそれ以上、言葉を続けられない。
「それよりもちょっといい、受け入れてね」
「受け入れる?なにを...」
次の瞬間、プラティアは空っぽに近い自身の魔力が、急激に充填されていくのを感じる。
どころかあふれても注がれ続けた。
「もおええ、もおええねん。やめて」
カスミの言う受け入れる、はこれのことだとプラティアは意識下で認識する。
拒否も何も、充填速度が早すぎて、拒否する暇もなかった。
怪訝そうに見つめるメンバーに、プラティアは自身の魔力が戦う前以上に復活していることを告げた。
「魔力付与っていうのかな?わたしの魔力をひとにわけてあげられるの。いまみたらそのお嬢さんさっきの魔法発動で魔力枯渇気味で苦しそうだったんで、私の魔力をちょっとわけてあげたの」
ちょっとって...、ガガたちは心の中でぼやく。
プラティアの魔力量は、メンバーのみならずフィオナ王国でも並ぶもののいない容量を誇っている。
それをあふれさせんばかりな与えときながら、ちょっとという表現は、どれだけ魔力があるのかと突っ込みたくなる。
「俺たち負けたのか?」
首をさすりながら合流したテツガがガガたちに問いかける。
ガガは、ああと短く答えて、それを受けたテツガはその場に座り込んだ。
「じゃあね。悪いけど前言通り記憶を消さしてもらって、第2階層に飛ばすわね。素直に帰ってくれなかったんでお土産はあげないけど。まあ第19階層でたっぷり素材はとれたわよね」
「まて、まってくれ」
なにかの術を行使しようとし始めたカスミに、ガガは必死に食い下がる。
「なに?往生際が悪い人はきらいよ」
「そうじゃない。聞いてくれ」
送り返されるのは確定としても、ガガも国王の密命があるので、どうしても何かしらの成果は必要だ。
記憶を消されたら、元もこもないのだが、そこで思いついた事があった。
「おれの正式な名前は、ガガーランド・ルクレール。今回は冒険者として潜っているが、こう見えて一応フィオナ王国の南方を任された貴族だ。今回は二つの目的でこのダンジョンに冒険者メンバーをともなって、遠路はるばる来た」
「あら、それはご苦労様。じゃあ始めるわよ」
「まてまて、普通はその理由をきくだろ」
「食べることと戦うこと以外興味ないのよ。私には関係なさそうだし」
「いいからしゃべらせてくれ。ここにきたのはひとつは純粋に他にはないおかしな特性をもつこのダンジョンを攻略してみたかったこと。もうひとつは国王の命令で、このダンジョンと『カメヤマシャチュウ』の関係を探ることだった。いま国ではこの商会について、いろいろ議論となっている」
にべもないカスミだったが、その言葉には少し興味を惹かれた。
「議論?なんで?ノースランド連邦ではなくて、どうしていち商会が国家内の議論になるの?」
「あんたがしっているかどうか不明だが、我が国はいまこの商会に直接的なダメージと将来的に侵略されるのではないかと本気で危惧している」
ガガはカスミに、主要生産・輸出分である小麦やより性能の良い魔道具を安価で大量に輸入されていること、さらには米などという麦と同等に主食になるものまで輸入され流行りだしていること、自国では絶対に作れない黒船なるものが大量のゴーレムを伴って上陸しているだけではなく、自国内に不明になっているが相当数のゴーレムたちが滞在している事実をあげた。
「あんたは知らないかもしれないが、もうそろそろかな、この国に我が国から大規模な公式使節団が来る。目的はノースランド連邦が『カメヤマシャチュウ』商会と結託して侵略しないよう、更なる講和条約をむすんでもらうためだ。だがもし主体が『カメヤマシャチュウ』で戦争を始めるとしたら、どのみちこの使節団の意味もないんで、そもそもの出所であろうと予想されるこのファーラーン・ダンジョンを俺たちが調べにきたと....」
ガガの説明は爆笑するカスミに最後まで言わせてもらえなかった。
ガガはカスミが笑う理由がわからず戸惑っている。
ひとしきり笑った後、カスミはあらためてガガたちに説明する。
「ああごめんなさい。その心配事がばかばかしすぎて、わらっちゃったわ。大丈夫、100パーセントの確信をもって、あなたの国をあいつは侵略したりしないから。まあ、多少の輸入物はがまんしてあげて。あれは好意の押し売りで、あなたたちの国にも豊かになってほしいだけだから」
「好意の押し売り?」
「そう、あいつは作るのが大好きだけど、作りすぎちゃって持てあましているのよ。まあお金を稼ぎたいのもちょっとはあると思うけど、基本は好意からだから、あなたたちの国を従属させる気なんてないから心配しないで。あいつ生産系は好きだけど、SLGは興味ないから」
「言っていることがよくわからんのだが?」
「わからなくて大丈夫。心配しないでかえって。じゃあ始めるわよ」
「ちょっとまってな、ねえさん」
再度記憶を消す魔術を発動させようとさせるカスミに、プラティアが待ったをかける。
「...ねえさん」
「記憶はどのあたりから消されるんどすか?」
「プラティア、なにを...」
「いいからリーダーはだまっといて。重要なことや。記憶を消されるとして、具体的にどこらから消されるんどすか?」
「一応、あなたたちががんばったヒュドラ戦の終わりまでは残しておくつもりだけど。そうすれば、記憶が消されても倒した反動で移動させられた、なんて一応のつじつま合わせができそうなんで。でもどうしてそれを聞くの?」
カスミの言葉にプラティアはハーと長い溜息をつく。
「それは非常に問題ですわ。仮にカスミ姉さんのいうように記憶をけされて追い返されたとします。そこで、まあ普通の冒険者であれば大量の素材や貴金属もとれたし、1月以上も冒険したから帰ろうとなると思います。けどリーダーは違いますんや。国王の命令もありますけど、自分の国のためこのダンジョンとその商会の関係を知らなあかんのですわ。そうするとどうなると思います?もう一回進もうと言い始めます。そりゃうちらもダンジョン攻略は好きどす。冒険者を好きでやっているわけですから。でもさすがにこんな長期で潜って、今回に限って言えばおなか一杯どす。これ以上は付き合いたくないですわ」
プラティアの言葉に、さもありなんとランとテツガがうんうんとうなづく。
「そないならへんように、最低限でもなんかしらの安心材料をもってかえらしてもらいたいんどすわ」
「それは俺からも頼む。プラティアのいうとおりで、じつはお宅らと『カメヤマシャチュウ』の関係も全くわかっておらず、成果といえばあんたのいう絶対大丈夫の言葉だけだ。もう一回ダンジョンを攻略するしないにしても、わからないことは疑心暗鬼をうみ、下手するとうちの国がノースランド連邦に戦争を吹っ掛けるかもしれん。そうなれば多くの資源と人命が危険にさらされてしまう。それを止めるためにはどうしても侵略されないという担保が必要になる。理解してほしい」
ガガはすべてを語ってはいない。
お互いの国で戦争をおこしてたくないのは事実だが、あの黒船やゴーレムの技術を自国のものにしたいのもまた事実だ。
自国の持たない技術、とくに軍事にかかわることは他国が占有しているのは、貴族の一員としては許しがたい。
だがそれを表面に出さず、情に訴える方がこのエルフには有効であろうと、ガガはふんだ。
実力は恐るべきものだが、なんとなくだ国家間のいやらしい策謀などとは縁がなく、同時に戦争などという血なまぐさい想定はできないだろうと踏んだのだった。
ガガの想定はぼぼあたっていた。
なんせ香澄は平和ボケしている日本人なのだから。
日本の利権にまみれている政治家であれば、ガガの隠している姑息な駆け引きも見抜けたろうが、香澄は良くも悪くも普通のサラリーマンであった。
「国家間の戦争か~。ちょっとそれは面倒ね。エギル、見てるんでしょ。あんたのやり始めたことが原因よ。なんとかしなさい」
カスミは突然空中に向かって話しかけた。
少しして、これまた唐突に先ほど消えた執事姿のエルフが出現した。
「カスミ様、主人が言うにはすぐには回答できないということで、とりあえずお客様たちを城に案内して待っていただきたいとのことでした」
「そういうことらしいわよ。わるいけど少し待ってもらえる。すくなくとも記憶をすぐには消されなさそうなので」
ガガたちもうなづくしかなかった。
この後タクミがストレージから出した引き馬のいない馬車に揺られて、10キロ先にあるという城まで案内された。




