サイドC-18 ダンジョン側の交渉人
ガガの心配をよそに、およそ規模も魔物のレベルも上がらぬ階層が、第40階層以降も続いた。
しいて変化を上げるとすれば、第50階層のフロアボスにオークキングとそれをとりまくオークリーダーやオークたちの集団で布陣されており、久々にガガたちの戦闘意欲に華をそえたこと、それ以降の層はオークやミノタウルスなど、肉系の素材がとれる魔物が復活したことなどである。
警戒は怠ってはいないものの、単調かつ順調に進んでいたため、物足りなさを感じてはいたもののそのまま最終階層までいけることを、確信し始めている一同であった。
そのため第78階層に出たとたん、いきなりフィールドタイプのダンジョンが復活したことに一同はおどろいたものだった。
第78階層は、前の階層から出てきた洞窟を形成する小さな岩山以外、見渡す限り土の平地が広がっており、それまでのフィールドダンジョンにあったような丘や森林、河や草原といったような景色がなく、空に擬態された天井が地平線で地面に一直線に交差していた。
「なんだここは?何にもねえぞ」
「見渡すがきりの平地ですね。魔物がいれば遠方でも見つけられそうですが、今のところ見える範囲では確認できませんね...リーダー、あそこ」
テツガと一緒にまわりを確認していたランが、左手を指した。
ガガたちから左方向に約100メートルのところに円形の机があり、日よけのためか青と白のパラソルが見えた。
見える限りでは二人いて一人は座り一人はその傍らに立っていた。
「誰かいるな...先客か?」
「いってみますか?」
認識できる限り人間型で魔物には見えない。
そもそも魔物は机やパラソルは使わないだろう。
ただ...
「こんなダンジョンの奥に人か?いや、ひょっとして魔族かもな」
「その可能性もありますな。でももし冒険者の方でしたら、この先の情報を教えてもらえるかもしれませんえ」
「そうだな...みないつでも戦えるようにしておけ。接触するぞ」
プラティアはメンバーに防御バフをかけつつ、自身の魔法の予備動作をする。
男三人は、剣をいつでも抜ける体制で、パラソルの方に近づいていった。
メンバーは近づくと、二人ともエルフの特徴を持っていることがわかりだした。
座っているのが女性のエルフで、もう一人は男性のエルフであった。
女性のエルフはガガたちに気が付いているらしく、ティーカップ片手に近づいてくるメンバーの方を見ていた。
どうやらこんなただっ広いところでお茶を楽しんでいるようだった。
女性のエルフは、胸当てやショルダーパットに加え腰に剣らしきものをさげ、それ以外はエルフの好む純白の貫頭衣を着ていた。
一方傍らに立つ男性のエルフは、なぜかタキシード姿でまるで女性エルフの給仕のように見えた。
声は女性エルフの方からかけてきた。
「こんにちは。お茶でもいかが?お茶菓子もあってよ」
女性は気軽に、ちょっと友達が遊びに来たような、そんな第一声を発した。
机には椅子がいつの間にか4つ増えていて、机の上にはお茶菓子と言われた茶色の円形のものが載せられた皿と、バラの絵柄が入った空のティーカップが4つおいてあった。
「こんにちは。お茶菓子は何どすか?」
「セサミン・クッキーよ。小麦と砂糖と卵とバターを使って作られた焼き菓子で、トッピングにゴマを使っているの。おいしいわよ。タクミ、お客様についであげて」
プラティアの問いかけにも朗らかに答え、傍らにいる男性エルフに給仕の指示をだす。
唖然とするガガたちの前で、湯気をあげる紅茶が男性エルフによってつがれた。
「そんじゃ、失礼しますわ」
「お、おい」
ガガの制止もきかず、プラティアがすたすたと座ってしまい、ばらく逡巡していたがテツガをのぞいて二人は、プラティアにならって恐る恐るすわった。
率先して座ったプラティアであったが、さすがにすぐ紅茶やクッキーに手をだせずにいると、
「大丈夫。毒やしびれ薬なんかはいってないわよ。信じにくいかもしれないけれど。おいしいわよ」
と、机のセサミン・クッキーを一枚取り上げると、ぱくりとやった。
「あんた、冒険者か?」
ガガの問いに、その女性エルフはニコリとし
「冒険者登録はしたことないのよ。本当はしたいんだけど、ちょっといろいろあってね」
「冒険者じゃない?ここまでは一人で潜ってきたのか?」
ガガの問いに、その女性エルフは別のことをしゃべりだす。
「あなたたちすごいわね。あの5頭のヒュドラを4人で倒しちゃうなんて。あんなややこしくてちょー長い第19層を制覇したのも称賛に値するわ。さすがフィオナ王国が誇るSランクパーティよね...って、ちょっと落ち着いて」
ガガたちの素性をさらりとはいた女性エルフの言葉でざっと緊張が武器に手をかけ立ち上がるメンバーたちに対し、女性エルフは体制をかえず座り続けている。
「話は最後まで聞くものよ。あたしはあなたたちを待ってたんだから」
「...まってた?」
「そうよ。最後のお願いのために。なんで待ってたか話すから、座らない?」
そういわれたが、座るメンバーは今回はいなかった。
「もう、しょうがないか。いいわそのまま聞いて。わたしがここであなたたちを待っていたのは、あなたたちにここでダンジョン探索を終えてもらいたいというお願いのため。このダンジョンは第80層まであるけど、そこまで行かれるとちょっと都合が悪いのよ。だからあの転移魔法陣」
と傍らに急に発生した転移魔法陣をさして
「第2層にある出口専用に通じているから、あれで帰ってくれないかな」
エルフの言葉に戸惑いを隠せないガガたちであった。
「もちろんタダでとは言わないわ。タクミ」
女性エルフの指示で、タクミと呼ばれたエルフが空間から5メートル四方はあろう大きな箱型ユニットを取り出した。
表面に若干の冷気が漂っている。
「この中にはアダマンタイトでできた魔剣が3本、バスターソードが2本、ナイフが5本、魔力回復・体力回復の付与のついたミスリル性のナイフが4本、ヒヒイロカネでできた盾と小手が2組み、魔力増幅の付与が付いた古代樹とミスリルを融合させた杖が1本はいってるわ。あとそちらのお嬢さんが好きそうな甘い菓子が数種類200食分ずつ入ってるわ。そちらのお嬢さんのストレージなら、十分格納可能なはずよ」
と、いつのまにか机の上には、サンプルであろう数種類の菓子が並んでいた。
ガガたちは知りようもないが、それはショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン、フルーツシフォンケーキ、チョコエクレア、シュークリーム、ドーナッツ、どらやき、まめ大福、みたらし団子、プリン、コーヒーババロアであった。
食いつきかけるプラティアを制して、ガガは尋ねる。
「あんたは一体このダンジョンの何なんだ?」
「何といわれても、うーん、付属物?とにかく今は、あなたたちの交渉役かな?」
「この先には、なにがあるんだ?ダンジョンボスではないのか?」
それをきいてまた、女性エルフは考え込む
「それを知られたくないからの交渉なんだけど、これじゃ引いてくれないかな?」
「申し訳ないが、おれらは冒険者なんでね。ダンジョン制覇をしたいと思っているんだが。それにここで見聞きしたことは冒険者ギルドに報告しなくちゃならん。仮にここで俺たちがしたがって帰ったとしても、このような秘密があることは一般に知られてしまうぞ」
もちろん、フィオナ王国での情報共有にもなる、とガガは内心つぶやく。
「それは大丈夫。聞いてくれたら私にあってからの記憶は封印させてもらうから。気が付いたら第2階層にいたという、ちょっとつじつまが合わない記憶にはなるけどね」
記憶の操作という初めて聞く言葉に、ガガは戸惑う。
ただ国命を受けている彼にとって、まだ何も真実を解明していないいまの状況では、ここで引くわけにはいかなかった。
「わるいがこちらにも都合がある。どうしてもこのダンジョンの最下層までいきたい。仮に提案を無視して先に進んだ場合、どうなる?この先にはあのヒュドラよりも強力な魔物がいて俺たちでは対処不能か?」
女性エルフはやれやれといった感じで、タクミにユニットを片づけさせる。
5メートル四方のユニットの消失に、プラティアがああ、と残念そうな声を出す。
「この先10キロぐらいのところに、ダンジョンにはに不釣り合いな豪奢な城があるわ。その中をいけば次の階層にいけるようになっている。魔物の類は存在しないので、すんなり第79階層に移動できるわ。そして第79階層にもフロアボスはいないし、第80階層にもダンジョンボスは存在しない。でもあなた達はそこにはいけないわ。だって私がここであなたたちを力づくでも送り返すから」
「おまえがか?」
「そう私が」
その言葉と同時に急にざわりとした感触を、メンバー4人はその女性エルフから感じた。
彼女は相変わらず優雅に足を組んでほほ笑んでいるにもかかわらず、なにか得体のしれない威圧感のようなものを発しだしていた。
ガガは本能的に、このエルフはやばいということを感じた。
それでも国のために情報が必要だ。
黒船のこと、ゴーレムの群れのこと、『カメヤマシャチュウ』とダンジョンのつながりのこと、なにひとつ情報がつかめていない。
「おしえてくれ。『カメヤマシャチュウ』とこのダンジョンは、なにかつながりがあるのか?黒船や革新的な魔道具の数々にくわえ、豊富な食材の出所はこのダンジョンに由来するんじゃないのか?」
「あら、なかなか着眼点はよいわね。でも忘れるんだし、それを聞いてどうするの?」
「ふんぬぅ」
怒声とともに、テツガが大ぶりのバスターソードを振り下ろした。
エルフの醸し出す雰囲気に、体が勝手に反応してしまったようだ。
机にパラソル、卓上にあった菓子やティーカップがはじけ飛んだ。
プラティアが飛び散る菓子類に対して、別の意味でまた悲鳴を上げた。
「あらあら、そう焦んなくても」
いつのまにか自分のティーカップをもってわきに退避していた女性エルフが、飽きれるようにつぶやいた。
「テツガまて、その事実があるんだな?」
「そうね、ないことはない、ぐらいはいっておきましょう。といっても忘れさせるんだけどね」
「なにをエルフ風情が。たった二人でわれらに勝てると思っているのか」
上塗りされたテツガの怒声にも、笑顔を絶やさない女性エルフであった。




