サイドC-16 5頭首ヒュドラとの闘い
「これはこれは」
「そうよ、こういうのをまっていたのよ!」
第三のオアシス・ゾーンから半日もいかないところで、山肌に取り付けられたでかい扉が出現し、なかを覗いたところゆうに高さ20メーターはあろう魔物が座って眠っていた。
「ありゃヒュドラだな」
テツガとプラティアが喜んだものは、どでかいフロアボスであった。
つまりここがこの階層のラスト、出口というわけだ。
長い長い旅しの終わりに加えて求めていた高ランクの魔物に遭遇できて、とくに好戦的な二人にとっては二重の喜びとなったわけだ。
ひとり、ランだけが乗り気ではなかった。
索敵が優秀なランは、この部屋にたどりつくだいぶ前から、フロアボスの巨大過ぎる威圧感を感じ取っていた。
「間違いなくランクAの魔物、ヒュドラだと思います。しかも5つ首です。2~3つは過去に何回か遭遇したこともありますが、5つ首は私も初めて見ます。躰も今までにない大きさですし、A+は確定、へたするとSですね。どうしますかリーダー?」
「どうもこうもねえよ、ここまで来て帰れるか」
「そうどす、こないな楽しいことはずして、どないしますねん」
慎重なランに対して、二人はやる気満々だ。
ガガはそんな二人を見て、ランに
「まあ、やるしかないな。どのみちここを抜けないと次の層にはいけないし。たしかにちょっときついが、何とかなるんじゃないか」
「...まあ、そうなりますよね」
答えが分かっていたかのように、あきらめてランが賛同する。
「ただふたりとも、ランが心配する通り、おれらが全力でやっても勝敗は5分5分といったところだ。最初から全力で行け」
本来なら必勝をかんがえて、後方支援用にSランクとは言わないがあとAランクパーティが2つはほしいガガであった。
ただ、それはいまの状況でははないものねだりで、自分たちでなんとかするしかない。
それに最悪撤退もありで、ここから半日しかないオアシズ・ゾーンにはすぐに階層横断階段に戻れる転移魔法陣も存在する。
なるほど、ここであのヒュドラをみて先に進めないと判断しても、すぐに地上にもどれる仕組みがあるわけだ。
つくづくこのダンジョンを設計したものの配慮を痛感するガガであった。
戦闘に際し、プラティアにまずは支援系の魔法で、全員の防御力とスピードを上げてもらう。
防御に関しては物理的な攻撃のほかに、ヒュドラの攻撃でよくある対魔炎系の防御力もあげてもらう。
配置としてはテツガが先陣をきりガガが遊撃、プラティアとランに関しては後方からの魔法攻撃と支援といった形だ。
ここまでのデカ物相手だと、ランの小刀による直接攻撃では大きな損傷はあたえられないが、ランには高位の土魔法がある。
ダンジョン内なので、土や岩への干渉は固定されているものについては不可能だが、破壊されて稼働する岩については操作することが可能だ。
それを利用して、ランは四方八方からヒュドラの頭にぶつけることで、攻撃者に集中させないことができる。
プラティアは、従来の風魔法や水魔法での攻撃に加え、氷魔法を乱用して遮蔽壁を作っていく。
それは自身やランの掩体となるだけでなく、前線においても炎攻撃の防御壁ともなる。
火炎の規模にもよるが、プラティアの生成する氷の壁は、魔法の氷なので硬く相当の高熱に対しても普通の氷の10倍は耐えることができる。
「ひさびさにあれをやるぜ」
テツガは自身の鎧を外しつつ、そう宣言した。
テツガは自身の形態を、竜に近づけるスキルをもっている。
これは竜種のドラゴニュートのなかでも珍しい能力で、テツガは同属の中にこれを使えるものを7人しか知らない。
ドラゴン変形は、程度によって自身をドラゴンとドラゴニュートの形態を行き来できる能力で、その度合いも調整できるが、長時間使用で体が耐え切れなくなるリスクもあり、完全変形はテツガ自身も行ったことがない。
せいぜいが50%の変形しか行ったことはないが、それでも魔力が大幅に増大し躰もよりドラゴンの鱗をまとい大きくなる。
そして本物のドラゴンのように魔力である程度飛行も可能となり、口から火炎も出すことが可能となる。
唯一魔法が唱えられなくなる欠点はあるものの、その魔力を剣やこぶしに乗せて、魔力自体で相手を粉砕したり切ったりできるようになる。
テツガは気合をいれると、みるみる躰が膨れ上がり、躰はより輝かしい鱗で埋め尽くされ、背中に小さいが羽も生える。
変態が完了すると、目の前のヒュドラには遠く及ばないが、前かがみの体長でも5メートルを越えた。
バスターソード自体は大きくならないので、小ぶりのナイフのようになるのだが、それ自体も増量した魔力・竜気をまとわせ、躰に見合った剣のサイズになったように見えた。
「そんならうちも」
と、氷壁をある程度作り終えたプラティアが、今度は大型の水玉を空中に5つ発生させる。
発生した水玉は高速回転をはじめ薄く、ギロチン状に変化した。
「おうら」
咆哮とともにテツガが突進する。
巨大化した剣を一閃に横殴り、火炎を吐き出そうと身構えた首がひとつ同時ににボス部屋の床におちた。
他の頭は圏内に来たテツガを排除すべく動き始めるが、ランがすかさず巨石を操り近くの首二つ顔面にぶつける。
それでも魔物に近接しすぎたテツガの後退をしのぐ速さで飛来する頭部のひとつが、口から火炎を吐きかける。
「させへんで」
プラティアの背後で高速回転する水円のひとつが、音速でテツガに襲い掛かる頭部にとぶ。
瞬間、ヒュドラの頭部が首半分残して、ぶらりと垂れさがる。
「あと、3つ」
「いえ、4つです」
プラティアの叫びに、ランが叫び返す。
みるとテツガが落としたはずの頭部は、すでに再生していた。
その証拠に落ちた首は、ちゃんとヒュドラの足元にあった。
「なんちゅう再生速度だ」
「なんどてもおとしますよって」
テツガの驚愕の声に、呼応するようにプラティアが叫ぶ。
「そうだ、再生も無限じゃない。どんどんおとせ」
ガガは二人に気をとられているヒュドラの側面に回り込んで、足回りを重点的に攻撃していた。
目的はヒュドラの3つあるという心臓だ。
そこをやれば、再生速度が落ちるのは過去に経験済みだ。
ただ、そこにたどり着く前に、巨体に躰を踏みつぶされてはまずいので、まずは足を封じ込めにかかる。
ヒュドラは足も再生するが、首の再生速度ほどではない。
ガガの愛刀は刀身全体がミスリルのみで作られた、一品物の高級品だ。
刀身は薄く切れ味も鋭いため、ヒュドラの体などさくさく切れる。
硬度や耐久性については、魔石による付与により強化されているので、劣化がないことはないが少々の斬撃ではなまくらになることもなく、時間がたてば復帰する特性もあった。
ガガはタクミに頭部の死角に割り込んでは、ヒュドラの6本ある足をつぶしていく。
それが三本目になると、体を自由に動かすことができなくなり、動きはにぶった。
そんなガガをとらえようとヒュドラは首を向けかけるが、そこはすかさず三人が攻撃をかけることで、ガガへの援護をする。
このヒュドラはいままでガガたちが戦ったことのある魔物より頭数が多いだけでなく、再生速度も尋常じゃなかった。
テツガとプラティアが繰り返し波状攻撃を行うことで、落とした頭はすでに10を越えていたが、それでもまだ最大3本までしか減らせていない。
「ちぃ、しぶとい、はやく弱れ」
「リーダー、そろそろまずいです。魔力つきかけています...」
「なんですぐ生えるんや、うっとおしい」
ランが悲鳴を上げ始める。
一番魔力量が少ない彼は、はや1時間は続いている攻撃で、ばて始めていた。
気丈にヒットアンドウェイを繰り返すテツガも、体力こそ落ちていないが、竜化による体への負担が出始めている。
時折浴びるヒュドラの火炎も、竜の鱗に大したダメージではないが、それでも竜化が溶け始めたら、そうはいかない。
「まずはひとつ」
ガガは、動きの遅くなった本体に斬撃を繰り返して、ようやくひとつの心臓への斬撃の手ごたえを感じた。
厚い皮膚につき込み、そのまま横へ薙ぎ切ると大量の緑の血が溢れ出した。
首をいくら落とされても声を上げなかった魔物は、このときばかりは咆哮をあげ、現存する首すべてが無秩序に全方位に火炎をはく。
攻撃をしたガガも予想外の動作に、間一髪退避する。
攻撃対象をしぼらないヒュドラの動きは威力も増していることもあって、テツガも数発火炎を受けてしまい、プラティアが用意した氷壁も複数うちぬかれていた。
心臓をひとつとったものの、ヒュドラの生命力は想定以上に強く、こちらはランが魔力枯渇しているうえに、テツガもそろそろ竜化のダメージが蓄積してきていて、動きが若干鈍くなっている。
ガガも全くの無傷というわけでもなく、唯一魔力も体力も維持しているのはプラティアのみとなっていた。
(これは、勝てないか?)
ガガは状況をみて、負けはしないがこのままだと先細りなのを感じた。
打撃力は負けていないがおそらく総戦力不足で勝ちきれないのだ。
それを思ったガガが、撤退しようとしたした瞬間
「8分間三人で耐えてえな」
プラティアが、メンバーに叫んだ。
ガガたちはその声をきいて、疑問も投げかけずその通りにするよう動きを変える。
プラティアが何をするかが分かったからだ。
「8分か、微妙にきびしいぜ」
テツガはそう言いながらも、最後の力をふり絞ってヒットアンドウェイを繰り返す。
ランはダメージが通らないとわかっていながらも、ヒュドラの目くらましのため俊足を生かして本体への切り付けを開始する。
ガガも、再度ヒュドラの首の死角に入って、本体を切り裂き続ける。
その背後で少し下がって距離をおいたプラティアが、魔力を重点的に集め圧縮しだす。
その姿はいつも飄々としている彼女からは想像ができないほどの鬼気迫る雰囲気を醸し出していた。




