第41話 公爵家次期当主同士の戦い
波流渦の実力は圧倒的。
お嬢はここまで苦戦が続く。
勝機は果たして…
「さすがお嬢様。他を寄せ付けない見事な実力」
「学年主席なだけはあるよねぇ」
「お前とは比べ物にならんな」
「そりゃあ俺なんかと比べられたらお嬢様も可哀そうよ」
従者のレイリーさんとクラスメイトの風間さんは水炎寺 波流渦の戦いっぷりに喝采を送る。
「それにしてもとどめは刺さんのかね」
「今刺そうとしているじゃないか」
「うーん、俺には待ってるように見えるけどねぇ」
「待つ?なにをだ?」
「相手が向かってくるのを?」
「なにをバカなことを」
「バカなことでありたいよねぇ」
風間さんの懸念は拭えないばかりであった。
「…華ちゃん」
かのんちゃんは心配そうにステージを見つめる。
「公家院さんはそう簡単には負けないでしょ」
「…あの黒崎の主人だからな」
「…そうですよね」
レオナルドさんも美登さんも私、公家院 華がこのまま終わるとは思っていない様子。
「勝っても負けても、戦ったことに対して敬意を示さないとね」
「…レオナルドくんは少し変わりましたね」
「僕はなにも変わってないよ」
「…いいえ、変わりました。これも黒崎くんのおかげなのかもしれません」
「…彼が?そんなつもりはないんだけど…」
美登さんは何も言わず、ただその様子を覗うばかりであった。
「もう終わり?」
波流渦は静かに私が立つのを待っている。
波流渦の技を食らい、地面に倒れている私に向かって放たれた一言は、あまりにも冷淡だ。
「…」
「…そう。公爵家も落ちたものよね。この程度で終わるなんて」
「…」
「だってそうでしょ?実力もなくちやほやされ、さらには血筋や肩書きにばかり注目され、人の本質は何も見えず。私たちは常に晒されてきたじゃない」
…そうだ。
私は公家院の当主候補の1人として。
波流渦は水炎寺家の1人娘として。
私達は生まれた瞬間から、その脅威を浴びてきた。
公爵家としての品格・才覚、…その他すべてを。
特に私は…
「私たちは血が滲むほどの努力をした。その結果は才能の一言に埋め尽くされ、実績を残せば公爵家のコネと揶揄される。そんな理不尽の中、私よりももっと過酷な環境で生き抜いている人を見つけた」
…環境汚染の地域の人とか、貧民街の孤児とかの話かな…?
「…貴方よ、華」
ドキンッ。
自分のことだと考えておらず、大きく心臓が跳ねる。
「私と同年代に公爵家の次期候補の女の子がいるって知ったときは驚いたわ。同時に安心したの。…あぁ、私と同じ環境で頑張っている人もいるんだと…」
…そんな風に思ってたんだ。
「でも現実は違ったわ」
…えっ?
「そこで生活している同年代の子は、3姉妹で一番才覚がなく、公爵家の人間とは思えない境遇。…私なんかと比べるには、あまりにも遠い。私の境遇なんて、その子に比べればただのわがまま…」
「お嬢様…」
レイリーも苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「……い」
「…何か言った?」
「…そんなこと…ない…」
私は必死に声を振り絞りながら、立ち上がる。
「波流渦の境遇と…私の境遇は違う。…でも、人の抱える悩みや苦しみは、その人1人1人で違う…。たとえ、誰かにとって苦しいものは、他の人からすれば小さいことかもしれない…」
「…私の考えは小さいものって言いたいの?」
「そうじゃないっ!人の傷はそれぞれ違って、だからこそ支え合うの…。相手を理解し、相手もまた、自分を、理解してもらうことで、支え合うの…」
私は精一杯の力を使い、波流渦に思いを届ける。
「貴方にも、そばにいてくれる人が、今はいるでしょう…?」
波流渦はチラッと自陣の方を見る。
「…そうね」
そして槍を構えなおす。
「だから私は今、ここに立っているし、貴方と戦っている」
私も双剣を前に出し構える。
「…長話はこのくらいでいいかしらね」
「回復するまで待ってあげたんだから、頑張りなさいよね」
「言われなくて…もっ!」
話しながら波流渦の方へ向かう私。
剣を振り上げ、波流渦に攻撃する。
「青槍守天」
再び槍からあの青い炎が舞う。
「何度も通じると…思うなっ!」
右手に持っていた剣を上に放り投げ、前方に腕を伸ばす。
その手には魔法陣が。
「滝水」
大量の水が波流渦に襲い掛かる。
「水如きで止まる炎じゃないわよ!」
「青槍守天・藍守槍」
青い炎が波流渦を守るように盾となり、私の攻撃を防ぐ。
「…ここ!」
私は好機を見つけ、その場所に走り込む。
波流渦は青い盾が前にあるせいか、私の場所を把握できていない。
「どこから来ようとっ!関係ないわっ!」
波流渦の迫力ある声が響く。
だが、それでも私の居場所が分からないのは事実。
「…くっ」
どこから来るか分からない攻撃に備え、槍を構える波流渦。
その直後、波流渦は私の姿をとらえる。
「…なっ!?」
波流渦から絶句するような声が。
それもそのはず。
私は水と炎が混ざりあう正面から突貫してきたのだ。
「天馬我流抜刀術・清澄」
片手で持っていた剣を両手に持ち替え、下から上に振り上げるように斬る。
波流渦も瞬時に槍で防衛するが、振り抜きが速く少し遅れる。
ただまっすぐに剣を振る。
単純だが、剣技として見事なまでの一撃。
右肩を斬られた波流渦は思わず後ずさる。
「まだまだっ!」
私は後ずさる波流渦を確認し、攻撃の手を緩めない。
「ここで決める!」
もう一撃が波流渦に届く…時だった。
波流渦は斬られた右肩を庇いながら呟く。
「猪突猛進…相変わらずね」
右手に持っていた槍を地面につけ、唱える。
「紫槍伝・穿通」
地面から紫色の炎が出現する。
その炎は槍へと変形し、私に襲い掛かる。
「…っ!」
無数の槍が私の身体を突き刺し、傷口は炎によって焼かれる。
前のめりになっていた私は避けようもなく、ただただ悶絶する。
「もう楽になりなさい」
波流渦の声が聞こえる。
……楽になるって言った?
私の人生に…
「…楽だったことなんて…ないっ!」
痛みで意識が飛びそうなところを、声を張り上げ、気を失わないようにする。
「…これがほんとの、最後っ!」
最後の力を振り絞り、波流渦の方に1歩、歩み寄る。
「その根性だけは認めるわ!けどもうおしまいよっ!もう止まりなさい!」
波流渦の静止を聞かず、私は手を挙げる。
波流渦も思わず、上空に目を向ける。
…ヒュンヒュンヒュン、パシッ。
さっき上空に投げていたもう片方の剣を握る。
「…そんなっ!?」
さすがの波流渦も予想外なことが起こり、一瞬思考が停止する。
「…天馬我流…抜刀術…」
最後の力を振り絞り、限界ギリギリの身体に鞭を打っていく。
「…蒼穹」
両手に持った剣は、円を描くようにきれいな曲線を描いた。
ザクッ。
…シーン。
会場に静寂が訪れる。
…次に動いたのは私の方だった。
…バタッ。
一言も発することなく、眠るように倒れる私。
やがて徐々に会場もざわつき始める。
「…勝った…」
切り傷だらけで血まみれの波流渦は小さい声で呟く。
…そして、
…バタッ。
波流渦も同じくして、その場に倒れた。
「お嬢様っ!」
今にも飛び出していくそうなレイリーさんを必死に抑える風間さん。
「おっまえ!何してんだよ!」
「離せっ!」
風間さんを振りほどき、レイリーさんは波流渦の所に駆けつける。
「お嬢様!気をしっかり!」
レイリーさんは必死に波流渦に声をかける。
「…だい…じょうぶよ…」
波流渦はか細い声でレイリーさんを制止する。
「…お嬢様」
ホッとしたように胸をなでおろすレイリーさん。
「…華ちゃん!」
別の方からはかのんちゃんが駆け寄ってくれる。
私はまだ意識が戻っていない状態だ。
「…なんで、いつもこんなにボロボロになるまで…」
かのんちゃんは大事そうに私を抱きしめる。
『第1ステージ側の試合が終了しました。結果、引き分けです』
会場にアナウンスが響き、結果が表示される。
「…引き分けか…もう少し私が立ってる時間が長かったらな…」
波流渦は悔しそうにする。
「充分ですよ、お嬢様。さあ、医務室へ向かいましょう」
レイリーさんは波流渦を抱えて、その場を去っていく。
「…公家院家のご令嬢」
レイリーさんは、意識のない私に向かって話す。
「お嬢様との戦い、見事だった。…そう伝えてくれ」
「…はい、伝えていきます」
私の代わりにかのんちゃんが返答する。
「「天縫糸さん!」」
レオナルドさんと美登さんがかのんちゃんの元に駆けつける。
「早くこっちも医務室に」
「もう救護班も準備できている」
「…はい、よろしくお願いします」
3人の手伝いもあり、私はスムーズに医務室へと連れていかれたのであった。
イリーナル学園VSサンジュ学園 先鋒戦
公家院 華VS水炎寺 波流渦
結果 引き分け
お嬢はまたしても身を削る戦法で戦ってなんとか引き分けに持ち込みましたとさ|ω・)