第29話 2年生
学内新人戦を終え、学園全体のお祭りムードはいったん収束。
各々、次に向けての準備をし始めるのであった。
「今日の授業は終わりです〜」
終業のチャイムが鳴り、クラスメイト各々の自由時間が始まる。
お嬢率いる俺らはいつものようにたむろっていた。
「今日は何食うか迷うぜ」
「いつも迷ってんだろ」
「ふふっ」
他愛もない会話がクラスルームで繰り広げられる。
学内新人戦を明け、クラスだけでなく学園全体も張り詰めた空気が紐解かれたような印象がある。
学生の本分である授業に勤しむ生徒も少なくない。
クラスを見渡すといつの間にかクノウの姿はなく、レオナルドはここ最近考え事をしている様子だ。
その横で吉田が何か言っているが、ここからじゃ声が聞こえない。
「聞いてるの迅?」
お嬢から声を掛けられる。
「あっ、すいません。何も聞いていませんでした」
「もうっ」
お嬢が怒りを露わにしている。
「あーあ、お嬢様がお怒りなった」
「ちょっとうさみさん。お嬢様は他人行儀過ぎない!?」
今度はうさみがターゲットになる。
あれは、他人行儀と言うか、むしろ距離は近いと思うが…。
「黒崎」
突然低い声が聞こえ、思わず振り向く。
するとそこには藍色髪の青年が立っていた。
「あら、美登さんじゃない」
「やあ、公家院さん。ちょっと黒崎を借りてもいいかな?」
美登は俺を指さしながらお嬢に聞く。
「え、えぇ。別に構わないけど…」
驚きながらも了承するお嬢。
「新人戦の仇でもしたいっての?」
「なんでお前はそんなにケンカ腰なんだよ。気にすんな美登、こいつはいつもこうだから」
「…美登くんが何かすると心配してるんですよね、うさみさんは」
「はぁ!?んなわけないじゃない!こいつの心配する方がおかしいでしょ!?」
「はぁ?お前この間迅が起きなかった時心配して…ぐふっ」
大樹は何か言いかける前にうさみのチョークスリーパーによって意識が絶たれる。
「だ、大丈夫か?」
美登は大樹を心配し声をかけるが、
「大丈夫よ。気にしないで」
鋭い目つきでうさみが何もなかったかのように振る舞う。
「…いつもこんなに賑やかなのか?」
「賑やか…?他からはそう見えるのか」
「ここはイリーナル学園。優劣に左右されるこの学園で、ましては公爵家の人と親しくしているのはまれだと認識している」
「私は一応公爵家だけど、身分などは気にしないでほしいわ」
「貴方がそうゆう態度だからこその関係性なのだろう」
「んで?俺に用があるんだったな。お嬢、少し留守にしても大丈夫でしょうか?」
「えぇ、構わないわ。迅抜きでみんなと楽しくしてるから」
嫌味のような羨んでほしいのか、よく分からない表情をしながら答える。
「だ、そうだ。行こうぜ美登」
「いいのなら、よろしく頼む」
そう言って俺は美登と一緒に教室を出ていくのであった。
「んで?改まって俺に用なんてなんだよ」
イリーナル学園の1年棟を離れ、人が通らない茂みまで移動した俺ら。
こんなところまで移動したところを見ると、余程人に耳には入りたくないようだ。
「…先日の試合でのことだ」
あぁ。
自分自身から出た『呪い』のことか。
無意識に持ってるのか、それとも分かってるかはさておき、俺からの回答は一貫している。
「何のことだかさっぱりだな」
しらばっくれる俺。
「…お前の、決勝戦で見せたあの力は、もしかして俺と同じなのか?」
…ほう。
俺のってことは、あの左腕から出てた力のことだよな?
それにもしかして…?
自分の『呪い』のことを理解しての発言か。
の割には煮え切らない質問の仕方だな。
「言ってる意味は理解できんが…。仮にそうだとしてどうだと言うんだ?」
「っ。…そうか」
なんだ?こいつ。
さっきからよく分からない反応ばっか見せやがって。
「1つだけ言っておく」
俺は美登に対して、人差し指を立てて答える。
「お前がなにを思っての発言かは興味ないが、俺のとお前のは同じであって同じでない。それだけは答えておいてやるよ」
譲渡するのはここまでだ。
これ以上は自分で答えを探せ。
「…そうかっ!」
さっきと同じ言葉ではあるが、明らかに声色が変わる。
どっちに対しての反応だ?
同じことに対してなのか。
同じではないことに対してなのか。
…元々口数が少ないことが災いしてか、まじで何考えてるか分からねぇ。
「話はそれだけか?終わったなら帰るぞ。お嬢を待たせている」
ハクノについてもらっているから、問題はないのだが念には念を入れよ、だな。
あまり待たせてもお嬢自身も怒るし。
クシュンッ。
「あら、風邪?」
うさみがお嬢を心配する。
「いいえ、そんなことは無いのだけど…?」
「…きっと人気者の華ちゃんの噂をしている人がいるんですよ」
かのんは微笑みながら答える。
「そう…なのかしら?」
お嬢はポカンとした表情で返すのだった。
「すまなかった。時間をとらせてしまい」
「ああ、いいってそうゆうの。気にすんな、ほら帰るぞ」
俺は美登からと共に1年棟に帰ろうとする。
…っ!
何かを感じ取った俺は背後を振り返り、奥の茂みをじっと見つめる。
帰ろうとした俺が急に警戒したことで、美登も思わず身構える。
「…どうした?」
美登は腰にある剣に手をかけ、俺に問いかける。
…この距離を気づかなかった?茂みがあったとはいえ。
いや、そんなことはあり得ない。
茂みくらいで気づかないわけがない。
「…おい、誰だよ」
ここは学園内。
侵入者が入る…なんてことはないはず。
それでも用心に越したことは無い。
「おうおう、すっごい殺気。こっちはやる気なんてないってのによ」
軽々しい声色が茂みから聞こえてくる。
…スタっ。
ガサッガサッ。
木の上から降りた音と、そこから茂みを払いながら歩いてくる音が聞こえる。
その声の正体は、次第に姿を現す。
厳つい耳ピアスに口ピアス、ネックレスなどじゃらじゃらと様々なものを身にまとう輩が登場する。
「…黒崎、あの腕章」
美登の言葉により相手の腕章に目が向く。
本来、イリーナル学園には腕章に色が配布されている。
1年なら赤、2年なら緑、3年なら青と言った感じだ。
…でもあいつの腕章には緑に✕が入っている。
「緑ってことは、2年か」
「それよりあの✕は…」
美登が言いたいことも分かる。
腕章に✕。
これは俺みたいな成績下位という意味ではなく、なにか問題を起こし、学園側から魔力制限と問題児のレッテルが張られている、という意味だ。
「ぷはっ、お前変な奴だな。普通はそこの奴みたいにこの✕に目がいくってのに、最初に出た言葉が学年かよ」
ケラケラと笑いだす2年生。
✕なんてどうでもいいだろ。
それよりも俺は気づけなかった方が問題なんだが。
「いやぁ、やっぱり見どころがあるわ。黒崎 迅」
…俺を指名ですか。
「…一応、先輩ってことでいんですよね?」
「あぁ、そう言えば名乗ってなかったな。俺はイリーナル学園1の問題児、2年の今井 翔だ」
今井!?
去年の新人戦優勝者の…。
「今井先輩。黒崎に何の用ですか?」
「ん?君には関係ない話だよ」
「…そう、ですか」
美登が今井先輩の圧に気おされている。
俺は美登の前に立ち、今井先輩に話しかける。
「俺に用があるんですよね?いいですよ。どこでも行きましょう」
少しでも美登に矛先が向かないように真正面から圧を受ける。
「話が早い。それじゃあ、行こうか」
これで一応美登を安全に返せるだろう。
そんな事を考えていると、
「…黒崎は公家院さんたちを待たせているので、また今度にしてもらえないでしょうか?」
…お前。
人が安全に返そうとしているのに、なに反抗してんだよ。
そんなことを思っているのが顔に出ていたのか、美登は、
「…分かっている。この判断は間違っていることくらいは。…だが、あの先輩は明らかに怪しい」
「それは…そうだけどさ」
「なに?そっちの用事に合わせて、帰れってこと?舐められてんね」
今井先輩は話し終えると同時に手を前に出す。
「美登!」
俺は叫ぶ。
今井先輩の攻撃が飛んでくると思ったからだ。
だが、実際は違った。
今井先輩が出した手はそのまま頭の後ろに行き、頭を掻きながら困った表情をする。
「✕入ってたら、そりゃ舐めれるわな。すまんすまん」
拍子抜けな態度に気が抜けてしまう。
何なんだこの人は。
「1年の分際ですみません!」
美登は深く謝罪する。
「いや、俺の方こそ悪かったよ。驚かせるつもりじゃなかったんだがな。結果的にそうなっちまった。たまたまこっちに行く姿が見えたもんでよ。話すチャンスと思ってついてきちまった」
さっきの圧がある様子とは違い、まるで別人のような人だ。
「…また、ご都合が合う日でも大丈夫ですか?」
俺は恐る恐る尋ねる。
「急に来た俺が悪いし、全然いいぜ。あっ、連絡先教えてくれよ!その方が早い」
そういって今井先輩は近づいてくる。
断る理由もないのでその場で互いに連絡先を交換し終える。
「多分、次会うときはお嬢…公家院が同席しますけど、よろしいですか?」
「あの公爵様?全然大丈夫」
笑顔で了承する今井先輩。
「んじゃ、また今度な」
そう言って手を振りながら、帰っていく今井先輩。
姿が見えなくなったところで、美登がその場に座り込む。
「ふぅー…。ようやく緊張が解けた。あの先輩、圧がありすぎる」
息も詰まる現状で、よく耐えたほうだ。
「なんか悪かったな。変なことに巻き込んで」
「いや、こちらこそ差し出がましいことをしてしまった。反省する」
「まぁ、なにもなくてよかったよ」
「お互いにな」
俺らはその場で少し休憩したのち、お嬢たちの所に帰るのであった。
なんか、今井先輩が怖くなってしまった。
全然そんなキャラじゃないのに…(´・ω・`)