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第6話 特別指名推薦の理由

 教壇に立った栗宮院うまなの横には綺麗な女の子が立っていた。髪の色は違うが見た目は栗宮院うまなにそっくりな女の子。この子は入学式の時に理事長に何かを渡していた女の子だったと思うが、工藤珠希はそれ以外にも何度かこの女の子を見かけたような気がしていた。


「工藤珠希さん、工藤太郎君。まずは零楼館高校に入学おめでとう。二人ともとても優秀な生徒だと思うので私たちもとても嬉しいわ。他のみんなもあなたたち二人が零楼館高校を選んでくれたことを感謝していると思うわ。私達S側の生徒も生徒会長の栗鳥院柘榴ちゃんが率いるR側の生徒もその思いは変わらないと思うわ。入学式の柘榴ちゃんの発言にちょっと思う事があるんで私たちの意見を言わせてもらうね」


 栗宮院うまなに似た女の子が工藤珠希と工藤太郎の近くまでやってきて鞄の中から取り出した冊子を手渡してきた。

 中身を軽く確認してみると、そこには漫画が描かれていた。フルカラーで力もこもっているように見えるのだが、ところどころ肌色が多いと思って工藤珠希はそっと閉じてしまった。


「イザーちゃんが渡したのは私達サキュバスの生態を描いた漫画になるんだ。と言っても、それはこの学校で生活していくうえでのことになるので学外にいるサキュバスも私たちと同じような感じだとは思わない方がいいかもしれないね。一般的なサキュバスは工藤太郎君のような男を見かけたら我慢出来なくなってしまうと思うよ。町でばったり学外のサキュバスと出会ってしまったら屈強な君でも大変なことになってしまうかもしれないね。気を付けてくれと言っても何に気を付ければいいのかわからないかもしれないが、君みたいな身も心も逞しい男の子はなるべく歓楽街には近づかない方がい良いと思うよ。未成年でまだ子供と言ってもいいくらいの年齢の君がそんな場所に自ら進んで行くとは思わないけど、気を付けるに越した事は無いからね」

「この人だったら野良サキュバスともやりあえそうだよね。私はちょっとだけその場面を見たいかも」

「その可能性は大いにあると思うけど、野良とはいえ私たちと同じサキュバスが一方的にやられる姿を私は見たいと思わないけどね」


 見た目は似ている栗宮院うまなとイザーではあったが、声はそこまで似ていないので話しかけるとすぐに区別はつくだろう。お互いに声色を真似てしまうとわからなくなってしまいそうだが、そんな事を気にしなくても髪色でも見分けはつくと思った工藤珠希であった。


「そんなわけで、工藤太郎君は学外のサキュバスに気を付けてくれたまえ。何も知らないサキュバスが君の事を誘惑してこようとするだろうけど、何とか耐えてくれ。どうしても耐えられない状況になったとしたら、我々が君のために相手を説得してみせよう。君のような全てにおいて非の打ち所がない生徒を好き勝手もてあそばれたくはないからね」

「良くわからないけど褒めて貰えてるみたいなんでありがとうございます。でも、俺はサキュバスとか大丈夫だと思うよ。まあ、その理由はあえて言わないけど、気にしなくても大丈夫だよ」


「そうだね。君は大丈夫だろうね。正直なところ、私もうまなちゃんもそこまで君の事は心配していないんだよ。どちらかと言うと、私たちはみんな珠希ちゃんの事を心配しているんだよね。少女と大人の中間みたいな珠希ちゃんが心配で心配でたまらないのよ。出来ることなら、一生私の部屋で暮らしてほしいって思ってるくらい」

「独り占めはダメよ。最初に珠希ちゃんを見つけたのは私なんだからね。ついついみんなに教えてしまったけど、今ではその事を後悔している面もあるのよね。でも、みんなに珠希ちゃんの事を紹介したことで“特別指名推薦”になったってのもあるから結果オーライかな」

「珠希ちゃんがこの学校に入れるようにしてほしいって嘆願書には私達Sクラスの生徒がみんなサインしたんだもんね。小学生から大学生までみんなサインしたと思うんだけど、なぜかRクラスの生徒も何人かサインしてくれてたんだよね。それを考えると、うまなちゃんに独り占めされるくらいだったらSクラスもRクラスも関係なくみんなで守ろうって話になったんだもんね」


 工藤珠希は入学式の時からずっと聞いている話の意味を理解出来ずにいた。

 言っていることはわかるのだが、それがいったいどういう意図をもって言われている事なのかが全く理解出来ていなかった。

 なぜか工藤太郎は彼女たちの言っていることを完全に理解しているようなのだが、それを工藤珠希に伝えることは出来ないようだ。何となく直感で理解しているのだが、直感過ぎるがゆえに言語化して説明することが出来ないのである。


 それに、何のとりえもないと思っていた工藤珠希がこの辺りで一番名門である零楼館高校から“特別指名推薦”を貰えたのかもずっと疑問だったのだ。

 工藤珠希が“特別指名推薦”を貰えたのがSクラスの生徒全員と一部のRクラスの生徒が嘆願書にサインをしてくれたからだというのはわかったのだが、肝心のその理由が一切わからないままであった。


「あの、私がその推薦を貰えた理由ってのはわかったんですけど、どうしてみんながそんなに私のために頑張ってくれたんですか?」

「どうしてって、私が珠希ちゃんに一目惚れしたからでしょ。それ以外に理由なんて必要ないと思うけど」

「そういう事なんだよ。私たちSクラスの生徒はみんな珠希ちゃんに一目惚れしちゃってるんだ。Sクラスだけじゃなくて先生や職員さんたちもみんな珠希ちゃんに惚れちゃってるんだけどね」


 一目惚れをされるという事は喜ばしいことだとは思っているのだが、その相手が同性でありサキュバスであるという事に理解が追い付いていないようだった。

 更に工藤珠希を混乱させることになるのがサキュバスではないはずの栗鳥院柘榴も嘆願書にサインをしているという事実なのである。


 まさかと思って工藤珠希は栗鳥院柘榴の事を見つめていたのだが、それを察した栗鳥院柘榴は慌ててその考えを否定しようとしていた。


「私はこいつらサキュバスとは違って百合ではない。いたって普通の人間だ。君と恋人になりたいなんて思った事は無い。思った事は無いけど、友達にはなりたいと思ってはいる」


 工藤珠希が過ごしてきた時間の中で一番濃密で一番意味の分からない一日はこうして始まったのだが、それだけでは終わりそうも無かった。

 教師と職員の中にもサキュバスがいるという事を考えると、気軽に誰かに話しかけることも出来なくなってしまいそうだ。そう考えてしまった工藤珠希であった。

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