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結婚相手が見つからないので家を出ます

作者: Na20

 

「はぁ…」



 私は誰もいないバルコニーで一人ため息をついた。今日で最後と決めていたパーティーに参加したのだが、やはり予想通りの結果になってしまった。



 私の名前はレイラ・ハーストン。ハーストン男爵家の娘だ。

 ハーストン男爵家は貧乏である。そしてその貧乏男爵家の長子として生まれたのが私だ。さらにその下には弟と双子の妹がいる。家族仲は良好なのだが、我が家は今大きな問題を抱えている。その問題とは私だ。

 私は現在十八歳、婚約者なし。

 これでなんとなく察する方もいるだろうか。長子である私が家を継ぐ予定なのだが、貧乏男爵家に婿に来てくれる人がまぁ見つからない。両親としても長子である私に家を継いでほしいと思っているようだが、後継ぎが独身というわけにはいかない。両親も何とか伝を当たっているのだが、今のところすべて断られているそうだ。なので私自身も精力的に婿探しのためにいろんなパーティーに参加しているのだが、今のところ成果は無し。

 しかし私が婿探しに苦戦しているのに、二つ年下の弟にはすでに婚約者がいる。それなら無理に私が家を継ぐ必要はなく、弟が家を継げばいいのでは?と私は考えた。そもそも私は長子だからというだけの理由で後継ぎになっていただけで、次子以降が家を継いではいけないという決まりはない。それならすでに婚約者のいる弟を後継ぎにすれば問題は解決する。だから私は両親に宣言したのだ。


「次のパーティーで相手が見つからなければ家を出ます」と。


 当然両親は私を説得してきたが私の決意は固く、最終的には両親が折れてくれた。



(だってもう十八歳よ?結婚適齢期が十八歳なのに婚約者がいない十八歳なんて、もう相手が見つかるわけないじゃない)



 これが私の本心だ。それに姉の私から見ても弟はしっかり者だし、弟の婚約者は貴族ではないが商家のお嬢さんだ。何回か会ったことがあるがとても感じのいい子だし、本気で弟のことが好きだということが伝わってくる。それにハーストン男爵家としても商家のお嬢さんがお嫁に来てくれれば金銭的な面も改善する。いいことづくめだ。それなのにいつまでも小姑が家にいるのはよくないだろう。だから私は最後のパーティーで結婚相手が見つからなければ家を出ることに決めたのだ。



 そして最後のパーティーに参加したわけだが…



「まぁ結果は分かりきっていたことだし、ここまで相手が見つからないのは清々しいくらいだわ」



 むしろ中途半端にいい相手が見つかるよりはよかったのかもしれない。


 今日のパーティーは独身の人だけが参加できるパーティーだ。下位貴族から商家や裕福な家の結婚適齢期を迎えている男女だけが参加できる。

 たしかに私は貧乏男爵家の娘であるが見た目はそんなに悪くないと思うし、それに貧乏と言っても食べるものに困るほどではない。ただ贅沢はできないが。それなのに全く相手が見つからない。こちらをチラチラと見ている人はいるのだが、誰からも話しかけられることはない。それなら見るなよと言いたいところだが、さすがにそんなことを初対面の相手に言えない。だから一人バルコニーへ出てきたのだ。



「まぁ見つからないのなら仕方ないわ」



 何事も諦めは肝心だと思う。このまま結婚ばかりに執着しても仕方がないし、誰のためにもならない。ならば諦めるのみ。そうすればすべてが丸く収まるのだから。

 それに諦めると言っても人生なげやりになったわけではない。家を出たあとどうするかはもう決めてあるのだ。



「もうここにいても時間の無駄ね。家に帰って準備しなくちゃ」



 このまま最後まで参加してもただ無駄に時間が過ぎていくだけだ。それならこれからの人生のための準備に時間を使うべきだろう。


 そうして私は一人パーティー会場を後にしたのだった。




 ◇◇◇




 私には幼馴染みがいる。いや、あれを幼馴染みとは呼びたくはない。ただ嫌なやつだ。

 ハーストン男爵領の隣にはブロイズ伯爵領があり昔から交流がある。親同士特別親しいわけでも仲が悪いわけでもない。ただただ普通なのだが、なぜかその伯爵家の嫡男であるエリクはことあるごとに我が家にやってくるのだ。そして私に暴言や文句を言って帰っていく。私の両親には愛想を振り撒き、弟や妹たちにはお菓子などを持ってくるのにだ。まったくもって意味がわからない。しかし相手は格上の伯爵家の嫡男。文句を言うわけにもいかず、ただ真顔で早く帰れと願うことしかできずにいた。


 そんな幼馴染み(嫌なやつ)がパーティーの翌日に我が家へやってきた。当然約束なんてしていないし前触れさえもない。さも当然のようにやってくるのだ。



「おい、聞いたぞ。昨日のパーティーもダメだったらしいな」



 一体誰に聞いたのかは知らないが私のことを笑いにわざわざやってきたようだ。



(そういうあんただって相手がいないくせに)



 人のことを散々馬鹿にしているがエリクも婚約者がいない。年齢は私よりひとつ歳上の十九歳。人のことを笑っている場合ではないとは思うがわざわざそんなことは言わない。どうせ言ったところで「俺は男だからいいんだよ」なんて言われるだけだ。たしかにその通りだが、直接目の前で言われたらムカつくので絶対に余計なことは言わない。



「それを言いにわざわざうちに来たの?」


「っ!そ、そんなわけないだろ!?俺はお前みたいに暇じゃないんだからな!」


「そうなの?じゃあ早く帰ったら?」


「あ、いや……」


「なによ、急に黙っちゃって」


「……明日!」


「明日?」


「話がある!明日また来るから絶対待ってろよ!」


「あ!ちょっと!明日は無理…って聞こえてないわね」



 エリクはなぜか明日の予定を勝手に告げて帰っていってしまった。私はなにも返事をしていないのに。そもそも今日来たのだから今日話していけばいいのにと思ったが、帰ってしまったのものは仕方がない。人の話を聞かずに自分の都合だけを押し付けるエリクが悪いのだ。

 私はちゃんと言おうとしたのだ。


「明日にはもう家にいない」と。


 そう。私は今日このあとすぐ家を出るのだ。

 なぜ昨日の今日でこんなに早く家を出るのかというと、期限がまもなく切れてしまうから。私は姿が見えなくなったエリクのことなど頭の中から追い出して最後の準備に取りかかる。両親や弟たちさえも私が今日出ていくことはまだ知らないのだ。だから明日来られても困るからちゃんと伝えようと思ったのにさっさと帰ってしまったエリクが悪い。



(今さらどうにもならないし、あとのことは両親に任せるしかないわね)



 私はそんなことを考えながら懐から一枚の紙を取り出した。



 ―――――


【急募】


 ・応募資格 十八歳から二十歳までの女性

 ・募集人数 一名

 ・報酬 月に金貨五枚

 ・勤務場所 キルシュタイン公爵領


 ※詳しい業務内容は面接後にお伝えします



 ―――――



 何度見ても怪しい求人である。

 先日たまたま街に出掛けたときにこの求人を見つけたのだ。報酬は破格だが何の仕事をするのかがまったくわからない。それに年齢制限もある。普通の女性ならこんな怪しい求人に手を伸ばしたりしないだろう。しかし私にはとても魅力的に見えたのだ。もちろん報酬が。

 平民一人の年収が大体金貨一枚だという。それが月に五枚だ。これだけもらえれば自分で生活をしながら家にも仕送りをすることができるだろう。

 それと勤務場所がハーストン男爵領から遠いのもいい。私は家を出る決断をしたのだ。それなら少しでも家から遠い場所の方が甘えを捨てることができる。

 それに自分で言うのもなんだが、私は割りとなんでも器用にこなせる方だ。後継者教育で領地経営を学んだし、婿探しのために礼儀作法も学んだ。家が貧乏なので計算も裁縫も料理もできるし、体力にも自信がある。だからよほどの仕事でなければどんな仕事でもできると思うのだ。



「それにまず雇ってもらえるか分からないしね」



 募集人数が一名なのだ。いくら怪しい求人でもこの報酬なら何かわけありの女性が数人は応募しているだろう。私だってそのわけあり女性の中の一人である。それに業務内容が不明なので対策のしようもない。もはや運次第だ。



「まぁダメだったらそのままキルシュタイン公爵領で仕事を探そう。住み込みの仕事があればいいけど」



 そう独り言を言いながら最後の荷物を鞄に詰め込んだ。

 ハーストン男爵領からキルシュタイン公爵領までは馬車を乗り継いで二週間かかる。まっすぐキルシュタイン公爵領に向かう馬車に乗るなり、一台しかない我が家の馬車を使うなりすれば数日は短縮できる。しかし直通の馬車は値段が高いし、私は家を出ていく身なのに家の馬車を使うわけにもいかない。だから馬車を乗り継いで向かう必要があるのだ。そして移動にかかる日数を考えると今日中に馬車に乗らないと間に合わない。



「さてと。荷物の準備も終わったしそろそろ行こうかな。みんなにも挨拶していかないと」



 家族と離れるのはもちろん寂しい。けれど永遠の別れではない。またすぐに会えるだろう。

 それに私が出ていくことで一人分の余裕が生まれるし仕送りもできる。家族は今よりも余裕のある生活を送ることができるのだ。弟は十六歳だが双子の妹はまだ八歳。まだまだこれからお金がかかるだろう。だから少しでも家族の役に立てれば嬉しい。

 それに家を出る決断をしたことにより私も肩の力がいい感じに抜けた気がする。今までみたいに焦ったり気を張ったりして結婚相手を探す必要がなくなったし、家のことも弟がいるから心配いらない。仕事が見つかるかは分からないが、不思議なことにこの状況にワクワクしている自分がいる。だから前を向いて家を出ていけそうだ。


 家族に別れの挨拶をして家を出た。


 突然のことで両親と弟は驚き、出ていくことさえ知らなかった妹たちには泣きつかれた。それでもなんとか最後には手を振って私を見送ってくれた大好きな家族。だけど私は甘えを捨てるために行き先は王都だと嘘をついた。



(嘘をついてごめんなさい。でもそれくらいできなきゃ女一人では生きていけないわ)



 それと念のため両親には明日エリクが来るかもと伝えておいた。私の口からエリクの話が出たことに両親は驚いていたようだが「分かった」と頷いてくれた。嫌なやつでも相手は伯爵家嫡男なので無下に扱うわけにはいかない。当主夫妻である両親が対応すれば問題ないだろう。それに話というのも今までのことを考えれば大した話ではないはずだ。



(ようやくあいつとの縁が切れると思うと清々するわ)



 間違ってもエリクには行き先を知られたくない。わざわざ文句を言いに追いかけてくることはないだろうが、もしも追いかけてきたとしても私が実際にいるのは王都の反対に位置するキルシュタイン公爵領だ。これからはよほどのことがない限り会うこともないはずだ。最高である。



 家を出てから歩き続けること一時間。無事に一番近くの町にたどり着いた。まずここから馬車に乗り、さらに何回か乗り継いでキルシュタイン公爵領を目指す。私は目的の馬車を見つけ乗り込んだ。


 今日ここからが新しい生活の始まりだ。


 最後のパーティーの翌日、私はハーストン男爵領から旅立った。




 ◇◇◇




 その後、無事にキルシュタイン公爵領に到着した私はあの求人に採用されることになる。そして謎だった業務内容を知った私は思わず心の中でこう叫んでしまうのだ。



(ぎょ、業務内容が『キルシュタイン公爵様の婚約者』ってどういうこと!?)



 今から二週間後、そんなことになるなど知る由もない今の私は、馬車に揺られながら新しい生活に想いを馳せるのであった。

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