第13話「ハンスの回顧」 - 6
※生成AIで作った画像を挿絵に使っています。その為一貫していない部分がありますが雰囲気モノとしてご容赦ください。
主人がターニャのグラスにウォッカを注いでいると、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「そうだ、娘といえばルーファス団長には娘さんがいて、訓練場によく来ていました。10歳くらいの子でした。幹部の方々がお相手をしていたので詳しくは知らないですが、親子聖騎士を見るのが楽しみだと言われてました。あの子は生きていないのかな…」
ターニャは思わず顔を背けた。当時の自分を知る人がいるとは思ってもみなかった。
そんな彼女の動揺を見て、フェリックスは話題を変えた。
「そういえば、なぜハンスさんやご主人は聖騎士団を引退したんですか? まだ現役を続けられる年齢だったはずですよね?」
「それは俺が答えよう」
寝ていたかと思われたハンスが突然起き上がり、会話に参加してきた。彼は眠そうに目をこすりながら、ボトルを掴んで自分のグラスに注ぐ。
ハンスと主人が聖騎士団引退を決めたのは、グレース体制になってから数年後だった。
「グレースの事は嫌いじゃないんだが、奴を支える為に入ってきたオーリンダール近衛騎士団の連中とソリが合わなくてな。あいつらグレースの事しか考えてなくて、聖騎士団がどんどんイビツな存在に変わっていくのが嫌だったんだ。オーリンダールの奴らは家の名誉の為なら何でもする。そんな奴らのために被害を受けるのはごめんだ」
ターニャはその話を聞いて、実家のセルヴィオラ家が滅んだことによって、オーリンダール家が領地を拡大した利益だけでなく、聖騎士団長の座も得たことにも気づいた。いや、それは考えすぎだろうか。
◇ ◇ ◇
フェリックスとターニャは、ハンスに礼を言って店を出た。
外はすっかり夜になっている。冷え込んでいないのに2人はまだ悪寒のようなものを感じていた。特にターニャには、悪寒とともに混乱から来る頭痛もあった。
考え出せばキリがない。
アビゲイル枢機卿、スカーレット枢機卿、カルメサス家、オーリンダール家、そしてマルトゥリック家。
父ルーファスや実家セルヴィオラ家が排除されたことで利益を得た者、もしくは得たかもしれない者がこれだけいる。どこから手を付ければいいのか、彼女には見当がつかなかった。
「あの・・・これからなんですが。引き続きターニャさんのお手伝いをさせてもらえますか?」
深く悩んでいるターニャに水を差したくなかったが、これだけは確認したかった。
ターニャは少し迷ったがこの申し出を断った。
「…フェリックス様。ありがたいのですが、これ以上はご実家マルトゥリック家の不利益になるかもしれません。辞めたほうがいいです」
しかし、彼は一歩も引かなかった。
「構いません。でも頼りたくなった時には必ず声を掛けて下さい。都合のいい人間として使って下さい。私の気持ちは変わらないです。交際を真剣に考えてほしいんです」
フェリックスの強引な再告白に、ターニャは動揺しながらも、それでも受け入れることはできなかった。
「身に余る光栄です、フェリックス様。しかし、私の為に命を賭けてくれている人たちがいる。彼らのことを考えたら、私はいま交際を考える余裕はありません。本当に申し訳ありません」
深く頭を下げるターニャを見て、彼は少し黙った後、息をついて答えた。
「そうですか、わかりました。でも私は諦めません。ターニャさんがまた私を頼って会いにきてくれることを心からお待ちしています。…それでは私はここで」
そう言い残し、フェリックスは反対の道へと歩き出した。
彼のどこまでもまっすぐな言葉に胸を締めつけられたが、ターニャはその感情を抑えて家路についた。
(第13話 完)
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★あとがき★
ハンスと酒場の主人から重要な話が聞けました。
頭痛を覚えるほどの数多くの可能性。ターニャはどの可能性に賭けるのでしょう。
次回、三姉弟が集まり、情報を整理する中でトーマスはあることを考え始めます。