第13話「ハンスの回顧」 - 4
※生成AIで作った画像を挿絵に使っています。その為一貫していない部分がありますが雰囲気モノとしてご容赦ください。
主人は、ハンスが寝ているのをいいことにウォッカのボトルを手繰り寄せるとグラスを用意して自分用に注いだ。
「ハンスさんには内緒ですよ」と微笑んだ。
若手から異例の抜擢でグレースが副団長に就いた。間を飛ばされた諸先輩方が言葉に表せない不満を溜めている中、第13代は早々に大事件を引き起こした。
それはトーマスが王属裁判所で見つけてきた記録に記されていた事件だ。
王宮を出て馬車に乗り込もうとしたアビゲイル・クロワ枢機卿に、ラルフ団長が声をかけたことから始まった。ラルフは剣を抜いて枢機卿に斬りかかる。そこに居合わせたグレース副団長が止めに入り、激闘の末、グレースがラルフを倒してアビゲイルは救われる。
「ラルフさんは先代たちを失ったショックや急に団長を継いだ重責のプレッシャーなどで押し潰されそうになっていました。誰の目にも明らかだったと思います」
主人は美味しそうにウォッカを飲みながら続ける。
「ラルフさんがアビゲイル枢機卿を糾弾して襲いかかった瞬間は、私もハンスさんもその場にはおらず、見ていませんでした。大声が聞こえて駆けつけたときには、グレースさんとラルフさんが戦っていました。グレースさんは非常に強かったが、それでもラルフさんを手加減して倒す余裕はありませんでした。もし彼女が手加減していたら、逆に殺されていたでしょう。あれは正当防衛です。疑いの余地はないですよ」
フェリックスは少し眉をひそめた。
「この話がルーファス団長たちの事件とどう繋がるんですか?」
主人は微笑みを浮かべ、まるで待っていましたと言わんばかりに答えた。
「ラルフさんがアビゲイル枢機卿と何の話をして口論になったのか、そこが重要なんです」
主人は一度言葉を切り、間を置いてから、ゆっくりとウォッカを飲んだ。その仕草からは、核心に触れることを引き延ばそうとする意図が感じられた。
「グレースさんはこう言っていました。『ラルフ団長は枢機卿に対して、行方不明になった日にルーファス団長は「あなたと話し合わなければならない」と言っていた。あなたに会っていたはずだ、と追及していた』と。そして『アビゲイル枢機卿はそれに対して、「確かに会ったが、政治的な意見交換をしてすぐにルーファスは帰っていった」と反論していた』と」
ターニャが噛みつくように割って入る。
「グレースさんも他の方々もそれを信じたのですか? いかにも犯人が言いそうな言い訳です!」
「お嬢さん、落ち着いてください」
主人は落ち着かせるようにもう一本葉巻を取り出して、ゆっくり炙るように火を点ける。
フェリックスもターニャの肩に手をやり、優しくなだめる。
ターニャが静まったのを見て主人が再び話し始めた。
「仮にすぐに帰らずに揉めたとしても、枢機卿が剣聖と呼ばれるほどの実力者を殺せるとは思えません。絶対に無理です」
「でもそこに妹のリリー副団長がいて、姉側について団長と戦ったとしたら?」
フェリックスが主人の仮説を試すように尋ねる。
「枢機卿はリリー副団長はその場にいなかったと話していましたが、仮にいたとしても2人は戦わないですよ。互いの実力は伯仲していて、どちらも無傷では済みません」
「でも実際2人が亡くなった状態で見つかってるんですよね?」
「待ってください。両者が死ぬまで戦うと思いますか? しかも何故その遺体を十字架に磔にする必要があるんです? アビゲイル枢機卿がそんな事をする理由がありません。自分の妹もいるんですよ? ラルフさんの言い分は支離滅裂です。だからこそ、グレースさんもラルフさんの話を信じなかったのです」
フェリックスとターニャは互いに視線を交わしながら、考えを巡らせていた。隠された真実に近づいているようでいて、まだ霧の中にいるような気がしてならなかった。
ルーファスとアビゲイルの間で何かあったのか。ラルフは何かを掴んでいたのか。
「では一体誰が…」
フェリックスは何もかもが分からないという表情で、すがるように主人に尋ねた。
主人はウォッカをグラスに注いで一口で飲み干すと、こわばった表情で口を開いた。
「ここからは私とハンスさんの妄想です。でもこんな考えを知られたら私たちは消されるかもしれない。ここだけの話にして下さい」
(続く)
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「面白そう」「続きが気になる」と感じましたら、『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけますと嬉しいです!
皆様の応援が作者のモチベーションとなりますので、是非協力よろしくお願いいたします!
★あとがき★
ラルフが何故アビゲイルに襲いかかったのかが語られました。
それはルーファスとアビゲイルの間に何かがあったというものでした。これが真実なのか、当時ラルフは情緒不安定な状態にあり判断が困難です。自分でもよくこんなややこしい話を考えたもんだと今回の話を書いてて思いましたw
次回、酒場の主人はある仮説を話し始めます。