第7話「聖騎士との出会い」 - 3
※生成AIで作った画像を挿絵に使っています。その為一貫していない部分がありますが雰囲気モノとしてご容赦ください。
いよいよ空が暗くなり、周りの客も帰り始めていた。
「あの…フェリックス様。妹が帰宅するのでそろそろ…」
最後まで嘘をついている。ターニャの胸がチクリと痛んだ。
「ああ、もうこんな時間ですね。今日はとても楽しかったです。勇気を出してお誘いして良かった。ターニャさん、ありがとうございました」とびっきりの笑顔でフェリックスは礼を言った。
ドクン。また心が揺さぶられた。これ以上一緒に居るのは良くない気がしてターニャは席を立ち上がった。
「こちらこそお誘いいただきありがとうございました」
そこで終わらせてしまう事はどうしてもできずに言葉を続ける。
「フェリックス様、今度ぜひ私が劇場に出る日にお越しください。次の非番の日はいつですか?」
2人は次に会う約束をしてティサネリーを出た。
既に暗くなった帰り道を歩きながら、ターニャはフェリックスとの会話を思い出していた。
あの高まった感情は何だったのだろう。
父の頃の話を探るつもりで聖騎士団の話をしているのに気づくとフェリックスの事を尋ねていた。
◇ ◇ ◇
次の非番の日、フェリックスは約束通り昼の劇場に現れた。
それに気づいた舞台袖のターニャは、普段とは違う緊張を感じていた。他の踊り子からも今日は何か雰囲気が違うわねと声を掛けられ、やっぱりそうなんだと自覚を強める。
この日の舞台は確かに違った。
ターニャの舞は儚くも情熱的で見る者の心を掴んだ。フェリックスも彼女の一挙手一投足に目を奪われすっかり魅了されていた。
全ての演目が終わり舞台を去った踊り子たちには熱烈な拍手が送られた。
持てる全てを出し切って舞台裏で息を切らしていたターニャにもその拍手が届いていた。
「ターニャさん、今日のあなたは本当に素晴らしかった。こうして話すのが気が引けるほどの神々しさに包まれていましたよ」
早々に劇場を離れて2人は人目につかない道を歩いていた。フェリックスは興奮が止まらない様子だ。
「ああ、凄かった! 見てください、私の手は感動したまま震えてます」
無邪気に両手を見せる彼にようやく張り詰めていた緊張がほぐれてきた。
人目につかない道は人目を忍ぶ闇市場に繋がっていた。こうしたゴミゴミして怪しい市場が好きだというフェリックスは「貴女をお連れするのはどうかと思ったのですが、どうしても見てもらいたくて」と趣味の世界へターニャを誘った。これまで楽しむ場所として見てこなかった市場がフェリックスによって一変したのを感じ、ターニャはとても嬉しくなっていた。
「遠慮せずあなたの好きな場所に連れて行ってください」
素直な気持ちがそう言わせていた。
そこは魔法使いや司祭になりきる事ができる仮装道具店だった。ここには様々な杖のレプリカや魔導書を模した本などが所狭しと並び、魔法の才が無い者が憧れの姿になろうと通っているようだ。
「実は子供の頃から魔法使いに憧れていたんです」と杖と魔導書を手に持ちポーズを決めて見せるフェリックス。ターニャもせっかくなのでと司祭の格好になり、読めない聖典をさも理解しているかのように読み上げるふりをした。
いい大人が時を忘れて仮装ごっこを楽しんだ。
「はあはあ…はしゃぎすぎました。そろそろ次に行きましょうか」
この日のデートコースはフェリックスがしっかりと用意していた。闇市場ならではの珍しいフルーツを食べながら次の店、次の店と見て回る。
「いたいた、彼の歌を聴いて欲しかったんです」
フェリックスが指差す先にはリュートを爪弾く吟遊詩人が数人の観客の前で歌っていた。
聞けばこの吟遊詩人は恋愛歌の皇帝と呼ばれる有名な男性で、闇市場などで隠れて歌を披露している幻の存在なんだそう。
恋愛歌の皇帝が歌っていた曲は、貴族令嬢と敵対する国の戦士の叶わぬ恋愛を描くものだった。
よくある切ない恋愛曲だったがターニャには鋭く刺さった。
自分は父の死の真相究明に命を捧げている。フェリックスはその過程で出会った聖騎士に過ぎない。心惹かれる自分を抑え込んで前に進まねばならない。そう自分に歌い掛けられているような気分になり、急に胸が苦しくなってきた。
「フェリックス様、急用を思い出しました。ごめんなさい、今日はここで失礼します。またぜひ劇場にお越しください」
ターニャはそう告げるとフェリックスの返事も聞かずにその場を立ち去ってしまった。
「ターニャさん・・・」
残されたフェリックスは訳も分からず立ち尽くすことしかできなかった。
(続く)
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★あとがき★
このデートどうなるのかなと思って書いていたら辛くなってしまったターニャが逃げ出してしまいました。こうするつもりはなかったのですが・・・この2人はまた出会うでしょう。
次回、弟トーマスは他の聖騎士と会う機会を得ます。