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愚か者の犠牲者たち(ホーエン公爵家)

報告書を読み終えて執務机に放り投げ、思わず深いため息が漏れた。


「やはりカエルの子はカエルにしかならぬか」


王族の責務として決められた婚約者の令嬢の立場も気持ちも慮れない愚か者が二代続けて王座に坐る。

王太子の場合、懸想した令嬢が未来の王太子妃の生家ガレリア侯爵家を主家と仰ぐフォルン伯爵家の長女であり、令嬢自身が主たる令嬢に厚い忠誠を誓っている事がせめてもの救いか。

側妃となっても彼の伯爵令嬢が未来の王太子妃となるバーバラを裏切ることも侮ることも決して無いだろう。

国にとっては僥倖であるが、バーバラの犠牲は計り知れない。



◇◇◇


ホーエン公爵アレクシスは公には第二王子であり、現王弟となっているが、実は現国王ヘンリーとは双子である。

双子は国を割るとの言い伝えを信じる者が多く、今までは生れ落ちるとすぐに秘密裏に亡き者にされる事も少なくなかったと聞く。

今回は優秀な宮廷医師が生まれる前に双子と気づき、生れ落ちるとすぐに王妃の実家である隣国の大公家へ預けられ、1年後に改めて第二王子誕生と発表する手はずを整えてくれた。

体が弱く、王妃の実家である隣国のヴォルク大公領で静養という建前であったため隣国の学園へ留学という形で進学し、最終学年で帰国するまで公の場に出る事はなかった。


健康を取り戻したとして帰国し、飛び級で最終学年に編入したこの国の学園で目にした兄の愚行には言葉を失った。

入学前に決められた婚約者であるサフォーク侯爵家のマリアンナ嬢を蔑ろにし、声も頭も甘ったるい子爵令嬢を常にべったりと侍らせていた。少数の最上位貴族令嬢令息の視線は冷ややかであったが、それ以下大多数の生徒たちから身分を超えた真実の愛だなどと持て囃されて浮かれ切った兄の姿に、当時どれ程羞恥を覚えたことか。


しかも、マリアンナ嬢が子爵令嬢に対して行ったとされる実にくだらない稚拙な嫌がらせを、冤罪とも気付かずに声高に責め立て、あろうことか卒業パーティーの席で婚約破棄を言い渡したのだ。

鞄を池に投げ入れられただの、階段から突き落とそうとされただの、王太子殿下に愛されている事に嫉妬されて暴言を浴びせられただの、いかにも下位貴族の考え付きそうなことだ。

未来の王妃になるべく教育を受けた高位貴族の令嬢が自らそのような行動に出る訳がない。

あったとすれば取り入ろうとする魂胆のある者たちの忖度か、隠れ蓑を良いことに便乗したただの嫌がらせだし、大部分が自作自演との証拠を掴んでいる。

そもそも侯爵令嬢に無礼を働く下位の令嬢が嫌がらせを受けたからと言って、王太子のヘンリーになんの関係があるというのか。

真実の愛の相手だから?

それがこのような衆人環視の下で婚約者を貶める理由になると本気で思っているのなら、どこまでおめでたい思考をしているのか。


子爵家と令嬢が無事であったのは、サフォーク侯爵家とマリアンナ嬢が王太子を、王家を、この国を見限ったのだという事がなぜ分からない。


マリアンナ嬢は終始一言も言葉を発することなく周囲が息を呑むほど美しいカーテシーを披露してすぐに会場を後にした。

私は騒ぎに乗じて出口に向かい、事前の打合せ通りサフォーク侯爵と共にマリアンナ嬢をエスコートして待機させていた馬車に乗り込んだ。


「お陰様でとっても素敵な方との婚約が調いましたのよ」


待機した馬車の中で待っていた隣国ダリス公爵令息のチャールズと見つめ合い、マリアンナ嬢は美しく笑って左手の指に嵌る大粒のブルーダイヤモンドの指輪を私に向かって翳した。

それはダリス公爵家に代々伝わる公爵夫人の証の指輪だった。

ダリス公爵令息は王位継承権第二位であり、病弱で子を望めない事が分かった王太子殿下は近々王太子を辞して一代限りの大公を賜ることが内々で決まっている。


マリアンナ嬢は生まれた時からこの国の王太子の婚約者候補に挙がり、王妃になるべく人生の全てを捧げてきたのだ。その過酷さは計り知れない。

国のため、将来の夫を支えるためのその努力も、実家の侯爵家の今までの王家への莫大な支援も何もかも否定され踏みにじられたのだ。


私は学園での報告とマリアンナ嬢の冤罪の証拠の数々、そして王太子が真実の愛を貫くべく婚約を破棄し子爵令嬢を新しい婚約者に据える事を画策している事を知るとすぐにサフォーク侯爵とマリアンナ嬢へ報告した。


サフォーク侯爵もマリアンナ嬢も婚約破棄についてそう驚かなかったところを見れば大体の情報は掴んでいたようだが、隣国ヴォルク大公家の名代として私から伝えられた隣国ダリス公爵令息との縁談には目を瞠った。私は使者として、ダリス公爵からのマリアンナ嬢への親書を手渡した。


(王妃たるべきマリアンナ嬢に希う。我が主となる子息チャールズと共にあるべき場所へ。)


ダリス公爵家のチャールズとは竹馬の友である。

継承権第二位の彼はこの国の王太子殿下のスペアとして教育されており、多忙な毎日を送っていたが、天才肌でなんでも卒なく熟す反面、度々私を誘って一緒に抜け出しては領地の子どもたちに交ざって遊んだり、領の祭りの時などは屋台の手伝いをしたり、葡萄の収穫の時期には近隣の農場で荷運びをしたりしていた。今思えば周囲をずいぶん振り回してしまったが、見つかるたびにいたずらっ子の様に首を竦めて舌を出す様子が憎めず、いつも一緒に叱られたことも楽しい思い出だ。

その様子は公子と知っていて温かく見守る領民からも絶大な支持を得ていた。

そんな彼が王太子になることが決まり、私は両国を繋ぐ外交官として動くべく帰国したのだった。


そこで目にした我が国の王家の惨状。

私は帰国早々兄である王太子の状況をヴォルク大公に報告し、共に水面下でダリス公爵と交渉を進めた。

事前の調査も申し分なく、学園で直接交流を持ったマリアンナ嬢の為人は素晴らしかった。

未来の隣国王妃として、何よりチャールズの伴侶はマリアンナ嬢しかいないと確信していた。



サフォーク侯爵は婚約破棄騒動の一週間前、独自の報告書と私が集めた証拠を王家に提示し、慰謝料を求めないことを餌に既に婚約解消をもぎ取っていた。

続くサフォーク侯爵の爵位返上に付いては、驚いて止める陛下はじめ重鎮たちと押し問答があったが、留まる条件として王太子有責の婚約破棄の公表と慰謝料の支払いを提示され、侯爵家を手放す愚かな選択をした。

浅はかにも中・下位貴族以下平民に持て囃されている「真実の愛」の人気を手放したくなかったのだ。学園の卒業後、王太子の真実の愛のためにサフォーク侯爵令嬢のマリアンナ嬢は王太子との婚約を辞退すると公表されることに決まった。


しかし当の王太子ヘンリーにはそのことを伝えられておらず、卒業パーティーでマリアンナ嬢との婚約破棄と、子爵令嬢との真実の愛を貫く事を宣言すると言い出した。

本人にも考え直すよう伝えたが、まったく聞く耳を持たないばかりか側近たちに至っては私をも真実の愛を邪魔する不届き物と糾弾する始末だ。

両陛下には何度も何度も兄を止めるよう訴えたにも関わらず、さすがにそんな馬鹿な事はしないだろうなどと楽観し、なんの対策も取られずに放置された結果、マリアンナ嬢は謂れのない冤罪を着せられ、無言のまま迎えに来た新たな婚約者であるチャールズに手を取られ、家族と共にこの国を去って行った。

既に見限った国と元婚約者に義理を立てる事も言葉を発する事すら彼女にとってはもはや無駄なのだ。


王太子の暴挙を知った陛下が慌ててサフォーク侯爵家へ使いを出した時には既に侯爵邸は蛻の殻で、侯爵家の経営する王都の商会は関連の工場や作業場を含めて全て閉鎖されていた。

サフォーク侯爵家に仕えていた使用人も商会の従業員や職人も、その家族も全て姿を消しており、元サフォーク侯爵家族へ連絡出来る手段を持つものは表向き誰一人いなかった。


元サフォーク侯爵の鮮やかすぎる脱出劇から一夜明け、王宮の使用人は半分になった。

今までサフォーク侯爵の手配で送り込まれた使用人たちは退職金を支払われた上で推薦状と共に契約が打ち切られていた。

王家に預けられていた侯爵家の資産は全て引き上げられており、今まで湯水のように使っていた雇用や管理のための潤沢な資金ももうなかった。

両陛下以下金策に苦心する事となり、両陛下が王妃の実弟であるヴォルク大公家へ何度も使者を出し、ついには直接赴いて頭を下げ、王妃の在位期間中のみの条件の下、追加の援助を得る事で何とか最低限王家の体面を保つことが出来るようになった。


隣国と我がルクセル王国は大河を挟んでいるためか直接の衝突が少なく、友好な関係を保っている。大河を渡ってすぐのヴォルク大公領が王妃の生まれ故郷であるために緩衝地となっている事も理由の一つだろう。

片方の国が荒れて均衡を欠けば真っ先に被害を受けるのはヴォルク大公領であるとして、

ヴォルク大公は隣国の王家、姉夫婦と甥の失態の尻拭いとして渋々支援要請を呑んだ。


というのが表向きの姿であると気づいている人間がどれだけいただろうか。


担ぐ神輿は軽い程扱いやすいが、担ぐ人間がやみくもに動けば暴走し、歯止めがきかなくなって邪魔になった神輿は簡単に打ち捨てられる。

先見の明のある貴族たちは隣国との繋がりを強化し始めた。

その筆頭がガレリア侯爵家だった。

元サフォーク侯爵の経営する商会と契約を強くし、近隣諸国の主な都市に販路を広げ商品を売り込み、新たな商品開発の手助けをしてあっという間に双方ともに近隣諸国に名を轟かせる大商会へと成長していった。


卒業パーティーでの騒動は瞬く間に国中に広められ、すぐに王太子ヘンリーと子爵令嬢の婚約が発表され、真実の愛の熱に浮かされたまま異例の速さで結婚式が執り行われた。

こんなにも急いだ理由は、兄が婚約早々に手を出してしまったからという情けない実情だ。


結婚式には隣国の国王夫妻の名代としてチャールズとマリアンナ嬢が出席した。

その入場の際の紹介で、チャールズの立太子と共にマリアンナ嬢の婚約が周知され、王家をはじめ、参列者は度肝を抜かれた。

そして高位貴族を招いての披露宴の席ではマリアンナ嬢の冤罪が晴らされ、卒業パーティーの前には既に婚約の解消がなされてヴォルク前大公妃の養女となっており、当時ダリス公爵令息だったチャールズとの婚約が結ばれていたことが発表された。

二人は、このことを事前に知らされていたマリアンナ嬢の真の友人の令息令嬢たちに華やかに取り囲まれてしばらく穏やかに交流すると会場を後にし、そのまま帰国してしまった。

主役の二人と国王王妃両陛下とは挨拶以外に言葉を交わすことなく、披露宴の後の面会の要請の使者も間に合わなかった。


披露宴の席で王太子妃の嘘と、その嘘に絆されて浮気をして婚約者を蔑ろにした挙句に冤罪で断罪して既に解消されている婚約破棄を宣言するという茶番劇を繰り広げたことが明るみに出た訳だが、そこにいた高位貴族たちは既に把握済みであり、動じるものはいなかった。

その上、マリアンナ嬢の完璧な所作と交流術に比べて何もかもが足元にも及ばない王太子妃のマナー違反や態度を微笑んでやり過ごす高位貴族たちの態度を好意的に受け取る王太子はじめ王家の面々には呆れを通り越して失望すらした。


すぐに懐妊したこともあり王太子妃の教育は進まなかった。

産後も教育係はいるものの何かと理由を付けて逃げ回り、執務も任せられる状態ではないのだとか。特に外国語は隣国語でさえ全く身に付かず、招かれた外交の場で通訳に頼りきりの上マナーのなっていない様子に次第に友好国からの招待状が届かなくなっていった。


代わりに外交の場で精力的な社交を行っているのは、王太子妃の懐妊と共にホーエン公爵を賜った私と公爵夫人として迎えたフリーデリケだった。

フリーデリケはダリス公爵家の令嬢であり、チャールズの妹だ。

国内では大恋愛の末迎えたと噂されているが、その内実は人々の思う甘いものとは違っている。

私はフリーデリケの柔らかな雰囲気の容姿はもちろん好ましく思っているが、一番愛している部分はその聡明さと人の本質を見抜く洞察力、何者にも臆さない冷静な強かさだ。

フリーデリケには、人たらしで狡猾なあなたを愛していると囁かれて結婚を決めたのだ。


臣下に下ったとはいえ、王位継承権第二位の第二王子が諸外国と太いパイプを持ち、高位貴族の信頼を得ている事がどういう事か、高位貴族の不干渉を好意と見做し、中・下位貴族たちの追従と国民の分かりやすい人気に酔っている王家の面々は気付かない。

フリーデリケ曰く、『多くの人は物事を見たいように見て信じたいように信じるのよ』だそうだ。


ホーエン公爵家は外交を一手に担い、ガレリア侯爵家の隠れた後ろ盾として国内の流通を掌握しながら王都での社交界からは遠ざかり、領地でひっそり暮らす無害な存在として振る舞った。

高位貴族家と密接にやり取りし、噂を集める事は領地でもできる。

王家から距離を置こうとする貴族家が現れると夫婦そろって親身に相談に乗る。その際、フリーデリケが人物を見極め、有用である者や優秀な者は私が篭絡する。


朗らかで気さくなお人よしの公爵とたおやかで美しいだけの万事控えめな公爵夫人を、王家と王家に阿る人間たちは侮っているし、脅威になるなどとは夢にも思ってもいなかった。



◇◇◇


王太子妃が第一王女アメリアを出産した。

国民は真実の愛の結晶だと祝賀に沸いたが、なぜか王子だと信じ込んでいた王太子妃は落胆して子育ても全て乳母任せだという。

年を同じくして数か月後にフリーデリケが嫡男のドミニクを出産したことを知ると周囲に当たり散らし、アメリア王女を顧みなくなったらしい。

見かねた王妃が王妃宮に引き取り育てる事にしたと聞いた。

アメリア王女の将来を考えれば、妃教育も全く進まず王族として最低限の振る舞いさえ身に付かない母親に育てられるよりはいくらかマシだろう。


年を挟み、やや先んじて懐妊したフリーデリケが次男トビアスを出産したと知らせを受けた王太子妃は、自身も妊娠中だというのに荒れに荒れたという。興奮が良くなかったのか早産で生まれた待望の王子は虫の息で、医師団の懸命な努力で持ち直した息子を王太子夫妻は溺愛し、王太子妃は乳母にも渡さず片時も離さないらしい。

名は何と言ったかな。

そうそう、リチャード王子だ。

最近年のせいかどうでもいい事はすぐに忘れてしまうのだ。




◇◇◇


ドミニクとトビアスの誕生と同じころ、ガレリア侯爵家にも子どもたちが誕生していた。

アランとバーバラだ。

アランはガレリア侯爵に似て、少々不愛想だが幼い頃から計算や采配に優れた才能を見せており、

バーバラは北の領地出身のフローラ侯爵夫人に良く似て透き通るような雰囲気が大変可愛らしく、そして驚くほどに賢かった。


「お父様、お母様! 僕のバービーは天才だよ!」


息を切らしてキラキラした目で居間にやってきたトビアスに連れられて子供たちの遊び場にしていた談話室にやってくると、ドミニクがボードゲームの盤を真剣に見つめていた。


商談のために滞在するガレリア侯爵と共にアランとバーバラも招待していたのだ。

同じ年頃の子供たちはすぐに打ち解け、ドミニクとトビアスは初めて接する女の子のバーバラが可愛くて仕方ないらしく、妹が出来た、僕たちのバービーと呼んでそれは喜んで世話をしていた。

今朝、ドミニクがアランにボードゲームのルールを教え、二人が対戦するのをバーバラがじっと見ていたらしい。あまりに熱心に見ているのでトビアスがバーバラを相手に対戦してみた所、全く歯が立たなかったそうだ。それを見てドミニクがバーバラと対戦するとこちらもあっさり負けてしまったという。

それから三回対戦し、完敗したところでドミニクが固まったのが今の状況らしい。

ドミニクもトビアスも、フリーデリケ選りすぐりの家庭教師たちにボードゲームの手ほどきを受けている。特にドミニクは彼らと互角の戦いが出来る程に強いのだ。そのドミニクが一度ルールを聞いて対戦を見ていただけの7歳のバーバラに勝てないとは。


フリーデリケの目の色が変わった。

ガレリア侯爵に、こちらに来る度には必ずバーバラを連れてくるように言っている。

フリーデリケは隣国の王族の血を引く元公爵家令嬢だ。政略により近隣の王室に嫁ぐ可能性も視野に入れて、王になる可能性のあった兄のチャールズと同等の王族教育に加えて領地経営についても叩き込まれており、外交や商談に必要な近隣4か国の言語を自在に操れる。

その知識を全て自らバーバラに注ぎ込むつもりのようだ。


ドミニクはしばらく盤を見つめた後、ぱっと顔を上げて興奮した様子で話し出した。


「三回とも違う攻め方をしたのにちゃんとそれに対応して勝ってるんだよ!

 しかも三回とも僕が逃げの手を指した後に三手でチェクメイトしてる!

僕たちのバービーは本物の天才だ!」


キョトンとするバーバラの頭をドミニクが優しく撫でている。


「さあ、頭を使ったから今度は外で遊ばなきゃ! アラン、バービー、ブランコに乗りに行こう!」


4人仲良く手を繋いでテラスから外へ出て行った。


負けた事実に囚われず、負けた理由と経緯をきちんと検証して、素直に相手を称えられる。

我が息子たちが心から誇らしい。君の生んでくれた息子たちは僕の誇りだよと、フリーデリケを抱き寄せると、あなたの授けてくれた息子たちは私の宝物よと答え、二人で寄り添って庭の子どもたちの様子を眺めていた。

子供時代はあと少し。せめて今は屈託なく目いっぱい幸せに過ごしてほしいと願いながら。




それから五年の歳月が経ち、父王が崩御し王太子夫妻が国王・王妃として即位した。

ヴォルク大公からの支援金は王妃在位中のみとの約束通り打ち切られ、王太子妃の実家からの援助では到底追い付かず、困窮した王家は莫大な資産を有するガレリア侯爵家のバーバラに婚約者候補として白羽の矢を立てた。



◇◇◇


「トビアス、お前に隣国ダリス公爵家への婿入りの縁談が来ている。

 隣国のチャールズ国王とマリアンナ王妃の第一王女がダリス公爵を継ぐことに決まって婿を探しているそうだが、どうだ」


父のホーエン公爵からそう告げられた。思う人と添えないのであればどこへ縁づいても同じだ。


「父上のお心のままに従います」


そう答えて礼を執る。


「これはお前が穏やかに人生を送れるであろう選択肢その一だ」


その言葉に顔を上げると、父は続けた。


「選択肢二は、不能となり準王族になる」


変な声が出そうになるのを瞬きでかろうじて抑え、父を見つめた。


「久しぶりにお前の変な声が聴けると思ったのに、残念だ」


心底残念そうな顔をしてそういうと、執務机に肘をつき口を覆った。

密談の姿勢だ。


[隣国の王家と我がホーエン公爵家が二代続けて縁続きになることを警戒して王家がお前の命を狙っている。三日後、王太子がお前を遠乗りに誘い出して事故を装い暗殺する計画だがそれは手配済だ。

選択肢二は、その事故を利用して王太子を庇ったお前は馬に蹴られて大怪我をし不能になる。そのことを盾に筆頭補佐官に任命させ、第二王子宮の住人にする。そうすれば生涯バーバラのそばで暮らせるが、お前は不能のそしりを受け、目の前にいる思う相手には触れる事が許されない。これは茨の道だ]


父はやはり私の気持ちなどお見通しだったか。


王家と王太子のバーバラに対する態度は正直腹に据えかねている。一時はバーバラを亡き者にしてシェリル嬢をガレリア家の養女として嫁がせることで、王太子の想い人とガレリア侯爵家の後ろ盾と財産を得られて両得だなどと画策していた。

そんなことを、ガレリア侯爵家はもちろん我がホーエン公爵家が許すはずがないだろう。

父は『頭におかしな花が咲いている女の考えそうなことだ』と吐き捨てていた。

両家は何があってもバーバラを守り抜くだろう。

そう、私がいなくても。


しかし、常に全力で羽ばたいているバーバラには羽を休める場所がない。

いつその小さな羽が力尽きて落ちてしまってもおかしくない程に羽ばたき続けている。

ならば私は、その小鳥が止まれる小枝になろう。小枝は、子供の頃のように頭を撫でることも、寄り添って慰めることも、涙を拭いてあげることも、不安な時に抱きしめることもできないけれど、この世で一番大切な私の小鳥に、安心して羽を休める小枝があると思ってもらえるなら本望だ。


「選択肢二で」


父は呆れたような、安心したような笑みを浮かべると、手を振って私に出て行くよう促した。




次の朝、登城すると王太子宮の使用人が全て公爵家の領地の使用人に入れ替わったと従者に告げられた。私とバーバラを子どもの頃から見守っている皆だ。

王太子妃宮も既にガレリア侯爵家の使用人に入れ替えられているという。


私は、優しく微笑むことが出来る枝になれたようだ。


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