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愚か者たちの恋 ②(バーバラ、シェリル)

■■■


「ねぇ、シェリーには好きな人は居る?」




「もちろん、バーバラ様よ?」


私がレース編みの手を止めずに答えると呆れた様に返されました。




「…私もシェリーが大好きよ。


そうじゃなくて、好ましく思う男性は居るかって聞いてるの」




思わず顔を上げると、思ったより近くにバーバラ様の顔があり、みるみる顔が赤くなるのが分かりました。


思い出したのは、アメリア王女殿下とグレイ小公爵様の結婚式で助けて頂いた少年です。




あの日、アメリア王女殿下のフラワーガールとして参加するバーバラ様に付き従って私は王都へ出向いたのでした。


控え室で準備のお手伝いをして会場へ送り出した所、サシュに留めるはずだった家紋を表すピンズが残っているのを見つけて慌て追いかけたのですが、大勢の人の中でこちらに背を向けているバーバラ様に私の声は届きません。自分より上位貴族の方をかき分けて進む訳には行かず、でも何とか近づこうとしていると、その方が声をかけて下さったのです。




「ガレリア嬢を呼べば良いのか?」




すぐにその方の側近らしき方がバーバラ様に声を掛けて下さり、無事にピンズを付ける事が出来たのでした。


お礼をお伝えしようと振り返った時にはもうその方はいらっしゃらず、そのままお会いする事もなく帰途に就きました。


たったそれだけの事だったのですが、彼の水色の瞳がずっと心に残っているのです。


ピンズを見て即座にガレリア家と分かったその方は、恐らく高位貴族のご令息でしょう。私の手の届く方では無いと分かっています。


バーバラ様ならその方にお会いする機会があるかも知れませんので、助けて頂いた事はお伝えしていたのです。




その日の報告は出来るだけ普段通りを装ってお話ししたのですが、生まれた時から一緒に育ったバーバラ様の目は誤魔化せなかった様です。




「シェリーなら、高位貴族家に嫁いでも大丈夫ってお母様もヨーク夫人も太鼓判を押しているわ。


その方にお会いして、お相手もシェリーを好ましく思って下さるなら、ガレリア家の養女になって嫁げば良いのよ」




とんでもない事を何でもない事の様に言われましたが、私は自分の立場をきちんと分かっています。




「こんな大それた事を話しているのをお父様に知られたら、私はきっと次の朝を修道院で迎えることになるわ」




そういうと、バーバラ様はそうね、伯爵には絶対に秘密にしなくちゃとコロコロと楽しそうに笑っていましたが、急に真面目な顔になって私の正面に向き合いました。




「私は王太子殿下の婚約者候補の最後の3人に残ったそうよ。


3ヶ月後には王都の学園に入学して最終選考に進むの。


シェリーは私の側近として一緒に学園に通うようにとお父様からのご指示よ」




バーバラ様が王太子妃の最有力候補だとはお父様から聞いていました。遂にこの時が来たと身が引き締まる思いで御前に跪いて最敬礼を執りました。




「ガレリア侯爵閣下の御心のままに。


フォルン伯爵家シェリルはバーバラ様へ生涯の忠誠を誓います」




バーバラ様の瞳は諦めと決意が綯交ぜになった切ない色に染まっています。


結ばれないと分かってはいながら、それでも一筋の希望を捨てる事ができなかったのだと悟りました。


何も言わず、誰にも語る事なく想いを封印したバーバラ様の決意を目の当たりにし、私もまた淡い想いを封じる事を決意して顔を上げました。




「学園に通えば彼の方を見つける事がきっと出来るわ。


お願いよシェリー、あなたの恋が実る事が私の唯一の希望なの」




この日、私の幸福な少女時代は終わりを告げたのでした。






■■■


アメリア王女殿下とグレイ小侯爵の結婚式の日、フラワーガールに選ばれた5人の令嬢は、王太子殿下の婚約者候補達だった。


その中から公の場での態度や振る舞いを見て最終の3人に絞られると聞いていた。


ガレリア侯爵家の財力と後ろ盾が何としても欲しい王家は、身分を隠した王太子殿下をお兄様のご学友としてガレリア侯爵家のタウンハウスに何度も送り込んでいた。


何度顔を合わせて話をしてもお互いに惹かれる事もなく、私たちの仲が進むことはなかった。普通の顔合わせならこれで話は流れる所だが王家は諦めていない。


恐らく最終の3人にも残されてしまうだろう。




しかし今日、多くの貴族の目のあるこの公の場で粗相があれば選考から外れる事が出来る。




わたくしは、サシェに付いた家門を表すピンズをこっそり外して会場に出た。


まさか、それに気付いたシェリーが大勢の人の中へ出て来るとは思っていなかった。


声を掛けられ振り向くと、そこにはピンズを持ったシェリーが立っていて、そのそばを立ち去る少年は、鬘を着用して変装してはいるが王太子殿下その人だった。


式が始まり、変装を解いて王族の席にいる間も王太子殿下はわたくしの後ろに控えるシェリーをずっと見つめていた。




わたくしが王太子殿下にお会いした時にシェリーは同席していなかったし、シェリーの様子からも直に接したことはないはずだ。しかし、王太子殿下は何度も侯爵邸を訪れていたのだからどこかの時点でシェリーを見初めていたとしてもおかしくはない。


会場に姿を現したわたくしを見て意図を察したのだろう。シェリーに声を掛けたのは偶然ではない。


急拵えの変装までして、シェリーとの唯一の接点であるわたくしが不名誉な形で婚約者候補から外されないように立ち回ったのだ。




恐らく私の見立ては間違っていない。


ならばそれに乗ることにした。






■■■


近隣諸国に留学して交流を深めていた王弟殿下は、王太子殿下が生まれたことで公爵位を賜り、ホーエン公爵として外交を担っている。


留学中に隣国の公爵令嬢のフリーデリケ様と出会い、大恋愛の末にホーエン公爵夫人として迎えた事は社交界では有名だ。


二人の間には嫡男のドミニク様と次男のトビアス様がいる。




ガレリア侯爵家は諸外国との取引が多く、外交官であるホーエン公爵家とは家族ぐるみで親密な関係だったため、両家の子どもたちは幼馴染として育っていった。


初めて会った7歳の頃からトビアス様はわたくしの特別な存在だった。


しかし、ガレリア侯爵家の長女であるわたくしは、家のために最も有益な相手に嫁ぐ義務があり、公爵令息とはいえ次男であるトビアス様に嫁ぐことは許されない。


子どもながらにそのことを理解していたわたくしは、トビアス様への感情を言葉に出すことなく心の奥に大切に仕舞っておくことにした。




ドミニク様もトビアス様も、幼い頃から母である公爵夫人の手ほどきを受けて複数の外国語を身に着けている。外国語を習う事を口実にトビアス様と過ごす時間は本当に楽しく幸せだった。




14歳になった頃、トビアス様は通訳を兼ねた王太子殿下の補佐官となるべく王宮に上がって教育を受ける事になった。この時にトビアス様はわたくしが王太子殿下の婚約者候補に挙がった事を知り、それ以来、トビアス様は私と会うことはなくなってしまった。






それから1年経ち、わたくしたちは学園へ入学した。


アメリア様の結婚式の時に予想した通り、王太子殿下の心はシェリーにあった。


それは構わない。


しかし、婚約者候補であるわたくしを、仮にも王族である王太子殿下があそこまで露骨に邪魔者扱いするとは思わなかった。


周囲の目がある事をやんわり伝えても反発するばかりで、わたくしに憎しみを込めた目を向ける有様だ。


この瞬間、わたくしは王太子殿下を見限った。所詮政略結婚なのだからどう思われていようと構わない。わたくしへの態度を踏まえた上で、王家もガレリア侯爵家も、シェリーに向ける愛情をも利用して対応するだろう。


後は大人たちに任せておけばいい。




王太子殿下との初めてのお茶会で、従弟という立場から最側近として常に行動を共にしていたトビアス様と再会できる事をわたくしは心待ちにしていたのに。


トビアス様には王太子殿下に蔑ろにされるわたくしを見られたくはなかった。トビアス様の気遣わし気な視線が何よりも辛く、居た堪れなかった。


あの頃の柔らかく輝く瞳に、わたくしの微笑む姿を映してもらいたかったのに。




それから程なくして私は王太子殿下の正式な婚約者となり、わたくしへの扱いは一転した。


しかし、そんなことはわたくしにはどうでもよかった。


それよりも、王太子殿下の私に対する態度とは真逆の感情を知っていたトビアス様が、感情を隠さない視線をわたくしに向けたあの日を決して忘れない。


そしてわたくしもまた、仕舞い込んでいたありったけの感情を乗せてトビアス様を見つめた。


シェリー以外を映さない瞳に、わたくしたちの関係を見咎められる心配はないのだから。


愛される喜びを知ったわたくしにはもう怖いものはなかった。


トビアス様の感情を込めた視線の意味することは、わたくしの目に入る範囲の敵は既に王太子殿下だけだという事だ。


この日、ガレリア侯爵家の娘に生まれたことを心から感謝した。




声に出してしまうともう戻れなくなってしまうから。


だから、お互いに同じ気持ちだと信じて、毎日同じ部屋で過ごせる幸せを喜び合いましょう。


分刻みの公務の中でも、膨大な量の執務をこなしながらも、二人一緒なら支え合っていける。


手を取り合うことも寄り添うことも決してできないけれど、お互いを常に側に感じ、その姿を瞳にとどめる事が出来るだけで良かった。




私たちは出来るだけ二人で過ごす時間が欲しくて、シェリーにおねだりをしてもらった。




「殿下と過ごす時間がもっとあればいいのに」




普段のシェリーからは想像できない、その一言だけで良かった。

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