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愚か者の誤算(国王)

人が亡くなる描写が出てきます。

苦手な方はスルーしてください。


ドクズの父もドクズでした。

「二人を王家の霊廟に埋葬したいと考える」


知らせを受けて離宮に急ぐと、ジョージとエルサが手を繋ぎ、並んで寝台でこと切れていた。

二人の健気な姿に心が痛んだ。


二人の死は、病に侵された王子と看病中に同じ病を得た侯爵令嬢が闘病の末に儚くなったと、簡単な発表となった。


今後の処理と埋葬について会議を開き、高位貴族と主だった重鎮たちの前でそう発言した。

愛し合う若い二人を同じ場所で眠らせてやりたい。


「何をバカな事を」


扇子で口元を隠し、心底蔑んだ感情を隠すことなく言葉に乗せて発言したのは、ブレナン公爵家の領地を引き継ぎ、女大公となった第一王女のビアンカだ。

王家と肩を並べる大公家当主は、国王の発言に直に異を唱える権限を持つ。


娘に向けられた軽蔑を含んだ態度に思わずカッとして声を上げそうになったが、今は公の場であり、女大公の言葉は最後まで聞かなければならない。


就任当初ならまだ黙らせることが出来たかもしれない。

しかし、就任後わずか数か月で、国の穀倉地帯の三分の一を有するグレイ公爵家一門と、王家をも凌ぐ資産を有した王妃の実家であるガレリア侯爵家一門を傘下に従えてしまった。加えて引き継いだブレナン家とその一門は代々王国の軍事を担ってきた武門である。今ではビアンカの宣言のみで独立国となることが可能なほどの絶大な力を持っている。


「歴代王のお子を生した側妃方でさえ同じ場所に埋葬されることは許されていないのに? 王家の認めた婚約者を蔑ろにして死に追いやった浮気相手の令嬢を王家の霊廟に埋葬するなど、正気ですか?」


「だが、二人はオフィーリア嬢の死を目の当たりにして失意の中にあったのだ。それにエルサ嬢は最後の時までジョージを支えてくれていたのだから・・・」


「不貞を犯した輩を二人一緒に幽閉するなど、ただでさえ呆れてものも言えませんでしたのに。

 この一年の間、自分が死に追いやったオフィーリア嬢への懺悔も祈祷すらせず、ただのうのうと生きながらえていただけの浅ましい男ではありませんか。一体何を支える必要があったのです?」


亡くなった兄に対する侮辱は流石に見過ごせず、感情が抑えられなかった。


「それが亡き兄に対する言葉なのか!あの日そなたの無理強いでオフィーリア嬢の最期に立ち会わせたこともそうだが、そもそもそなたが広めた醜聞のせいで絶望して命を絶ったのだぞ!お前には人の心が無いのか!」


「醜聞? あれを醜聞と言える陛下の方が人の心をお持ちでないのでは?

彼らは自分の行いを客観的に突き付けられてようやく人の心に思い至ったようですわね」


ビアンカは閉じた扇子を私に向けるとスイと横へ動かした。

扇子に誘導されて視線を動かすと、私たちに注目している貴族や重鎮たちが目に入った。


「今回の件で子を失ったのは王家とヘルマン侯爵家だけではありませんのよ?

どうしても二人一緒にと仰るなら、王家の身勝手極まりない振る舞いのせいで後継者を奪われたブレナン公爵家と、子を理不尽に失ったグレイ公爵家、ひいては二家の寄親である我がブレナン大公家に対する最大の侮辱と捉えますがよろしくて?」


直系のオフィーリアを奪われ後継者であったレナートも失ったブレナン公爵家は、本来領地を返上しなければならなかったが、慰謝料の代わりに後継者の指名権を要求した。

他の力を持つ家との繋がりを危惧して、王家からは領地を買い取る形で賠償金を提示して交渉したが、それには軍部が承諾しなかった。

次の主と仰いでいたブレナン公爵家の姫君と幼い頃から慣れ親しんだ若君を理不尽に奪った王家に忠誠は誓えないと。

仕方なく指名を誰にするか探りを入れて見ればなんと、第一王女のビアンカだという。

ビアンカなら王家に返上したのも同然だ。特筆すべき能力もない王女はこちらの意のままに操れる。

力のある公爵家を王家に取り込めて慰謝料も払わなくて良いなら一石二鳥だと打算が働いた。

更に、大公領とすれば王族直轄地として王家に取り込めると考えて、ビアンカを女大公として叙した。


それがこんな結果になろうとは。

当初は裏で誰かが動いていると考えて影を最大限に使って探ってみたが、どの報告も全てビアンカの手腕であると判断せざるを得ない結果だった。

王家の色も持たずに生まれた、取るに足らない存在だと思っていたのに。




ビアンカの大公家当主としての問いに貴族たちの視線が集まる。


「王家の霊廟に安置が反対というなら、ヘルマン侯爵家の霊廟に二人一緒に葬ってもらえないだろうか」


私の提案にヘルマン侯爵は飄々と答えた。


「ご指名により発言させて頂きます。

今回の件で私は引責し、侯爵位は嫡男に譲渡いたしました。現侯爵は同席しておりますカインでございます」


促された新ヘルマン侯爵のカインが発言した。


「引き継いで発言させて頂きます。

恐れながら、エルサ嬢は前ヘルマン侯爵の養女として申請されております。

エルサ嬢は前侯爵の引責を以て既に除籍されており、現侯爵カイン・フォン・ヘルマンの籍には連なっておりません。

それにより、ヘルマン侯爵家の霊廟に当家とは関係のないお二人を安置することは現当主として許可出来ません」


国王直接の要請を、まさか爵位を得たばかりの若い侯爵に断られるなどと思わなかった。


「ヘルマン侯爵家にも責任の一端はあるだろう。なぜ受け入れられぬのか」


現ヘルマン侯爵はさらに続ける。


「発言いたします。

我がヘルマン侯爵家は、既に慰謝料として前ブレナン公爵へは貿易船一隻とヘルマン侯爵領の埠頭にある倉庫を含む土地を一部譲渡しております。また、グレイ公爵家へはヘルマン侯爵領からブレナン公爵領を繋ぐ拠点として鉄道の敷設と駅の建設費用を慰謝料として出資しております。

この上の更なる醜聞の受け入れはご容赦ください」


慰謝料の詳細を明言されれば、さらに強く要請するのは悪手だ。

王家の負担も詳らかにしなければならなくなる。

グレイ公爵家へは、王姉であるグレイ公爵夫人の持参金である直轄領に近接した鉱山を一部譲渡したものの、ブレナン公爵家へは後継者指名権のみで、金銭的な補償をしていないのだ。


「では、王都にある教会ではどうだろうか」


大司教が手を挙げた。


「発言をお許しください。

前ヘルマン侯爵のご令嬢だけなら修道院で受け入れることが出来ます。

しかし、不貞の関係であるお二人一緒では教会は受け入れるわけにはまいりません」


思わず眉根を寄せて大司教を見据えてしまったが、反論は出来なかった。

ビアンカがあの物語を発表しなければ、舞台や流行歌でこれほどまでに広めなければ、

ジョージとエルサは二人一緒にどこかで静かに眠れたのだ。なんと余計な事を・・・

視線に気づいたビアンカに問いかけられた。


「なぜそこまで二人一緒に埋葬する事にこだわるのです?

兄上は第一王子直轄領の教会、エルサ嬢は修道院でよろしいではありませんか。

これ以上は時間の無駄だと思いますよ」


「そなたは・・・」


「ここは会議の場です。私情を挟んだ言動に臣下を巻き込むのはお控え下さい」


ビアンカに言葉を遮られ、議長に裁決を取るよう促された。

結局、ジョージは王都からほど近い第一王子の直轄領の教会に埋葬され、エルサはヘルマン侯爵家からもブルク子爵家からも家名を名乗ることを許されず、ただのエルサとして罪を犯した女子の入る辺境の修道院へ送られて埋葬されることになった。



会議の後、家族を集めて話し合いの場を設ける事になった。


「ビアンカ、お前には大いに失望した。兄に対してあのような残酷な仕打ちに加え、愛し合う二人が同じ場所で静かに眠る事すら許さぬとは、人の心が無いとしか思えぬ。家族として同席する事すら苦痛だ!」


ビアンカは子どもの頃から私や王妃に認められようと媚びるように振る舞い、周囲の人間の顔色ばかり窺っていた。失望したと突き放せば縋ってくるはず。

棺が出発していない今ならまだ間に合う。ビアンカが自分の態度を反省し許しを請うなら、ブレナン大公領のどこかに二人が一緒に眠れる場所を提供することを条件に家族と認めて受け入れてやろう。

そう思っていたのに、まるで興味がなさそうに首をかしげて詰られた。


「お父様にどう思われようと、そんなことどうでもよろしいわ。

それはさておき、レナート兄様とオフィーリア姉様に残酷な仕打ちをしたのはお兄様とお父様のほうでしょう?

愛し合う二人を無理やり引き裂いて生き地獄を見せた挙句、何の落ち度もないオフィーリア姉さまを邪魔になったからと殺してしまうだなんて、およそ人の出来る事ではないわ。まるで人の皮を被った悪魔のようだわ」


これは誰だ?ビアンカはこんな娘ではなかったはずだ。

いつもおどおどと私の顔色を窺い、何を言われても無視をされても媚びるように機嫌を取りに来る娘だったはずだ。

王家の色も持たない、取るに足らない存在の分際で歯向かうとは!


「貴様は父を悪魔と言うか!お前などもう娘とは思わん!」


「あら、今更ですか? 王家の色を持たずに生まれた私を見て、自分の娘ではないと大騒ぎしたのでしょう? 知っていますよ。私の色を理由にお母様の不貞を主張して離縁できると実は大喜びしていたことも、私の左手の小指の形が王家に伝わる遺伝と一致していると分かると赤子の私の手を潰そうとした事も全てね。でも未遂に終わって、お母様の不貞も主張できなくなったのですもの。残念でしたわね」


自身への父親からの虐待と言える内容を、ころころと笑いながら実に楽しそうにしゃべっている。

他の家族は黙ったまま声を上げるものがいない。

私は目を見張ったまま口を開けても言葉が出てこない。

どこまで知っているのだ。何を知っているのか。


「愛する人と二人で並んで眠りに就きたいと切に望んでいるのは、実はお父様ご自身でしょう?

本来は霊廟に埋葬されない側妃のシェリル様と並んで葬られたいから、前例を作りたくて躍起になっているのですよね。

何度も何度もお母様を事故に見せかけて亡き者にするよう細工してもことごとく失敗して、やっと諦めましたのね。今度は並んで埋葬される方法を模索ですか」


「き、貴様は一体何を言い出すのだ!許される発言ではないぞ!」


「そんなお芝居は不要でしてよ? 未遂に終わったのはガレリア侯爵家の護衛と影が全て未然に防いでいる事ですからお母様はもちろん全てご存じですわよ。ねぇお母様?」


王妃のバーバラを見やると、いつもと変わらぬ微笑みを湛えた顔を向けている。

側妃のシェリルは涙を浮かべて俯いている。


「大半は事が発覚する前にシェリル様がガレリア家とお母様に報告して下さっていたのよ?

ご存じでしたか? シェリル様は愛するお父様に人の道を踏み外して欲しくなかったのですって。

ねぇ、お父様? よかったわね。悪魔にならずに済んで」


「愛するものと結ばれない苦しみがお前にわかるのか!

愛してもいない女と子を儲けなければならない屈辱がお前にわかるというのか!

やっと手に入れても日陰の身にしかしてやれない。私たちの仲を引き裂く女を憎んでも仕方ないではないか!」

 

どうしてこうなった?

一体何が起こっている?


「愛してもいない男の子を生さなければならない屈辱はお母様も同じでしょうに。

お母様も愛する方と引き裂かれていたとは思いませんでしたか?

自業自得を不幸と捉えて感傷に浸るところも、自分と愛する人以外の感情を慮れないところも、愚かにも自分たちの愛情を人の命よりも優先する所もお兄様と呆れる程そっくりだわ。

例え日陰の身となっても、それでもお父様と結ばれたいと覚悟を持って嫁いだシェリル様を一番苦しめたのは、私情に駆られて浅はかな行動を起こしたお父様だわ。一体今までシェリル様の何を見ていらしたの?」


いかに国王でも、王妃の殺人未遂となれは処刑を免れない。

引き際を間違えればビアンカは間違いなくこの事実を利用して私を最も残酷な形で引き摺り下ろすだろう。

私はもう国王でいてはいけない。


早い段階で第一王子ジョージを後継者としていたため、第二王子ルイス、第三王子チャールズ共に王子教育しか施していない。

即位してから優秀な側近を付けて教育をしたとして、ビアンカに対峙できるまでにどのくらい時間が掛かるだろうか。


「・・・病気療養として離宮に下がろうと思う。バーバラ、本当に今まで済まなかった。おこがましい願いだが、ルイスとチャールズの後ろ盾になってもらえるだろうか。

シェリル、一緒に来てくれるか?」

 

バーバラは、やっと解放されるわと呟きながら鷹揚に頷いた。

シェリルはそっと私の腕に手を添えてくれた。


私はビアンカの前に思わず跪いて懇願した。


「私は今すぐに退位する。王妃殺害未遂はどうか公表しないでくれ!ルイスかチャールズの即位に傷を付けたくないのだ。お願いだ!」


ビアンカは呆れたようにため息を吐いて立ち上がった。


「跪く相手を間違っていましてよ。そんなことすらわからないのですか?

全てはお母様とガレリア侯爵家の裁量次第。

今までもそうだったのですよ?

お父様には知らないほうが幸せな事がまだまだたくさんありそうですわ。

これから楽しみですわね」


慌ててバーバラを振り返ると、何もかも諦めたような冷めた目で見下ろされた。


「この期に及んでも国の心配ではなく保身と私情優先とは・・・

しかも親子そろって女連れで離宮にお籠りだなんて、どこまで王家の恥を歴史に残すおつもりかしら」

 

ビアンカが部屋を出ようと私の横を通り過ぎた時、扇子をパシリと閉じ、さも今思いついたように私の背後で足を止め、耳元に顔を寄せ囁かれた。


「でも、この国が無くなれば、恥ずべき歴史も残りませんわね」


びくりと振り返った私を、微かに口角を上げて見据えた顔は既に為政者の物だった。


踵を返し軽やかな足取りで優雅に部屋を後にするビアンカを、私は呆然と見送るしかできなかった。










あれから一年半、私は王妃殺害未遂の罪で起訴され有罪となり貴族牢に幽閉された。

シェリルはその計画を全て未然に防いだ功績を認められ、女男爵位を賜り自由の身となった。

心身ともに支えてくれたシェリルを巻き込まずに済んだことだけは良かったと言える。


数日後、ビアンカから送られてきた裁判での証拠資料の裏表紙には王妃の署名があった。


【かつての旦那様へ慈悲を込めて

 王家の誇りは常に右手に】

ルクセル王国 王太后 バーバラ・フォン・ルクセル


あぁ、やはり私は許されない。

何度も命を奪おうとしたのだから当然だ。


その夜、指輪の毒をワインに垂らして一気に煽った。


薄れてゆく意識の中で考える。

あの日ビアンカに言われるまでバーバラにも想い人がいたかもしれないなど考えもしなかった。

それを全て捨てて王家に嫁がされ、子を生し、王妃の激務を熟すしかなかったバーバラ。

彼女が望んで嫁いだわけでもないのに、私は理不尽に虐げて冷遇した挙句、何度も殺そうとした。

自分は愛するシェリルを手に入れて、執務をバーバラに押し付けて甘い時間を過ごしていたのに。

分刻みのスケジュールと私が押し付けた大量の執務量を考えれば、バーバラに心を癒す時間や場所があったとは思えない。


恨まれて当然、良く今まで恥ずかしげもなく生きていられたものだ。

しかしこれですべて終わる。


ゆっくりと目を開けると辺り一面を覆い尽くす氷の中で身動きが取れなくなっていた。

私は永遠にここにいる。もう二度とバーバラを煩わせる心配はない。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] タイトルの割には、1番のクズ共は後悔というより自分がまるで悲劇の主人公みたいに振る舞って、苦しくない死に方して死に逃げしたからホント不愉快よね
2024/08/29 01:06 退会済み
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