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追憶3

前回もう一話とお知らせしながら、長くなってしまったので2話に分けました。

呼んで下さった皆様、ありがとうございます。

残り一話です。

◇◇◇

風が少し暖かくなり、斜面の花の蕾たちが綻びかけている。

ブレナン小公爵夫妻の墓標の近くに建てた教会の慰霊碑には、遠い過去に戦いで散った騎士や兵士だけでなく、ブレナンを守る騎士団全員として亡くなった全員の名が刻まれている。

ブレナンの街と海を一望できるこの丘は、この美しい風景を守った者たちが集うに相応しい場所だ。

満開の水色の花が斜面を覆う頃、ブレナン大公領では慰霊碑に名を連ねる騎士達の慰霊祭が領を挙げて華やかに開催される。

慰霊祭の目玉は、この丘の上でブレナンの誇る騎士たちが鍛え上げた上半身を露わにして披露する勇壮な剣舞である。

見物の女性たちから黄色い声援を受け、誇らしげに舞う騎士団の面々を思い起こすと思わず笑みが零れ、初めて騎士団員と対面した時の事を思い出した。



◆◆◆

義父となったブレナン前公爵と共に騎士団の砦のホールに入ると、そこには既に百五十名の騎士爵以上の指揮官たちが整列していた。

ホールから続く中庭には、彼らの率いる団員たちが一堂に会している。

ブレナン前公爵が、この地が大公領となった事と私が新領主のビアンカ・フォン・ブレナン女大公であると宣言すると、全員が一糸乱れぬ礼を執った。

礼を受けそれに応えて直らせると、共に入城してホールに掲げていた亡きブレナン小公爵夫妻の肖像画の覆いを外した。

全員が息を飲み、涙を滲ませる者も多く居る。

私は二人の肖像画とそれに並んだブレナン前公爵の前に向き直り胸に手を当て、ブレナンの地を引き継ぎ領主となった事を宣言した。


そして騎士団長からホールの指揮官たちの紹介を受け、一人ずつそれぞれに労う言葉を掛けていった。

直接相対するのは初めてだが、彼らの事はよく知っている。

子どもの頃からブレナン領に休暇で訪れる度、レナート兄さまとオフィーリア姉さまと一緒に、参謀のレイヴンを相手に盤上の模擬戦で共に戦ってきた騎士達なのだ。

オフィーリア姉さまが王宮を離れられなくなってからは、王宮の遊戯室でいつも三人で対戦していた。オフィーリア姉さまは名入りの駒たち一つ一つをとても大切にしていて、折に触れては駒を納めた箱の蓋を開けて慈しむように見つめていた。

今思えば、その駒たちは故郷の思い出と共に自分とブレナンを繋ぐ心の支えだったのだろう。



ブレナン領で初めて模擬戦を戦った時、勝った私に驚いた様子のレイヴンは盤上の駒に名前を書いた。

名前を書きながら、出身や家族構成、性格などを語っていく。

それにつられて、レナート兄さまとオフィーリア姉さまが、皆の見た目や好きな物やエピソードなどを楽し気に話してくれた。

そうして並べられた名前の付いた駒で戦うと、私はほとんど動けずに全滅させてしまったのだ。


「私のせいで・・・みんな死んでしまったの?」


そう言葉にしてしまうと涙が溢れて来た。

それを見て慌てたレイヴンとレナート兄さまが、これは盤上の模擬戦だからと慰めてくれたが、感情を押しとどめる事は出来なかった。


「カールの生まれたばかりの息子はどうなるの?

レオンと結婚したばかりの奥さんのエマはどうなるの?

トマスのお父さんは足が悪いのに一人になってしまうわ。

サミュエルのお母さんは息子まで戦で失うのよ?」


皆の残された家族の事を問い始めると涙が止まらなくなって、最後は号泣してしまった。

泣き止まない私にオロオロとするレイヴンとレナート兄さまを尻目に、オフィーリア姉さまは私を騎士団の鍛錬場を見下ろせる屋上へ引っ張っていき、『ほら、みんなぴんぴんしてるでしょ?だから大丈夫よ』と言われてやっと泣き止んだのだった。


その時9歳だった私は本当に恐ろしかった。

ホーエン公爵やトビアス閣下やアレン伯父様が、もしも戦で亡くなってしまったらと考えてしまい目の前が真っ暗になったのだ。



そんなことを思い出しながら、レナート兄さまとオフィーリア姉さまが大切にしていた彼ら一人一人に声を掛けていく。


「―カール卿の長男のロッドは10歳ね。一番にプチ騎士団に入ってくれたと聞いたわ。活躍を期待しているわね。

― レオン卿の奥さんのエマは3人目を妊娠中ね。今度は希望通り女の子だと良いわね。

生まれた知らせてね、楽しみにしているわ。

―トマス卿のお父上の足の具合はいかが? 体調が良ければこれから色々な職業訓練学校を作るから未来の職人たちの相談役になってもらえると助かるわ。

―サミュエル卿のお母上は母子家庭の皆から頼りにされていると聞くわ。これから色々相談したいと、先に貴方から声を掛けておいてもらえないかしら」


驚き目を見開いて固まる彼らを、傍らのお義父様は満足そうに眺めていらっしゃる。

皆には後でレイヴンが種明かしをしてくれるでしょう。


ホールの指揮官全員と言葉を交わし終わると、壇上に上がり肖像画を背にして中庭の隅々まで聞こえるように万感の思いを乗せて演説をした。


「皆も知っての通り、私は皆が未来の主と仰いだブレナン小公爵夫妻を奪った王家に連なる人間です。二人はそれを踏まえた上で私を後継者として指名してくれました。

もちろん私は二人の代わりにはなれません。

しかし、この地を愛し慈しむ二人の思いは他の誰よりも知っています。

その思いを違えず意思を継ぎ、二人に恥じるようなことは決してしないと誓います。

私は、私の心と献身を、このブレナンの地に捧げます」


そして最後に、王族として鍛えられブレナンの地でお義父様に請うて鍛錬を重ねた号令を発した。


天国の二人にも、私の誓いの言葉が届きますように。


「我、皆と共にここに誓う。

真理を守るべし。

孤児と寡婦、祈りかつ働く人々すべてを守護すべし」


号令の残響が消えると同時に、そこにいた全員が跪き胸に手を当て私を見上げている。

お義父様に促されて皆を立ち上がらせ、騎士団長と少し言葉を交わして砦を後にした。

去り際にお義父様が騎士団長の肩を叩いて、『一時間だったな』と言った言葉の意味を知ったのは、一年後にブレナン小公爵夫妻の命日に合わせた丘の上の教会と慰霊碑の落成式の日だった。



落成式典の日。

晴れ渡る青空の下、丘の上に整列した騎士たちが一斉に上着を脱ぎ棄てて上半身を露わにした時は思わず目を逸らしてしまった。

横に立つお義父様に、ブレナン騎士団伝統の剣舞を披露すると言われてそろりと視線を戻し、出来るだけ焦点を合わさず全体を見るように笑顔を張り付ける。

その様子に苦笑いを浮かべながら、『ビアンカとオフィーリアの前だから裸踊りはやめたんだ』と言われてぎょっとしてお義父様に向き直ってしまった。


「レナートがオフィーリアから託された最期の手紙を騎士団で読み上げた後、王家の人間に忠誠を誓う事が出来ないと言った騎士団員に、レナートは自分に免じて一年間ビアンカ殿下に仕えて欲しいと言ったんだ。その上で忠誠を誓うかどうか判断してほしいとね。

レイヴンは皆が忠誠を誓うまでには三年は掛かると言ったんだが、レナートは一年経たずに皆がビアンカ殿下に膝を折ると断言した。

そこでレイヴンが、一年後に全員がビアンカ殿下に忠誠を誓っていたら二人の墓標の前で裸踊りをすると言ってレナートに言質を取られたという訳だ」


墓標の前で、列を整えた騎士団員たちが私の合図を待っている。


「騎士団の砦に初めて訪れた日を覚えているかい?

ビアンカの号令で全員が膝を折るまで一年どころか、たった一時間だった」


お義父様の言葉に潤んだ瞳を隠すように騎士団へ向き直り、威勢を正した私はこちらを見つめる騎士団長に頷いた。

それを合図に、全員の鬨の声と共に勇壮な剣舞が始まった。

青空に吸い込まれるように響く気合の声、統率の取れた名の通り美しい舞のように流れる剣技。私はこの日、瞳に張った涙を一滴も零す事はしなかった。

レナート兄さまを信じ、私を信じて命を預けてくれた彼らの前では決して涙を見せないと決めたのだ。


剣舞が終り、心を込めて一心に拍手をする私に団員たちが近づいて来た。

その状況に思わず顔を両手で覆って叫んでしまった。


「それ以上近づかないで! お願いだから服を着て頂戴!」


皆一瞬ぽかんとした表情を見せた後、一斉にどっと笑いが起った。

お義父様も笑顔を見せている。

青空高く響く皆の笑い声は、レナート兄さまとオフィーリア姉さまにもきっと届いているわね。


私は一人じゃない。

お義父様と、二人が誇りに思う皆が付いているのだもの。


見ていてね。


私は強くなる。



式典が終わり解散した後、私はお義父様と騎士団長、参謀として私に付き従う事になったレイヴンと共に教会の中で長い祈りを捧げた。

慰霊碑に刻まれた多くの騎士たちの名にそっと触れ、改めて生殺与奪の権を与えられた自身の重責を実感した。

加えてここに記されてはいなくとも、この地を愛し領主と仰ぐブレナン家を守り立ててくれた数多の人々の連綿と続く想いと歴史の何と重い事か。

この地で育ち、その歴史と想いをしっかりと受け止めて幼い頃から皆に誇れる領主になるべく努力を重ねていたレナート兄さまとオフィーリア姉さまを奪った者たちを、ブレナンの領主となった私は決して許してはならない。


同じ王家の人間として、王家に肩を並べる大公として、その者たちに引導を渡すのは私の使命。


国中に広めた悲恋の物語の本を手に、私はその日のうちに自分の為すべきことを為すために王宮へ向けて出発した。




◇◇◇

まるで水色に染まった斜面を映し出したような雲一つない青空の下、今年もブレナン大公領の慰霊祭が華やかに執り行われている。

街中が沢山の水色の花で飾り付けられ、女性たちは領民も訪れた多くの観光客も皆、水色の花冠を模した髪飾りを付けて祭りに華を添えている。


侍女頭であり姪のダフネ曰く


「伯母様の大切なお二人の特別な日なのですから、伯母様が一番美しくなければ私たち侍女の名が廃ります」


そう言って毎年違った意匠を凝らして私を飾り立てるのだ。

今年もいつものように最後の仕上げに水色の花冠の髪飾りを付け、入念に確認して満足そうに頷くと、控える侍女たちと共に一斉にカーテシーを執って私を送り出してくれる。


「行っていらっしゃいませ」


毎年見慣れたこの風景が、今日はなぜか一枚の絵画の様に見える。


「皆ご苦労様、今年もありがとう」


そう皆に声を掛け、少し寂しさを含んだ、それでいてどこか懐かしい様なその風景を目に焼き付けるように眺めて、迎えに来てくれたロバートとヴィクトリアと共に丘の上の式典に向かった。

式典は、ブレナン領の伝統である剣舞の奉納で始まり、慰霊碑に皆で祈りを捧げた後に大きな花冠を供えて終了する。


式典が終了した後、私は二つの墓標に花冠を供えてこの一年の出来事を報告する。

この地に移り住んだ頃は弟のルイスが、その後は参謀となったレイヴンが加わり、ルイスとレイヴンを見送ってからはロバートとヴィクトリアが私の長話に付き合って見守ってくれている。


なぜだか今日は目にするもの全てが美しい瞬間を切り取った絵のようにきらきらと輝いて見える。その一枚一枚を大切に心に納め、今年も恙なく特別な日を終えた。



街は祭りの余韻を残しながらも普段の穏やかさを取り戻している。

慰霊祭の後からは床に就く事が多くなり外へ散歩に出る事がほとんど出来なくなったが、体調が良い日はロバートが車椅子を押して丘の見えるテラスに連れて行ってくれる。

ダフネの淹れてくれるおいしいお茶を頂きながら、三人で水色に染まった丘を眺めて先日の慰霊祭の話で笑い合う。


今では慰霊祭の剣舞は騎士たちの大切な晴れ舞台になっている。

騎士目当ての女性の見物客が多くなって来た頃から、そちらへの牽制と本人へ自覚を促す意味を込めてサッシュベルトが色分けされるようになった。

妻や子へ披露する者は紫、恋人や婚約者へ披露する者は赤、決まった相手のいない者は黒、そして、心に決めた相手がいる者は白。

ある年からサッシュベルトに刺繍が施されるようになり、お相手の女性は対になる刺繍のリボンや付け襟を付けるようになっていった。

それは年々華やかになっていき、数十年経った今ではブレナン領の刺繍技術はホーエン王国一と言われる程になっている。


騎士の妻のダフネも長年夫の晴れ舞台の為に刺繍の腕を磨いてきた一人だ。

一線を退いたダフネの夫はもう剣舞に参加する事はないが、そう言った夫婦は慰霊祭に合わせてそろいの刺繍で襟元を飾っている。

今でも毎年意匠を凝らし、慰霊祭が終ると同時にもう来年の為に図案を考えているダフネ曰く、『これは騎士の妻たちの戦いでもあるのです』と力説している姿に思わず声をたてて笑ってしまった。


若者たちの原動力で領が繁栄するのは喜ばしい事だ。

そしてそう言った事に注力できるだけの余裕が領民にあるという事に安堵もする。


ふと、生涯私の参謀であり続けたレイヴンの白いサッシュベルト姿が脳裏に浮かんだ。

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