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愚か者の犠牲者たち(ホーエン公爵家 ドミニク)

いつもながら旗色が悪い。

悪あがきの一手と共に言ってみた。


「それで、婿入りはどこにする?」


毛筋ほども動揺を見せずにルークでキングを取られた。


「帰国早々愛息子を遠くに追い出すなんて、ひどい父上ですね。」


「そんなに遠くに行かないという手もあるぞ」


敗因など分かり切っているのだが、盤を見つめながら悔し紛れに言ってみた。


「父上にじわじわ潰されるなんて御免ですよ。

もちろん父上の意向に沿ってどの家のご令嬢も愛する自信はありますが、聞いてくれるという事は期待しても良いのですよね?」


ブランデーを落とした紅茶の香りを楽しむように優雅に足を組んで飲みながらドミニクが答えた。

察しも頭も良いのは頼もしい限りだが、ついつい子供の頃の輝くような笑顔の可愛い息子の面影を探してしまう。



◇◇◇

ドミニクが王都の学園に入学したばかりの頃、王妃の縁戚の男爵令嬢がドミニクを熱烈に想っているとかで縁談を持ち込まれた。学園内では王妃の仲立ちで身分を超えた愛を育んだ二人の婚約が決まっているとまことしやかに噂され、ドミニクがどんなに避けても男爵令嬢は付きまといを止めず、ドミニクの意向として、成績上位10位以内で、近隣4か国語を習得していない令嬢は候補にする気はないと周知しても、勉強は首席のドミニクが教えれば良いとか、言葉は結婚後に頻繁に外国を訪問すれば自然に身に付くなど言い募り、男爵令嬢も王妃もそれはしつこかった。

フリーデリケは王妃に頻繁に茶会に招かれ、その度に同席する男爵令嬢と共に繰り返される打診にも懇願にも脅しめいた言にも、柔和な笑顔と物言いでありながらも決して受け入れる事はなかった。

そこで、王妃に甘い国王が動く前に先手を打つことにした。

王家の男子が一人に対し、ホーエン公爵家には二人の男子がいる。スムーズな王位継承と今後の諍いを避けるため、ドミニクの結婚に対して王命を出さない事を条件にホーエン公爵家は一代限りとすることを発表した。


そして、ドミニクは近隣国の中で最高学府と言われる隣国の王立大学校に飛び級で合格し留学した。ここなら間違っても男爵令嬢が追ってこられはしないし、隣国まで来たとしてもヴォルク大公家とダリス公爵家の庇護の下、チャールズ国王の親友の息子と周知されている隣国の王弟公爵令息に、一介の男爵令嬢が近づくことなど到底できはしない。


留学を終えて社交界にデビューしたドミニクには婿入りの縁談が殺到した。

その中にはカッセル侯爵家の空いている伯爵位を継いだ王妃の推すあの男爵令嬢が含まれており、またもや王妃から縁談を強要されたので、打診のある貴族家のご令嬢方は、それぞれ学園を首席かそれに近い成績で卒業しており、近隣4ヶ国語習得はもちろん、領地の事業経営の実績もあり優秀な結果も出している。そのご令嬢方を圧倒できる程に成長されたのであればぜひ女伯爵の身上書を送るように求めたが一向に届く様子もなく相変わらず王妃からの強要がしつこかった。

そんな折、当のドミニクから報告書と共に提案された。


「トビアスには不能になってもらいましょう。」



◇◇◇

バーバラにボードゲームで完敗した日、私は自分の驕りを恥じた。

周囲には神童と言われ、母上の選りすぐの家庭教師たちからも褒められて、自分の頭の良さを誇っていた。特にボードゲームでは腕に覚えのある大人たちと互角に渡り合えることで自信を持っていた。その私が、その日ルールを覚えて何局かの対戦を見ただけの年下の少女に完敗したのだ。

1局目、あまりにもあっさり負けて驚き、2局目、なぜという疑問の内に負け、3局目と4局目は大人たちを翻弄した攻め方を駆使したにも関わらず負けた。

驚愕だった。盤を見つめて対局を反芻すればするほど完璧な負け方だった。


じわじわと胸に押し寄せたのは、意外な事に悔しさではなく嬉しさだった。

正直、今まで廻りの人間に物足りなさを感じていた。その目の前に自分に匹敵するどころかもっと頭が良いかもしれない人間が現れたのだ。共に張り合っていける好敵手を得た喜びに、目の前が急に色づいて見える気がした。


それ以来、バーバラは母上の頻繁な呼び出しで施される周囲から見れば過酷ともいえる淑女教育を難なくこなしながら、時にはアランも交えて私とトビアスとは子どもらしく仲良く育っていった。

最も、バーバラと私との会話の内容は子供らしくないと周囲からは遠い目で見られていたらしいが…。


いつのころからか、トビアスとバーバラの互いの感情が幼馴染のそれではないと気づいていた。しかし二人とも幼いながら自分たちの立場や境遇は理解しており、その感情を表立って表現することはなかった。

せめてトビアスが私の立場だったなら二人は幸せになれたのかもしれないと思う事もあったが、財政のひっ迫する王家がガレリア侯爵家の財産と後ろ盾を得る為にバーバラは王太子妃に選ばれてしまった。


トビアスは次男という事もあり、従弟でもある王太子の側近候補として王宮へ出仕の打診があった。王太子妃となり他人の妻となるバーバラのそばにいる事がトビアスのためになるとは思えず、父上も母上もそれとなく他の道も用意している事を伝えたが、トビアスはバーバラのそばにいる事を選んだ。


ホーエン公爵家が王位への関心がない事を表明することを条件に婚姻に口を出さない確約を得て隣国へ留学を果たした私に届いた父上からの最初の手紙は、バーバラの暗殺計画を阻止出来たことの報告だった。それを目にした時、人を人とも思わないバーバラへの王妃と王太子の仕打ちに怒りに心が震えた。それを間近で目にしているトビアスはどれほど感情を揺さぶられただろうか。留学中に届く父上からの報告書を読むたび、バーバラとトビアスの苦境に心が痛んだ。


その一方、留学早々私は学内でバーバラ以来の好敵手を得た。

それは隣国のチャールズ国王とマリアンナ王妃の第一王女のレイチェル殿下だった。

二つ年上のレイチェル殿下は各国の秀才が集う最高学府で首席を争う程の聡明さと朗らかさを持ち、レイチェル殿下との交流は時間を忘れる程に夢中になれた。

余裕と落ち着きを感じさせる年上女性への憧れが特別な感情に変わるのはあっという間だったが、王女のお立場を考えると安易に私の気持ちを伝える事は出来なかった。

レイチェル殿下とは学内きってのボードゲームの好敵手のまま、私は帰国した。


帰国した私には縁談が殺到し、中には伯爵位を継いだあの男爵令嬢が居て王妃からの強要も続いているが、王の確約を盾にホーエン公爵家はそのどれにも辞退を続けていた。

そんな中、父上にチャールズ国王からレイチェル殿下がダリス公爵を継ぐことが水面下で進められていると知らされた。


このチャンスを逃すつもりは無い。

トビアスには悪いが、バーバラのそばに警戒されずに居られるようにするから許してほしい。

父上には隣国の王家からトビアスに婿入りの縁談が持ち込まれたとそれとなく広めてもらう。それと共に私も新公爵家となる王女とトビアスの補佐として隣国王家に請われて隣国に渡るとも。

隣国にも我が国にも両国の王家が強く繋がることを良しとしない貴族たちが居る。その貴族たちの内過激なものを焚きつけて共にトビアスを害することを画策させる。そうすればこの縁談は潰れ、その上でお互いの隣国の貴族の関与があったとなれば、秘密裏に両国の話し合いで責任は相殺されると唆す。

目の前に己の利益や要求を十二分に満たされる計画をぶら下げられて、その絵にかいた都合の良い未来しか見えなくなった人間の行動力は凄まじい。

冷静に考えられる人間が側に居て諫めてもそれを排除するほどに。

王妃と男爵令嬢の懇願と、それを受けて王弟公爵家と血を繋ぐ機会と捉えて男爵令嬢に伯爵位を与えたカッセル侯爵がいい例だ。ホーエン公爵家に降りかかった不幸な事故の処理を采配して王家に恩を売り、褒賞として私との婚姻を得られるかもしれないと匂わせれば彼らは必ず動く。


父上にはそう計画を持ち掛け対応を依頼した。

私が動くと恐らく策に溺れる。ダリス公爵を継いだレイチェル殿下の婿になる未来は、私にとってあまりにも幸福すぎる絵だ。


承諾の返事のあと、父上に問われた。


「トビアスがこの縁談に乗り気になったらどうする?」


「もしトビアスが婿入りすると言ったら、私が不能になってバーバラのそばにいると言って下さい。まあ、そんなことはあり得ませんよ。」


爽やかに笑って答え、私はすぐに領地に向かった。

使用人たちにトビアスとバーバラを守るために王宮に仕えて欲しいと伝えて準備を進めた。

王太子宮の使用人たちには、仕事が少なくて休みが多く、給料も待遇も一段上がる王妃宮へ移動を打診すると喜んで移動して行った。



◇◇◇

「私もカッセル侯爵もこの子に騙された被害者なのよ。ホーエン小公爵はあの子と恋人同士で、身分違いで泣く泣く引き裂かれたのでしょう? 私はそう聞いていたの。だからカッセル侯爵にお願いして女伯爵にしてもらったのよ。ね、今からでも遅くないわ。ホーエン小公爵がこの子の気持ちを汲んで婿入りすれば全て丸く収まるのよ。そうよ、それが良いわ。」


読み通り、王太子を巻き込んだ王弟の子息暗殺未遂が明らかになると、王妃もカッセル侯爵もこの元女伯爵に全てを擦り付けた。

王宮の裁きの間の最下段で罪人として手枷を嵌められ鎖で繋がれて泣き崩れる元女伯爵を見下ろしながら、カッセル侯爵と共に女伯爵の任命責任を問われた王妃は言い訳の後、最後は嬉しそうに手を打って訳の分からぬ持論を展開した。


「次男の命を奪おうとした大罪人によりによって長男を婿入りさせるなど、一体何が丸く収まることなのか全く理解に苦しみます。王家はその安寧を願って一代限りと決めた我が公爵家の忠誠を踏みにじり、我が長男を罪人に投げ与えるおつもりか」


ホーエン公爵は一段下に居る王妃を一顧だにせず、普段の穏やかさとは別人のような威圧感を言葉と態度に含ませ、玉座の国王に厳しい視線を向けて問うた。


国王は、なおも言い募ろうとする王妃を議場から退出させ、カッセル侯爵には元女伯爵に与えた爵位と領地を没収する沙汰を下し、罪人となった元女伯爵には、辺境の断崖の上に建つ修道院に収監する旨を言い渡して裁きを終え、ホーエン公爵家を残して皆を退出させた。


「王家としてホーエン公爵家には感謝している。決して忠誠を踏みにじろうなどとは露ほども思っていない。王妃はしばらく謹慎させて以降はこれまでのように自由に動かないように目を配る。」


そう言った国王に、ホーエン公爵家の誰もが無言を貫く。


「どうすれば良い。」


これまで見たことのない程の威圧を纏わせたまま無言の王弟に、国王は力なく問うた。


「王妃の監視役として、次男のトビアスへ王太子夫妻の筆頭補佐の地位と、王太子を身を挺して守り不遇の身になった褒賞として、第二王子の待遇と王子宮を賜りたく。王妃の暗殺未遂は今回だけでなくガレリア侯爵令嬢に対しても画策されていたことを我々は掴んでいます。ガレリア侯爵家は我がホーエン公爵家の庇護下にあることをお忘れなきよう。」


国王は憔悴した様子で承諾した。


程なく、当初打診のあったホーエン公爵家次男のトビアス卿に代わり、長男のドミニク卿と隣国の第一王女レイチェル殿下の婚約が発表され、婚姻と同時にレイチェル殿下はダリス公爵を継ぐことも周知された。

そして、ホーエン公爵家次男のトビアス卿は王太子夫妻の筆頭補佐官となり、第二王子宮を賜ったことが発表された。この発表によりトビアス卿が子を生す機能を失ったことは公然の秘密となった。



◇◇◇

ダリス公爵家への婿入りが決まり、改めて気持ちを伝え合って相思相愛の婚約者となったレイチェル様と過ごす時間は夢のようだった。自分の境遇に引き換え、トビアスとバーバラの事は気がかりでならなかった。


婚姻後、バーバラ妃は神の采配により一度の交渉で無事に王子を出産し、これで役目は終わったとホーエン家もガレリア家も大いに安堵していた矢先の事だった。

考えなしの王妃の発言が引き金となり、王太子がバーバラ妃を手にかけ、大けがを負わせたことが知らされた。王妃は満身創痍のバーバラ妃の前で側妃に落とせと言い放ったと。嬉しそうに手を打って人には到底理解しえない訳の分からぬ妄言を吐いたかつての様子が思い出されて思わずカッと頭に血が上った。

寄り添って共に手紙を読み、いつにない私の様子を見たレイチェル様は、私を抱きしめて背を撫でながら囁いた。


「トビアス様とバーバラ様のために準備をしましょう。離れていてもわたくしたちはきっとお二人のお力になれるわ。」


報告は続く。

ガレリア侯爵とバーバラ妃が謁見の間を退出した後、あの母子はガレリア侯爵が陛下の言葉に返事をしなかった事を不敬だと大騒ぎし、やっぱりバーバラは側妃に落としてシェリルを早急に王太子妃に迎えようと、嬉しそうに手を打って計画を始めたようだ。


「次の王妃はバーバラしかあり得ぬ」


その様子をじっと見ていた国王はそう言いおいて謁見の間を後にしたが、王妃は国王の後を追って、自分たちのように愛し合っているものが夫婦になるのが当然で、王太子が嫌っているバーバラは先ほどの不敬を理由に側妃に落とすか、いっそ何かの罪で断罪して、その罰としてガレリア家からは慰謝料を取り続ければ良いなどと、国王が執務室に入るまでの廊下を付いて歩きながらまくしたて続けたという。


この様子に国王は決断した。何と、真実の愛を手放すそうだ。

しかし、自身が招いた失態の尻拭いのためにバーバラに今一人子を儲けろとなどと負担を強いる烏滸がましさには心底呆れた。自身は真実の愛の相手としか睦み合わぬのが当然と豪語しておいて、自身の息子と自分たちの欲のために娶ったその伴侶には憎み合っていてすら子を生せと強要する。

更に輪をかけて浅はかなその息子は真実の愛のために意に染まぬその伴侶を亡き者にしようとした。未遂に終わったとはいえ、自身を殺そうとした相手と無理を押して子を産んでくれた伴侶と生まれたばかりの娘に向かって、母親譲りの荒唐無稽な妄言を声高に叫び追放しようとしたが、その妄言が真実ではないと暴かれると、今度は真実の証である生まれたばかりの娘の手を潰そうとした。それでもなお思い込んだ妄言に固執し娘を迫害しているという。

王妃の幽閉と王太子の失態と醜聞は、中位・低位貴族や平民には伏せられているそうだが、

「王家の色」の妄言を信じている彼らから、その色を持たぬビアンカ王女とバーバラ王太子妃へのあらぬ噂が広がる懸念があるなら払拭しておかなければならない。



◇◇◇

ホーエン公爵家ドミニク卿との結婚式を控え、隣国の第一王女レイチェル殿下の表敬訪問が発表された。

その歓迎の一環として、両国の長年の友好を確かめるために歴代の両王家の肖像画と装飾品が一般公開されることになった。これを機に王族方の偉業は童話にされ、肖像画のレプリカも売り出されて人気を博している。

それを見た国民はまことしやかにささやかれていた王家の色がただの噂だった事に気が付いた。

その代わりに王家に伝わる小指の遺伝と、歴代の肖像画に描かれているその指に合わせて作られた指飾りの存在を知った。

その指飾りは、国王を筆頭に、王女であるグレイ公爵夫人と王弟公爵とその子息たち、そして、王家の色を持たないと囁かれていたビアンカ王女の小さな指にも輝いている。

レイチェル王女は表敬訪問を終え、バーバラ王太子妃と固い友情を育んでドミニク卿と共に帰国して行った。



それから二月が経ち、シェリル妃が第二王子を出産した。

輝く金髪に翡翠色の瞳の「王家の色」を持つ自身にそっくりの顔立ちの息子を王太子は溺愛した。


王太子にとっては王家の色が何にも勝る王族の証だ。自身に伝わっていない小指の遺伝など、取るに足らないものとして記憶の奥で忘れ去っていた。

たくさんの方に読んで頂き、とても光栄です。

誤字報告、ありがとうございます。

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