愚か者の後悔
思いついたままの投稿です。
人が亡くなる描写が出てきます。
苦手な方はスルーしてください。
彼らに会ったら何と声を掛ければいいのだろう。
いや、同じ所へ行くことなどできるはずがない。
願わくは生まれ変わって、今度は彼らを支えられたら・・・
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私は肥沃な土地と鉱山を有するルクセル王国の第一王子ジョージとして生を受けた。
国境となる大河を挟んだ隣国とも友好な関係を保ち、国は裕福で国内情勢も穏やかだった。
筆頭侯爵家のガレリア出身である王妃バーバラの第一王子であったため、後ろ盾も申し分なく、王太子に指名されるのは既定路線だった。
同腹の妹である第一王女ビアンカ、ガレリア家の派閥であるフォルン伯爵家から嫁いだ側妃シェリルを母に持つ第二王子ルイスと第三王子チャールズとは仲も良く、王宮内で兄弟妹の蟠りなく過ごしていた。
父王の同腹の姉アメリアは、三家ある公爵家のうちで一番血筋の遠いグレイ公爵家へ嫁いでおり、嫡男アルフォンス、次男ルーカス、三男レナートの三人の男子を儲けていた。
嫡男アルフォンスはもとより、次男のルーカスもグレイ公爵家の持つ伯爵位を継ぐ予定のため、三男のレナートは幼い頃からもう一つの公爵家であるブレナン公爵家へ養子に入る事が決められていた。
10歳になった頃、レナートは宰相を務めるブレナン公爵に連れられて王宮に来るようになり、私たち兄弟妹と一緒に従弟として一緒に過ごすようになった。
将来の宰相として、王家との、とりわけ将来の王太子である私との関係を強くしておくことが目的だった。
同い年の私とレナートは、勉強も剣術も切磋琢磨しながら育ち、お互いの立場で国を支えていくと信じて疑わなかった。
あの日までは。
私の11歳の誕生日の茶会は、将来の王太子妃候補と側近候補を選定する見合いの場でもあった。
近隣国には年の近い王女がいないため、国内の選りすぐりの令息・令嬢が集められた華やかな茶会だった。
初めて大勢の着飾った令嬢たちに囲まれるという経験をした私はその勢いに圧倒され、一時休憩室に下がったのだが、その部屋のテラスに面した、会場から少し離れた庭園の片隅に居るレナートを見つけた。
レナートはかわいらしい令嬢と一緒だった。
彼女には以前、王宮で宰相のブレナン公爵と一緒に挨拶を受けたことがある。
一つ年下のブレナン公爵令嬢のオフィーリアだった。
ブレナン公爵家にはオフィーリアしか子が無く、レナートが養子に入る事は将来オフィーリアの伴侶となる事を意味していた。
二人の姿を見た瞬間、その漠然とした事実が一気に現実となった。
仲良く向かい合って楽しそうに屈託なく笑う二人の笑顔と、いつもと違う心を許したレナートの様子は、今は子供ながら将来は仲睦まじい恋人となる事を容易に想像できる柔らかな雰囲気だった。
ほほえましい二人がちょっと羨ましくもあり、冷やかしてやろうとテラスに出た。
ふと、オフィーリアの髪に木の枝を削って作った小さな花飾りが挿されているのが目に留まった。
今朝の剣の稽古中に騎士団長が手慰みに作り方を教えてくれたものだ。
女の子の目の前で作って渡すと喜ばれるぞと言いながら。
私もレナートも弟たちも側近たちもこぞってやってみたが、誰一人花に見える形にさえ出来なかったはずだ。
それを見ていた騎士団の連中にも、モテたいなら練習あるのみと笑いながら慰められたのだ。
共に切磋琢磨し良い意味でのライバルと思っていたレナートに対し、もやもやとした言いようのない感情が生まれた。
レナートは将来、宰相となり家臣となる。
私はそのレナートにもちろん負けたことはないが、勝ったこともない。
その意味を唐突に理解した。
何をしてもいつも私と肩を並べて表情を変えないレナートのとりすました顔が思い浮かぶ。
オフィーリアのあの笑顔を私に向けるようにすれば、レナートの顔は悔しさに歪むだろうか。
突然湧き起った感情を隠して声を掛けると、レナートは今までの柔らかい雰囲気を消していつものすました顔で私に対応した。
気に入らない。
オフィーリアにはとりわけ優しく声を掛けて、飛び切りの笑顔で接した。
今までどんな令嬢も私のこの笑顔を見れば頬を染めて見つめ返してきたのに、オフィーリアは令嬢の顔を崩さなかった。
気に入らない。
私はこの時から、レナートの悔しがる顔を見る為だけにオフィーリアに執着するようになった。
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【ブレナン公爵家オフィーリア嬢を王太子ジョージの婚約者とする】
王命にブレナン公爵は歯を食いしばったまま返事をした。
「御意」
高位貴族を集めたホールでの宣言。
打診の度に辞退し、正式な申し入れも固辞した結果、王命としての発表となった。
ブレナン公爵家とグレイ公爵家の面々は深く後悔した。
レナートを先に養子としたのが間違いだった。
グレイ公爵家とブレナン公爵家は先代が兄妹であり、養子としての血筋は理想的だった。
家族同士の付き合いも親密で、小さなころから両家の子どもたちは互いの領地で兄弟妹のように育った。
とりわけレナートとオフィーリアは仲が良かったのだから、早い段階で婿養子として迎えていればよかった。
周囲は当然そのように理解していたし、公爵家同士の縁組に横槍を入れるなど他の貴族家は考えもしない。
まさか第一王子のジョージ殿下がオフィーリアに目を留めるなど思ってもみなかった。
例え見初めたとしても、第一王子の我が儘を陛下が通すなど夢にも思わなかった。
母である王妃も、王姉でありレナートの母であり第一王子ジョージ殿下の伯母でもあるグレイ公爵夫人も猛反対していたにも関わらずだ。
彼女らの言葉も周囲の諫言も陛下には届かず、程なくして第一王子ジョージ殿下の立太子の宣言と共にオフィーリアとの婚約が国内外へ発表されてしまった。
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「お兄様はオフィーリア様を真実愛してはいらっしゃらないでしょう?」
ある日の昼下がり、庭園のガゼボのそばを通りかかるとお茶をしていたビアンカに声を掛けられ久しぶりに兄妹で茶会をすることになり、普段の兄妹の他愛無い会話の途中で突然問われた。
「オフィーリアが私の唯一だよ」
愛しいものを見る目をビアンカに向けてそう答えた。
「それならいいわ」
ビアンカも花が綻ぶような笑顔を向けてそう答えた。
その後は、何事もなかったようにお互いまた他愛のない会話を続けてガゼボを後にした。
夕食の席でも普段と変わりなく家族と共に食事を摂り、その後のサロンでも普段と変わりなく弟たちと過ごした。
ビアンカに見抜かれていた。
部屋に戻って一人になると一気に焦りが押し寄せた。
オフィーリアへの態度は完璧だと自負していた。
理想的な婚約者としてエスコートもこなしているし、贈り物にも心を込めている。
本当に可愛いとは思っているので、優しく掛ける言葉や態度に嘘はない。
ビアンカとオフィーリアは同い年で、二人とも私とは一年遅れて学園に入学した。
オフィーリアが入学するまでの学園生活で他の女生徒を近づける事も一切しなかったし、オフィーリアが入学してからは、朝は必ず迎えに行って一緒に登校し、必ず昼食は共にしている。
生徒会の仕事も共に熟して、放課後は王宮へ一緒に戻りお互い王太子教育と王子妃教育を受ける。
今までオフィーリアの対応に気を抜いたことは一瞬たりとも無い。
それなのに。
誕生日に垣間見たレナートのオフィーリアへ向ける眼差しは、愛するものへ向けるものだと今でははっきりと分かる。
人目を忍んでオフィーリアへ向けるレナートの今なお変わらぬその眼差しと私のそれとの温度差にビアンカが気づいてしまったのだ。
それ以来、私のオフィーリアへの干渉と執着はさらに強まった。
オフィーリアを磨き、飾り立てて女神のように扱い常にそばに置く。
学園内だけでなく社交界でも眩しいほどの寵愛だと噂され、私とオフィーリアは持て囃された。
更に、妃教育を終えたオフィーリアへ王妃教育を施すよう願い出た。
しかし母は頑として受け付けず、さらに言い募る私に王妃として禁止を命じた。
だが、父王は私の泣き落としに弱い。
オフィーリアを失うことがあれば私は生きていけないと懇願すると、王妃命を撤回させた上、国王自らオフィーリアに王妃教育を施した。
王家の秘匿事項を知ってしまったオフィーリアにはもう私へ嫁ぐ以外の道は無くなった。
これでどんなにレナートが焦がれようともオフィーリアは私のものだ。レナートは指を咥えて見ているしかできない。
王妃教育を施す前に、私は父王に問われた。
「王妃教育を施せばもう後戻りは出来ぬ。もしもそれを違えた時、その責任を負う覚悟はあるか」
ここが引き返せる最後の分岐点だった。
妹を通して紡がれた運命の女神の言葉に己を顧みず、父王に質された覚悟の意味も理解せず、
愚か者として一歩を踏み出した。
誰の手も届かなくなったオフィーリアから、私の関心が離れていくのはあっという間だった。
最終学年の新学期、私は恋に落ちた。
その冬の社交界では、美貌の前ブルク子爵夫人が未亡人となり、高齢のヘルマン侯爵の下へ後妻として嫁いだ事が大きな話題となった。
前ブルク子爵夫人は、破産寸前のギルマン男爵家の令嬢だったが、その美貌に惚れ込んだ50歳の前ブルク子爵がギルマン男爵家の借金を全て肩代わりして後妻として迎え入れた。
後妻に入ってすぐに女児を授かり、王都から遠い領地で親子3人穏やかに暮らしていたが、結婚18年で前ブルク子爵は身罷った。
前ブルク子爵夫人の美貌は王都でも有名で、前ブルク子爵に先を越されて悔しがっていたヘルマン侯爵の行動は人々が驚くほど素早く、喪が明けるのを待ちかねて攫う様に娶ったのだという。
ヘルマン侯爵夫人としてお披露目された彼女は、33歳となった今でも目を見張るほどの美しさだった。
前ブルク子爵との間に生まれたエルサは、美貌の母の顔立ちと華やかだった前ブルク子爵の髪と瞳の色を受け継ぎ、母を凌ぐ美貌ともっぱらの噂だった。
養女としてヘルマン侯爵家へ迎えられ、侯爵令嬢となったエルサは、学園へ編入できる優秀さも持ち合わせた才色兼備の令嬢として編入前から大変な話題となっていた。
エルサは私と同じクラスになった。
教室に入って来た瞬間、周囲が静まり返るほどの美しさだった。
美貌と頭脳に加え、子爵家で躾けられて侯爵家で磨かれた所作は大変美しく、溌溂とした性格と驕らない気質の、正に非の打ちどころの無い令嬢だった。
私は一瞬で心を奪われた。
その日を境にオフィーリアと過ごす時間はエルサと過ごす時間に変わっていった。
最終学年で生徒会の仕事が忙しくなることを言い訳に、オフィーリアを迎えに行かなくなった。
その代わり、生徒会に迎えたエルサと朝会議に出席することを理由に迎えに行くようになった。
昼食は卒業式の準備のミーティングと称して生徒会室のサロンで摂るようになり、エルサもそこに同席させた。
学園の交流会は、兄弟がいないことや同じクラスだからと言い訳を繰り返してエルサをエスコートし、オフィーリアを伴うことをしなくなった。
さすがにドレスは贈れないが、小さな贈り物は頻繁に贈った。
婚約者のいる私からの猛アプローチに、周囲の者たちは側妃として望んでいると解釈し、同じように解釈したヘルマン侯爵もエルサにそのように説いていたようだ。
そして、エルサの18歳のデビュタントボールのエスコートを申し入れ、ドレスを贈る約束をした事を知った母の自室に呼び出された。
「あなたの婚約者は誰なの?」
答えたくなかった。
エルサを心から愛している。
今ではエルサに会うために生まれてきたのだとさえ思う様になっていた。
「あなたはオフィーリアに王妃教育を受けさせたことを覚えていますか?」
覚えている。
馬鹿な事をしたと後悔している。
そんなことをしたせいで私はオフィーリアから逃げられない。
「エルサ嬢を側妃に迎える条件は、オフィーリアを娶って3年間子が出来なかった時のみです」
オフィーリアとの婚姻は2年後だ。オフィーリアに触れるつもりなどないのだから子は心配ない。
ただその間3年もエルサと離れ離れになるなど耐えられない。
その間に他の男に愛するエルサを取られてしまったらと思うと気が狂いそうだ。
「エルサ嬢のデビュタントのエスコートをすることもドレスを贈ることも禁じます」
ヘルマン侯爵は夫人をエスコートするのに、一体誰がエルサをエスコートできるんだ。
「エルサ嬢のエスコートはブレナン公爵家のレナートとします」
だめだ!だめだ!だめだ!
レナートだけはだめだ!
「嫌です!レナートだけは嫌です!」
絞り出すように王妃を睨んで叫ぶように答えた。
「ヘルマン侯爵家に釣り合う家格で婚約者がいないのはブレナン公爵家のレナートだけです」
頭に血が上り、目の前が真っ赤になった。
何もかもめちゃくちゃにして叫びだしたいほどの衝動を必死で抑え、握りしめた手に爪が食い込み血がにじむのを感じながら立ち尽くした。
無言を貫く私を見て、王妃はため息を吐くとその他は何も言わず部屋を後にした。
王妃が出て行ったことを確認すると、私ははじかれた様に部屋を飛び出し、ヘルマン侯爵家へ馬車を急がせた。
エルサは絶対に私の妃にする。側妃ではなく王太子妃だ。
レナートだけには絶対に渡さない。
そうだ、レナートはまだ誰とも婚約していない。
それならレナートにオフィーリアを返せばいいじゃないか。
二人は愛し合っているのだし、これが一番みんな幸せになる方法だ。
いくら王妃教育をしたからって、ブレナン公爵家は王家のスペアなのだから問題ない。
父王ならなんとかしてくれる。
ヘルマン侯爵家へは急いで先触れを出してヘルマン侯爵とエルサの面会を申し入れてあった為、到着してすぐ執務室へ通された。
私はヘルマン侯爵へ誠心誠意説明した。
エルサを心から愛していて、側妃ではなく王太子妃として迎え入れたい事。
ブレナン公爵家のオフィーリアとは婚約解消をする。
もともとオフィーリアは幼い時から養子に入ったレナートと婚姻して公爵家を継ぐ予定であり、今も二人は相思相愛である事。
二人の気持ちを汲み、私から婚約解消をして二人が結ばれるようにしようと思っているのだと。
そしてエルサの前に跪いて手を取ってプロポーズをした。
「エルサ嬢 ブレナン嬢とは必ず婚約解消をします。あなただけを心から愛しています。あなただけを生涯愛すると誓います。どうか私の妃になって下さい」
エルサは頷いてくれた。
天にも昇る気持ちだった。
「ジョージ殿下、ブレナン嬢との婚約解消がどの様な結果をもたらすか、覚悟はおありですかな」
ヘルマン侯爵は私の目をまっすぐに見つめながら問いかけた。
「もちろんです。
エルサと共に人生を歩めるなら、どんなことでも受け止めて一緒に乗り越えて行きます」
「エルサはどうだ?」
「わたくしも、ジョージ様とご一緒なら、どんな結果になろうとも、どんな辛いことがあろうとも
乗り越えられます」
「分かった」
ヘルマン侯爵は一言そう告げると、私たちを執務室から送り出した。
その夜、父王の自室を訪ねてエルサと出会ってからの事を伝えた。
エルサが自分の真実の運命の相手であった。
身分も能力も申し分なく素晴らしい女性であり、私の唯一の存在としてエルサを心から愛している。
オフィーリアとの婚約の解消をしてエルサを王太子妃に迎えたい。
勝手なふるまいは重々承知しているが、ブレナン公爵家のためにも、愛し合うレナートとオフィーリアが結ばれるよう私が身を引くのが皆幸せになれる方法だ。
お願いします。
エルサを王太子妃にすることを認めてください。
話しながら感情が高ぶり涙が溢れ、最後は号泣しながら懇願した。
父王は何も言わず黙って話を聞いた後、ヘルマン侯爵と同じ様にまっすぐに私を見据えながら尋ねた。
「オフィーリアに王妃教育を施したことの意味を本当に分かっているのか」
「もちろん分かっています。王家の秘匿事項は一子相伝、ですがブレナン公爵家は王家のスペアの一つです。それにオフィーリアは口止めすれば明かしたりはしないでしょう」
「もう一度冷静になって良く考えなさい」
「十分考えた末の結論です。私の身勝手ですのでどんな罰も甘んじて受けます。エルサと共に乗り越えてみせます」
「感情のままに行動してはいけない。エルサ嬢のデビュタントボールのエスコートもドレスを贈ることについてもだ。それは婚約者の居る身としてはもちろん、次期国王として相応しい行動なのか?」
「愛する人の一生に一度のデビュタントボールにドレスを贈ってエスコートする事が間違っているとは思いません。そのために、堂々と私の唯一が誰なのか知らしめるために、早急にブレナン嬢との婚約解消が必要なのです」
「エルサ嬢のデビュタントボールでのそなたの行動を今回の答えとする。それがどのような結果になっても一切の責任は二人にある。エルサ嬢ともよく話し合い、お互いのためにももう一度よく考えて答えを出すように」
この時、私は父王の承諾を取り付けたと解釈した。
例えどんな結果になったとしても、受け入れてエルサと共に支え合って乗り越えてみせる。
静かに言い渡した父王の決意を私は見誤っていた。
待ちに待ったエルサのデビュタントボールの日。
私の思いが詰まったドレスを纏ったエルサはこの世のものとは思えないほどの美しさだった。
迎えに訪れたヘルマン侯爵家のエントランスホールに現れたエルサと互いに見つめ合い、二人のこれからの行く末に想いを馳せ、幸せを噛み締めた。
ヘルマン侯爵家の皆が見守る中、王家に伝わるネックレスをエルサの首にかけた。
それは奇しくも私の瞳の色と同じ大粒のエメラルドで、代々王太子妃が身に着ける王家の秘宝だ。
誰の目にも疑いなく、王太子妃はエルサであると知らしめるものだった。
エルサをエスコートして会場に入ると、ホールは静まり返り、全ての視線が私たちへ集中した。
王太子妃はエルサである。そう宣言するために堂々とエルサを伴い玉座の前で礼を執った。
「それがそなたらの答えであるか」
父王はそう告げたのみだった。
玉座に連なる家族は皆表情が無く、誰一人私たちに声を掛けるものがいなかった。
一抹の不安を抱えながらホールに下がり、デビュタントの令息・令嬢たちの挨拶が終わるのを待つ。
挨拶が終わり、国王の開会宣言と共に舞踏会が始まる。
ファーストダンスは私とエルサだと思っていたが、中央に誘導される事もなく一斉にダンスがはじまった。
一曲だけで離れなければならないいつもとは違い、今日は心ゆくまでエルサとのダンスを楽しめる。
ダンスを終えて上気したエルサの頬はバラ色で、愛しさを隠すことなく私を見つめる瞳は宝石のように輝いている。愛される喜びに溢れて輝くエルサは本当に美しく、バルコニーでお互いの思いを確かめ合いながら過ごす時間はあっという間だった。
舞踏会が終わりホールの人影もまばらになった頃、父王の侍従が私たちを迎えに来た。
「ご家族がお待ちです」
やっとエルサを正式な婚約者に出来る。
喜び勇んで二人で手を取り合い、案内された先は王宮の礼拝堂だった。
扉を開けると、国王・王妃を始め王家の人間が全員そろっており、ブレナン公爵とレナートも居るようだ。その中央にはウエディングドレスを纏ったオフィーリアが立っていた。
まさか、私とオフィーリアの結婚を強行しようというのか!
カッとなり声を上げようとしたところで国王の近衛兵に拘束され、口を布で塞がれた。
隣でエルサも同じ様に拘束されている。
エルサを助けようと必死でもがいていると、レナートとオフィーリアが祭壇の前に立ち、
神父が結婚の祝福を口にし始めた。
なんだ、やっぱり私の思った通りになったじゃないか。
レナートとオフィーリアは結婚してブレナン小公爵夫妻になるのだ。
ほっとして祭壇の方に目を向けるとビアンカだけがじっとこちらを見据えていた。
身がすくむほどの冷たい視線だった。
そういえばビアンカと最後に話したのはいつだっただろうか。
「お兄様はオフィーリア様を真実愛してはいらっしゃらないでしょう?」
そう問いかけられたあの日が最後だった。
ビアンカの視線に居た堪れず、他に目を向けて気が付いた。
オフィーリア以外の全員が喪服を纏っている。式を取り仕切る司祭さえも。
一気に血の気が引き、隣のエルサを見やると同じように蒼白な顔で私を見つめていた。
その間に二人の誓いの言葉も終わり、レナートにそっとベールを持ち上げられ、彼を見つめるオフィーリアの幸せに満ちた顔は、神々しいほどに美しかった。
そっと触れる口づけを交わし、お互いの指に指輪を送り合って二人は晴れて夫婦となった。
結婚式は終わったのに、誰も動かない。
オフィーリアの前に椅子が用意され、そこに腰かけたオフィーリアを王妃と側妃、ビアンカが取り囲んで跪き、正面に立った国王から小さな杯が手渡された。
国王と入れ替わりにレナートがオフィーリアの正面に跪いて手を取った。
見たくない!!
顔を背けようとすると祭壇に向けて顔を押さえつけられ、目をこじ開けられた。
必死にもがいているとこちらを見つめている父王と目が合った。
まっすぐに見つめる目はこう物語っていた。
これがお前の行動がもたらした結果だ。
オフィーリアはレナートに手を取られ、美しい微笑みを向けると、迷うことなく杯を煽った。
すぐにコポリと血を吐き、苦しみ始めたオフィーリアをレナートが力いっぱい抱きしめる。
苦しみに空を掴もうとするオフィーリアの手を、王妃とビアンカが握りしめ額に当てる。
やがてオフィーリアの体から一切の力が抜け、全てが終わった。
静寂の中、宝物のようにオフィーリアを抱き上げて礼拝堂を出て行くレナートに皆が付き従う。
そばで拘束されている私たちには誰も目を向けない。
最後に退場した側妃の噛み殺した嗚咽だけが礼拝堂に小さく響いた。
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王宮の結婚式から一か月。
ブレナン公爵領の海の見える丘に建つ二つの墓標の前で、レナートはオフィーリアの命を奪った毒の残りを煽った。
本来なら王家の秘匿事項を知ったものを娶ったものも同じく毒杯を賜ると決まっていたが、
今回の王家から受けた非道な行いに対して、謝罪を受け入れる条件として一か月の猶予をもぎ取った。
オフィーリアを連れて幸せな思い出の詰まったブレナン公爵領に戻り、二人のお気に入りだった海の見える丘に墓標を並べて建てるために。
寄り添うように並んだ墓標にはそれぞれ、レナート・フォン・ブレナン オフィーリア・フォン・ブレナンと刻まれている。二つの墓標の上にちょこんと置かれているのは、斜面を覆う様に咲き誇る水色の花を編んだ花冠だ。王都に居を移す前は花畑の中に二人で並んで腰かけて、どちらが上手に花冠を作れるかよく競争していた。
オフィーリアの花冠には小枝を削って作った小さな花飾りがついている。
昔、王宮で騎士団長に教えてもらった花飾りは素朴で可愛らしく、絶対にオフィーリアに似合うと思った。目の前で作って渡したときの弾ける様な嬉しそうな顔が今でも脳裏に焼き付いている。
都会育ちの殿下たちは苦戦していたようだが、田舎の領地で自然に囲まれて育ったレナートには朝飯前の細工だった。オフィーリアは目の前で花の形になっていく枝をキラキラした目で見つめていた。
それが最後のプレゼントになった。
その時の花飾りをオフィーリアは大切に保管していて、棺の中に入れて欲しいとブレナン公爵への最期の手紙と共に託していた。今はオフィーリアの髪に飾られ、共に眠っている。
まだ幼かったある日、レナートはこの水色の花畑の中に跪き、会心の出来の花冠を捧げてオフィーリアにプロポーズをした。そして命を終えた時にはここに二人のお墓を建てて、仲良く並んで眠ろうと約束していた。
その約束を果たした今日、レナートはオフィーリアのもとへと旅立った。