その描写、今ホントに必要ですか?
先日、ある方のエッセイで小説の書き方──特に、描写について悩んでいるという話を読みました。
その方曰く『詳しく描写しようとしても語彙が思いつかない』『せっかく語彙を思いついても、一部分だけ詳しく描写したのではバランスが悪くなりそう──』。
そこで今回のエッセイは、そんな『描写のさじ加減』について述べてみようと思います。
あくまで自分なりの考えですが、描写の仕方に悩んでいる方の参考になれば幸いです。
実は、若い頃の自分はその方とは真逆で、かなり細かい描写をする方でした。
知る限りの語彙力を尽くし、出来るだけ事細かに自分のイメージを描写しようとしていたのです。
今思い返してみても、ずいぶんと気取った自己陶酔全開の文章を書いていたものだと気恥ずかしくなりますが。
──今の自分は、どちらかというと描写は控えめな方です。
これはたぶん、小説執筆から離れていたあいだに『俳句』をかじった影響もあるんでしょう。
何しろ、俳句は最短の文学。少ない言葉で、いかに情景を鮮やかに描写するかがカギです。
某バラエティ番組の毒舌先生の『書かなくても伝わることは書かなくてよろしい!』というお叱りの言葉が耳にこびりついちゃってるんですよね。
もちろん、丁寧で詳細な描写を否定するつもりはありませんよ。
他の方の作品を読んでいる時にも、人物がありありと目に浮かぶような容貌の描写や、情景を鮮やかに表現する丹念な描写に唸らされることも多々あります。
ただ、純文学のような作品ならともかく、エンタメ系の作品を読んでいると、残念ながらこう思ってしまうことも少なくないのです。
「その細かい描写って、今ホントに必要なの?」
ちょっと例を挙げてみましょうか。
特定の作品を批判する意図はないので、以下のシチュエーションは即興ででっちあげました(もし似た作品を書いている方がいらっしゃったらすみませんが、本当にただの偶然です)。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ある日、帰宅途中のごく普通のOLが、なぜか突然ヤバそうな連中に追いかけられる。
身に覚えはないけど、話なんて聞いてもらえそうにない。捕まったら絶対にひどい目に遭わされるか、サイアク殺される!
訳もわからず、必死に繁華街の路地裏などを逃げ回る彼女の前に、突然謎のイケメンが現れた!
「おい、こっちだ! 死にたくなければついて来い!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
──まあ、よくありがちな展開ですけどね。
ただ、作者さんによっては、ここからその謎のイケメンの詳しい描写が始まったりするわけです。
やれ髪の色はどうだの、瞳の色はどうだの、服装のコーディネートはどうだとか、『一見細身だが、よく見ると鍛え上げられたアスリートのような引き締まった体型』だとか、ね。
まあ、その書き込みに注がれている熱量を見れば、このキャラが重要なキャラだということは察せられます。たぶん、この謎の出来事の重要な鍵を握るキャラなんでしょう。あるいはこの先、ヒロインの相棒的な存在にもなるのかな?
強い思い入れがある重要キャラの初登場シーンで、ここぞとばかりに丁寧な描写を書きたくなる気持ちはよくわかります。──でも、読者側の立場から見たらどうなんでしょう。
読者さんは話の展開を、ハラハラドキドキ、手に汗握りながら追っています。
『え、何で追われてるの?』『ヒロインさん、逃げてーっ!』『え、このイケメンって敵? 味方?』
そんなテンションの中で、読者が何より求めるのはその先の展開です。『えっ、ここからどうなるの──!?』
でも、そんな最中に突然、話の流れとは関係ないような人物の細かい描写や、路地裏の情景描写が長々と書かれていたらどうでしょう。一気に気持ちが醒めてしまいそうじゃないですか?
あるいは、作者さんが練りに練ったこだわりの描写の数々が、一瞬でさらっと読み飛ばされてしまうかもしれません。
また、ヒロインの立場から考えてみても、命からがら逃げている最中に突然現れた男の容貌をじっくり観察している余裕なんてあるはずないですよね。あったらむしろ変だわ。
こういう緊迫した場面での細かい描写は、物語の勢いや読者の気持ちの盛り上がりに急ブレーキをかけてしまいかねません。
むしろ、描写は少なめにして、スピード感重視で書いてしまう方がいいかもしれません。
ええと、自分ならこんな感じで書くかな。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『おい、どっちへ行った!』『そう遠くへは言っていないはずだ! 手分けして捜せ!』
私を探す男たちの怒声や罵声が、狭いビル裏の路地にこだまする。
どうして? 何で私がこんな目に遭わなきゃいけないの!? 私、ただのOLなのに!?
薄汚い路地裏をジグザグに走りながら必死に考えても、まったく理由が思い当たらない。
──息が上がる。足がもつれる。もう体力も限界に近い。
いっそ、逃げるのを止めて話をしてみようか。
たぶん、何かの間違いだ。あの連中が探している人と私が人違いなんだとわかれば──。
『チクショウ、あのアマ、手間を取らせやがって──ぶっ殺してやる!』
駄目だ、捕まったら最後だ。とても話なんて聞いてもらえそうにない。
私が絶望的な気持ちでまた角を曲がると、路地の向こうにひとりの銀髪の男が立っているのが見えた。
──しまった、回り込まれた!?
慌てて立ち止まった次の瞬間、その男の口から意外な言葉が飛び出したのだ。
「おい、逃げるならこっちだ!」
──えっ? 追手じゃない?
「何をしている! 死にたくなければついて来い!」
迷っている時間はない。選択肢なんて他にないんだから。
私はもう一度気力を振り絞って、まだ敵か味方かもわからないその男の示す方向に向けて走り出した──。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
まあ、大して巧くもない文章ですが、緊張感やスピード感は出せているかな。
さて。この緊迫した場面で、男の外見について細かい描写が何行も入ったところを想像してみてください。──そう、『今』じゃないですよね。
男についての描写を書くのなら、このあと追手を撒いてようやく一安心、という時でしょうか。
『改めて見てみると、この人、あの連中とはだいぶ違っていて──』などと書き始めれば、ヒロインの心情的にも自然な流れですし、読者さんも落ち着いて描写を読む心のゆとりが出来ているでしょう。
自分は、小説の描写には濃淡や緩急をつけるべきだと思っています。
登場人物の心情や、読者さんがその場面をどんなテンションで読んでいるかを考えて、意識的にコントラストをつけてみてはどうでしょう。
その方が、読者さんの気持ちをより物語に惹きつけることに繋がるんじゃないかと思いますよ。
もちろん、その辺の使い分けはケース・バイ・ケースです。
緊迫した場面でも、テンポを落として丁寧に描写した方が効果的な場合もあります。
そうですね──例えば『剣豪どうしの立ち合い』の場面とか。
これをスピーディにサクサクと描写してしまったら、ただのチャンバラ・シーンになりかねません。
戦いの直前、剣を抜いて対峙するあたりは、むしろじっくりと描きたいところです。
──ちょっとした目線や動作での牽制の駆け引き、滴り落ちる汗、唾を呑み込む音、ふいに静まり返る蝉時雨──。
こういった情景を細かく描くことで、達人同士の立ち合い直前の緊迫感が、読者さんにより伝わると思います。
逆に、丁寧に描写できるような場面でも、あえて抑えるべきシチュエーションもあるでしょうね。
例えば、『初めて好きな人とふたりで出かけた夏祭り。その最後に一緒に見る大花火』──。
もちろん、縁日の賑わいや花火の美しさについて丁寧に描写したくなるところだとは思いますよ。
でも、もしこのふたりが『告白直前』だったとしたらどうでしょう。
『今夜こそ告白しよう。たぶんこの人も同じ気持ちでいてくれるはず。──でも、もし自分の一方的な勘違いだったらどうしよう?』などとためらっている語り手が、冷静に祭の情景を観察して事細かに語っていたら、ちょっと不自然ですよね。
むしろ情景描写はそこそこに抑えて、揺れ動く心象描写に力を入れる方が自然で、読者さんの共感が得られるかもしれません。
描写のさじ加減に、絶対の正解なんてありません。
でも、描きたい描写を心のままに漫然と綴る前に、登場人物の心象や読者さんのテンションを想像して、一歩立ち止まってみてください。
『今』がその描写に相応しい場面なのか、他にもっと効果的な場面がないか、よりキャラの心象をよく現わす描写方法はないかと考えてみることは大事なんじゃないでしょうか。
書き手に必要な能力とは、ものごとを正確に描写する能力ではありません。
描写の案配をうまくコントロールして、読者さんを物語世界に引きずり込んで離さない『吸引力』なんだと自分は考えています。
──かく言う筆者にそれがちゃんと実践できているかというと、それはまぁ、別のお話ということで(^^;
他にも『自分はこう思う!』という意見があれば、ぜひ教えてください。
感想欄でもいいですし、別途エッセイを書いていただいても、読みに伺いますよ(^^)/