011 終わった世界の贈り方
「はぁはぁ、やっと、着いた……」
二人が初めて出会った場所。
途中で何度か迷い、ここに辿り着く頃には灰色の空に黒色の雲が混ざり始めていた。
「――早く、行かなきゃ」
私は深呼吸すると、思い出の廃墟に足を踏み入れた。
中は以前と変わらず、もう崩れる所は全て崩れたといった様子だった。
邪魔な瓦礫をどけて進む。
そうして天井が無く、屋根の骨組みだけになってしまった吹き抜けの場所へと出た。
間違いない、ここが――私とお兄ちゃんが初めて出会った場所。
辺りを見回してみても、人影一つなかった。
「ここじゃ、なかったの……?」
私は泣きそうになるのを我慢して、もう一度辺りを探そうとした時だった。
……ぐっ、ごほっ……。
そんな誰かが咳をしているような声が聞こえた。
「お兄、ちゃん?」
私はどんな音も聞き洩らさないよう、耳を澄ました。
そうすると屋根の残骸の方から、かすかに咳をする声が聞こえた。
私は急いでその屋根の残骸の後ろへ回り込んだ。
そこには――
「あは、は……、見つかっちゃったか」
――屋根の残骸にぐったりと体を預けたお兄ちゃんがいた、けれど。
「お兄、ちゃん……、それ……」
「ああ、これかい? そこで転んじゃってね。なかなか汚れが落ちないんだ」
大量の血がついた服を、お兄ちゃんは手でさっと払いながらおどけて言った。
「……カ」
「へ? アリス何て言っ」
「お兄ちゃんのバカっ! 何でこんなになるまで言わなかったのっ? どうして私に黙って我慢なんてしてたのっ?」
「それはアリスを心配させたくな」
「私を心配させたくないなら、心配させたくないならっ!」
私は覆いかぶさるようにお兄ちゃんを抱きしめた。
「何で一緒にいてくれなかったの……!」
「……ごめん」
「約束したのに、黙って出て行くから私、私っ!」
「ああ、ごめんな。これが最初で最後さ、もう約束はやぶらないよ」
「ぐすっ、うんっ……!」
泣きながら頷く私の頭をお兄ちゃんは優しく撫でてくれた。
「はは、出会ったときからアリスの泣き癖は変わらないなぁ。アリスはここのこと覚えているかい?」
「ぐすん、覚えているよ。一年前の今日、私たちが初めて出会った場所だから」
「うん、もう一年前なんだよな。それで久しぶりにここに寄ったら、昼寝しちゃ、はは、そんなに怒るなってアリス。まぁ、ここで体力が尽きたのは違いないんだけどね」
お兄ちゃんの話を聞きながら、家からずっと手に握っていたもののことを思い出した。
「お兄ちゃん、その、私たちが兄妹になって一年経ったから、その記念に渡そうと思ったんだけど、こんなにボロボロじゃ、いらないよね……」
私が渡しかけて、引っ込めようとしたそれをお兄ちゃんは優しく手に取った。
「――きれいだ。これは『スノードロップ』の花で作った腕輪、か。ありがとう、アリス。これは僕の一番の宝物だ」
「お兄ちゃん……。私も、嬉しいよ」
また涙が出そうなのを我慢して、微笑む。
「実は僕からも渡したいものがあるんだ、アリス、目をつむって」
「え? え?」
「いいから、いいから」
「う、うん……」
目をつむると首筋を撫でられた気がして、体が固まってしまう。
「もういいよ、目を開けて」
「……うん」
私はお兄ちゃんに言われたとおりにゆっくりと目を開けた。
「すごい……透き通ってる」
私は自分の首にかけられたネックレスについた宝石を見て思わずそうつぶやいた。
「喜んでもらえたみたいだね。それは新種の鉱石で出来ていて、だからまだ名前は無いんだ」
「名前が無いならさ、お兄ちゃんがつけてよ!」
「僕がかい? そうだな、『アリスクォーツ』。宝石言葉は兄妹愛、なんてどうだい?」
「アリスクォーツ、意味は兄妹愛って、なんか照れるね」
「あはは、そう言うなって。これでも考えたんだからさ」
「うん、ありがとう。これは私の一生の宝物だよ」
「ありがとう、アリス。見てごらん、どうやら空からもプレゼントがあるみたいだよ」
「え? うわぁ……」
空を見上げると、無数の白い花が咲き乱れていた。
「――雪、だ。白い雪、あの時と一緒の」
「本当にあの時の再現を見ているみたいだな」
「ううん。違うよ、お兄ちゃん。今は私にお兄ちゃんがいるよ」
「それならもう一つあの時と違う部分があるね」
「え?」
「今はアリスが泣いていないよ」
「あはは、そうだね。私、成長したかな?」
「ああ、アリスはもうあの時のアリスじゃないよ。だから、もう一人でも大丈夫だよ」
「そう、なのかな」
「ああ、大丈夫さ」
そうして私たちは手を繋いで雪の降る空をしばらく見上げていた。
「きれいだね、お兄ちゃん。この雪は他の国でも降っているのかな?」
屋根の骨組みの間から見える雪と灰色の空を見上げて言う。
お兄ちゃんの返事はない。
「あはは、やっぱり服がボロボロになっちゃって少し寒いや。お兄ちゃんは大丈夫?」
繋いだ手からはもう人の温度は感じられない。
「今日の夕食は何にしようか? 考えてたら、おなか空いてきちゃった。もう、帰ろうか、お兄ちゃん?」
繋いでいたお兄ちゃんの手の感触は、もう、ない。
お兄ちゃんがいるはずの隣を、見た。
そこには――もう、誰も、いはしなかった。
まるで降りしきる雪の一つになったかのように、お兄ちゃんは消えていた。
「あはは、お兄ちゃんが私はもう一人で大丈夫って言ってくれたよね。……全然、そんなことないよ。お兄ちゃんがいてくれたからこそがんばれたんだよ。なのに、なのにっ……」
いつのまにか溢れていた涙に降りしきる雪の一つが混ざり合う。
――まるで、あの時のように。
「私は成長なんかしてないよ、一人じゃだめだよ。お兄ちゃん、戻ってきてよぉ……。ううっ、ぐすっ、うわぁあああああああああああああああああああああああああああああん」
私の叫びも、お兄ちゃんと同じように灰色の空へ吸い込まれて、消えてしまった。
廃墟には嘆きだけが響き、少女だけが取り残された。