010 終わった世界の追いかけ方
――二人が出会った日。
「うーん、よく寝た!」
背を伸ばして、私はベッドから降りた。
カーテンを開けてみると昨日より穏やかに雲が流れていた。
「さってと、朝ごはん作っちゃおうかな? っと、そうだそうだ」
昨日作り上げたそれを机から手に取った。
「ふふー、待ちきれないし朝食の後にでも渡そうかな?」
お兄ちゃんが受け取ってくれた時のことを想像してにやけながら居間に向かった。
リビングはとても静かだった。
いつもと変わらないはずなのに。
まるで、家には私しかいないような。
「あは、は……、お兄ちゃん、いるよね?」
私はお兄ちゃんの部屋に立ちドアノブを握った。
「あ、あれ? 開かない……?」
ガチャ
ガチャガチャ
ガチャガチャガチャガチャ
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
「お兄ちゃんっ?お兄ちゃんっ!どうしたのっ?」
何度やっても部屋の扉は開きそうになかった。
「――そうだ、窓!」
私は玄関の扉を勢いよく開け、お兄ちゃんの部屋の窓まで駆けた。
窓は閉まっていて内側のカーテンのせいで中は見えなかった。
「もし窓も鍵がかかってたら――」
嫌な想像を振り払うように私は窓に手をかけた。
「お願い、開いてっ……!」
震える手で窓を開ける。
窓は音も無く開いてくれた。
「よかった、開いた……」
窓が開いたことで安堵しかけた瞬間、妙な臭いが鼻についた。
「これ、って……」
嘘だ。
違う。
気のせいだ。
半ば分かりかけてしまいそうになる頭を強引に切り替えさせた。
「きっと私の勘違いだ、きっと、そうだ」
私は視界を遮るカーテンに手を伸ばし、開けた。
「……っ!」
力が抜けその場にへたり込んでしまった。
「何で、そんなのってないよぉ……」
泣きそうになるのを我慢して、フラフラと立ち上がり窓の奥を見た。
部屋全体が薄暗くて何も見えないと思っていた。
けれど、違った。
部屋の至る所に飛び散った血が、黒く、乾いていたんだ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんいないのっ?」
返事はなかった。
部屋に踏み込む勇気も出ずに、どうしようかと思っていると机の上にまとめられた資料のタイトルが目についた。
「『アッシュ 進行過程』……?」
私は恐る恐るページを捲った。
「えっと、主な症状? 『初期症状は咳をしたりするなどの風邪のような症状であり、これがさらに進行すると内臓から灰化が進み、最後は体全体が』」
私はそこで思わず資料を投げ捨ててしまった。
「――お兄ちゃん、お兄ちゃんを探さなきゃ!」
私はそのまま走りだした。
当てもなく、無茶苦茶に。
服も所々破れて、靴はいつのまにか脱げていた。
それでも瓦礫の中を裸足で走り続けた。
教会。
廃墟のビル街。
旧工場跡。
廃戦車街。
お兄ちゃんが行きそうなところも、そうでないところも。
ひたすらに探し続けた。
けれど。
「お兄ちゃん、けほっ、どこに、行ったの……?」
お兄ちゃんはどこにも見つからなかった。
灰色の空の下、私は足を止めてしまった。
途方に暮れ空を見上げた。
空は今にもぽろぽろと崩れだしそうだった。
まるで――あの時のように。
「――そうだ、まだ行ってない場所がある」
気付かないで家からずっと手に握っていたそれを見て決意する。
――絶対に、これを渡すんだ。
「――待ってて、お兄ちゃん!」
私は再び走りだした。
二人が初めて出会った、その場所を目指して。