009 終わった世界の想い方
――二人が出会った日までと一日。
「ふぅあ、早く起きちゃった……あれ?」
いつもより早く起きてリビングに行くとそこにはすでに服を着替えたお兄ちゃんがいた。
「おはよう、アリス! 起しちゃったかい?」
「お、おはよ。私は自然に起きただけだけど、お兄ちゃん、今日は起きるの早いね?」
いつもは私が起こさなきゃずっと寝ちゃうのに。
「ああ、今日は早めに行くことにしたんだ。だから僕の分の朝食はいらないよ」
「え? あ、うん」
いつもと違う日常の流れに私は動揺して、返事を返すのが精一杯だった。
なんで今日?
なんのために?
一昨日にあんなことがあった、あの体で?
「じゃあ僕はそろそろ行くよ」
「あっ、待っ」
ガチャンという音と共に扉が閉まり、お兄ちゃんは私が呼び止める前に出て行ってしまった。
私は一人お兄ちゃんがいなくなってしまった居間で立ちつくした。
「お兄ちゃんは、覚えているのかな」
明日は、私とお兄ちゃんが初めて会った日。
私にとってはもう一つの誕生日のような日だ。
あの日、お兄ちゃんに会ってなければ私はここにいなかっただろうし、ここまで立ち直れなかったかもしれない。
今の私はあの日に生まれたんだ。
だから。
「だから今度は私が支えたいのに、何で、頼ってくれないの」
最近のお兄ちゃんの体の不具合を思い出し、胸にナイフを突き刺されたかのような激痛を錯覚してしまう。
まるで私の心のように窓の外の空も暗い雲に覆われ始めた。
「……行かなきゃ、完成させに」
私は今にも泣き出しそうな空の下、またあの教会を目指して家を出た。
――夕暮れ前。
昨日よりさらに早く教会から帰り、お兄ちゃんを扉の前でずっと待った。
「パパとママの事があったのに、私はまだ分かっていなかったんだ」
家族が家に帰ってくることが当たり前だと、お兄ちゃんは大丈夫だと。
何の確証もなく、そう思っていた。
そうじゃなかった、当たり前のように過ごしていたから気付かなかった。
いつ大切な人がいなくなっても不思議じゃないのに、だからこそ、その人との時間を一分一秒でも大切にしなきゃいけなかったのに。
「私は、私はっ!」
今にも泣き出しそうな私の頭を温かい手がそっと撫でた。
「おいおい、何を泣いているんだい?」
「っ! お兄ちゃああああん!」
「おおっとぉ!」
私はお兄ちゃんを抱きしめてわんわん泣いた。
「帰ってきていきなり驚いたり泣いたりアリスは忙しいな」
「うぅ、心配してたんだよっ!」
「そうか、ごめんな、心配かけたか?」
「うん……。明日は研究お休みしてね?」
「……わかったよ」
「絶対だよ!」
「ああ、絶対さ」
私とお兄ちゃんは約束して、いつも通りにご飯を食べた。
そう、いつも通り。
このいつも通りこそが、幸せだと噛みしめながら。
「さてと、最後に研究のまとめをしておかないと」
そういってお兄ちゃんは自分の部屋に行こうとした。
もう少し話していたい、明日のことも。
そう思い、お兄ちゃんがギリギリ扉を閉める前にドアノブを掴んだ。
「待って、お兄ちゃ」
「入るなッ!」
「ひぅっ?」
「あ、ああごめん。今は部屋の中に薬やら色々と散らかって、危ないからアリスは入らない方がいいよ」
「う、うん……」
お兄ちゃんはそう言い残して研究室に入って行ってしまった。
「いつもは入ってもなにも言わなかったのに……」
何か、隠してる?
でも、何を?
考えても答えは出なかった。
「ううん、今日はお兄ちゃんが約束してくれただけでも十分」
私は自分にそう言い聞かせ、あれを完成させるため部屋に戻った。
――そうして何時間もの格闘の末。
「ふぁあ、時間かかったけどやっとできた」
時間は深夜になろうとしていた。
「ふふ、これで明日の朝にいきなり渡して驚かそう!」
私は完成したそれをそっと机の上に置き、ベッドに横たわった。
「よし、驚かすためには寝坊は出来ない! もう寝よう!」
私はベッドに潜って目をつぶった。
早く明日にならないかなぁ。
そんなことを思い、私は眠りについた。
――深夜。
リビングは静けさに包まれていた。
そんな中ガチャリと扉を開く音が混じった。
「ごめんな、アリス。約束、守れなくて」
その声がした後、またガチャリと扉が閉まる音がして、リビングは再び元の静けさを取り戻した。